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a trip 9
「でも紫音、あの日の話をよくするじゃないか」
「あの日の話って?」
「俺が、紫音に別れようって言った日の事。凄い興奮したとか、よかったっていつも言ってる」
「そ、それは、あまりにレアだったから…。それに、あの時の事話すとハル先輩が真っ赤になって照れるからそれが可愛くて…」
『あの日の事』というのは、ハル先輩が初めてフェラチオをしてくれた時の話だ。
俺がその話をする動機の一番は、さっき言った後者だ。恥ずかしがるハル先輩が可愛くて仕方なかったからだ。
「もしかして、それで俺が攻められたがってるって勘違いさせちゃった…?」
というか、勘違いであってくれ。
「それだけじゃないよ………」
ハル先輩いわく―――。
いつもと同じことするなら、別にわざわざ『ハル先輩か欲しい』なんて誕生日にお願いしなくてもいい筈だ。これまでは少し疑問に思いつつも適当に聞き流してしまっていたけど、今年になって、ようやくわかった。紫音は攻められたいのだと。
これまで何の疑いもなく紫音にリードされてきたけれど、きっと紫音はそれがずっと不満だったのだ。いつもじゃないにせよ、たまには俺にリードして欲しかったのだろう。気づいてやれなくてごめん。
要約するとこんな感じの事を言われた。
うん。勘違いだね。よかった、勘違いだ。
ハル先輩は、俺によかれと思って、俺をヤろうとしたのだ。
絶対そうだ。それ以外ない。……きっと。
まだ絶賛勘違いを思い込んじゃってるらしいハル先輩の表情がいつもよりも凛々しく見えて、俺はいつになく心臓がバクバクした。
「ハル先輩、それ勘違いです。全部勘違い。俺はいつも通りハル先輩を攻めたいし、抱きたい。誕生日のあれは、まあいつも通り抱ければそれでいいけど、ちょっと特別な事して貰えたら嬉しいな~って思って言ってただけで……紛らわしい事言ってごめんなさい」
「ちょっと特別な事って?」
「いや、それは、その……」
「恥ずかしがらないで正直に言えよ」
「え…」
「紫音の誕生日くらい、紫音を満足させてあげたいんだ」
「えぇ!俺はいつも満足してますよ!」
「本当?」
「本当です!」
「でも、本音では、俺にして欲しい事もっとあるんじゃないのか?」
な、な、な、なんて大胆な……!
あの恥ずかしがりやのハル先輩らしからぬ言動!
そんな事言うなら、縛ってもいいですか?セーラー服着せてもいいですか?
あとは……実はずっと前からある願望だけど、苦い片想いしてた中学の頃のバスケのユニフォームか制服を着て欲しい。そんであの頃の思い出に浸りながらエッチしたら、もうぶっ飛ぶくらい興奮すると思う。
でも、これだけは言えない。
中学時代は、俺とハル先輩が初めて互いを認識した場所で、楽しい思い出や、俺にとっては甘酸っぱい思い出も沢山あるけれど、残念ながら苦い思い出も多い。ハル先輩にとっては、いい思い出なんて全部塗り潰してしまう程の悪夢だ。
……と言うわけで、して欲しい事なんて言われたら、口にできることからできない事まで沢山出てくる。
けど、万が一(いや、十が一くらいかも)本気でひかれたときに洒落で済ませられるのは、エプロンとかセーラー服とかかな……なんて事を考え、もしかして本当にやってくれたら万々歳と一縷の望みをかけてそれを口にしようとした時、ハル先輩の表情に違和感を覚えた。
―――堂々としている。
いつもみたく照れたりしていない。
これは、確かに覚悟を決めた顔だ。
「あのーハル先輩」
「大丈夫だから、言ってみろよ」
………ハル先輩が、なんか兄貴風吹かしてる。
いや、実際先輩だし年上だから普段ならおかしいことはないけど、いつもいつも恥ずかしそうにモジモジしてる筈のこういう場面で…というのがおかしくて堪らない。
―――ハル先輩、まだ勘違いしてる………。
「ハル先輩、はっきり言いますよ。いや、さっきからはっきり言ってるけど、改めて。俺は恥ずかしくてハル先輩に『抱いて』って言えない訳じゃないよ。もっとはっきり言うと、抱いて欲しくはない。俺はハル先輩を抱きたいんです、これまで通り。ついでに言っちゃうと、誕生日に俺がしたい事は、縛りたいとか、ブルマ履かせたいとか、エプロンつけて欲しいとかそんな様なちょっと変態チックな事です」
思いきって言ってみた。
……案の定、ハル先輩は思いっきり引いたみたいで表情が固まっている。
「ですよね、引きますよね。だから言うの躊躇ってたんです」
「違うよ、」
「いいんですよ誤魔化さなくて。俺ね、結構変態なんです。ハル先輩が聞いたらもっとどん引く様な事もっと色々考えてるんです。でも、その妄想の中に『抱かれる』妄想はひとつもないです。だからできれば俺は……ずっとハル先輩を抱いていたいな」
身勝手だ。本当に、凄く身勝手だしこんな言い方はズルいと思う。
ハル先輩がどうしても俺を抱きたいって言うなら、俺も覚悟を決めるけど、でも、本当は、できれば、抱かれたくない。
男同士である以上、どっちかが女役をしないとセックスは成り立たないけど、俺はハル先輩を好きになった時からずっと抱きたい側だったし、当然の様にハル先輩を抱いてきたから、今さら変われない。
「ふふ……」
ん……?
俺が結構真剣に考えていた時に聞こえてきたのは、俺の心情としては場違いなハル先輩の笑い声だった。
「ごめん、紫音を笑ってるんじゃないよ」
そう言いながら、ハル先輩は尚もクスクス笑っている。
「ハル先輩?」
「ごめんなんか、凄くおかしくて」
「?」
「だって、勘違いだったんだろう?紫音は、俺に抱かれたくなかったんだ」
俺は今度こそ勘違いが起こらない様にこっくり頷いた。ハル先輩はまだ笑っている。
「俺、紫音が抱かれたがってるって思い始めてから結構悩んだし、本当に今日は気合い入れてたし、覚悟も決めてたんだ。それが全部勘違いだったって思ったらおかしくて」
ハル先輩は、つめていたらしい気合いとか覚悟とか何やらがふっと抜けた様で、柔らかく、朗らかに笑っていた。それはいつも俺が見ていたハル先輩の表情だった。年上で先輩で男で、なよなよもしてないけど、可愛い可愛いハル先輩。
「でも俺実は、紫音が俺に抱かれたがってるって勘違いした時、少し嬉しかった」
「え……」
ほっとしたのも束の間とはこの事だ。
嬉しかった……って、やっぱり俺を抱きたいの!?
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