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a trip 10
唖然とする俺をよそに、ハル先輩は続けた。
「『する』っていうのは経験ないから心配はあったけど、俺をそんな風に求めてくれるって事は、俺は紫音の唯一無二の存在になれるんじゃないかと思って」
「唯一無二?」
「替えのきかない存在って事」
「流石の俺でも意味は分かりますってば。ていうか、ハル先輩は出会ったときから今までずっと俺にとっての唯一無二ですよ!」
「……ありがとう。でも、紫音は女の子にモテるだろ。俺から見ても格好いいから、当然だと思う。きっと、俺の知らない所でも沢山言い寄られてるんだろうな。で、そう思うと不安で仕方なくなるんだ。だって俺はそもそも男だし、女の子相手に勝てる所なんてないから…」
「ハル先輩……」
何を言ってるんですか。俺にとってはハル先輩が世界中の誰よりも一番可愛いに決まってるじゃないですか。
性別なんか関係ないんです。
ハル先輩に勝てる人間は、この世にいないんですよ。
―――反論というか慰めというか、言える事は沢山あった。けど、そういうのはもう何十回何百回とハル先輩には言っていて、ハル先輩にも伝わっている筈だし、この気持ちも届いている筈だ。
でも、それでも不安になっちゃうのは、すぐにどうこうできる問題じゃないハル先輩の自尊感情の低さとかがそうさせてる訳で、その背景にはあの事があって、それは俺とハル先輩の間に大きな柱みたいに立ち塞がっててなかなか退いてはくれない。
「でも、もし紫音が、男としての俺を求めてくれてるなら、それは俺にしかできない事だろ?……俺にしか、は大袈裟だけど、少なくとも、女の子には太刀打ちできない」
ハル先輩は少し冗談めかして言った。
「でも、勘違いだった。気合い入れて損したな」
自嘲するみたいに笑うハル先輩を、俺は抱き締めずにはいられなかった。
自分がどれだけ心からハル先輩を好きで、他の誰よりも愛していても、ハル先輩には表面上しか伝わらない。ハル先輩の心の奥底までは、言葉が入っていかない。
だから、どうすれば伝わるのか分からないから、強く抱き締めたり、沢山身体を重ねたりする。
どれだけ強く抱いても、何度ひとつになっても、俺の情熱は空回りするばかり……。
そっと身体を離すと、俺の事をどうしたの?と言わんばかりな顔で見上げてきたハル先輩が、何かを思い付いた様にはっとして、俺から離れて行った。
脱衣室から出てきたハル先輩の手には、白いフェイスタオルが握られていた。
「え、何?」
再び俺の正面に座ったハル先輩が、「はい」と俺にタオルを差し出した。何の変鉄もない、細長いフェイスタオルだ。
「縛りたいんだろ?」
「え!?」
「縛れそうなの、こんなのしか思いつかなかった。その他の案は物理的に無理……ていうかしたくないから、これが一番マシ」
「や、そうじゃなくて!」
「縛られるのだって、普段は嫌だからな。今日だけ、特別。紫音を抱くんだって思ってた気合いに比べたら、全然どうってことないし」
そう言いながらハル先輩は両手を合わせて俺の目の前につき出した。
「だ、ダメですよ!」
「遠慮するなって」
「遠慮とかじゃなくて!」
「何?」
「縛りたいって、確かに言ったし、思ってたよ!でも、こういうんじゃなくてさ!」
ハル先輩は僅かに首を傾げてきょとんとしている。
何て言ったらいいかな……。
俺も随分と迂闊な事を言ったものだ。
縛るなんて、今のハル先輩相手じゃ全然楽しめる筈もないプレイだ。でも、願望って意味で言っただけで、嫌がるハル先輩を押し退けてまで今すぐにしたいって意味じゃなかったのに……。
「縛るとかってさ、お互いが乗り気にならないと全然楽しくないんですよ。まぁ、その他のプレイも全部そうですけど……」
「そっか、そうだよな。ごめん。じゃあ……紫音、縛って」
瞳の色のせいだろうか。
いつもうっすら濡れている様な瞳に見つめられてそんな事を言われたら、明らかに演技だと分かっていてもグラッときそうになる。
でも、それを抑えて俺は再び差し出されたハル先輩の両手を自分の背中に回させて抱き締めた。
「縛るよ、いつか縛る。ハル先輩の心の傷が癒えて、本気で俺とのエッチを楽しめる様になったら」
心から楽しんでくれる様になったら……。
「え……?俺……ちゃんと楽しんでるよ…?」
「分かってるよ」
ハル先輩だって男だ。
俺と同じくらい……ではないかもだけど、性欲はあるし、その欲求に応えられるのが俺だけだから、そういう意味では楽しんでいると言っても過言でないと思う。
でも……。
ハル先輩は気づいていないのかな。
俺が相手だってわかっていても、時々背中が怯えていること。
性欲とは切り離した所では、主体的に楽しむというよりも、俺の反応に喜びを感じている事の方が多いことも……。
深く考えたら自分が虚しくなるだけだから、これまであまり考えない様にしてた。
けど………。
「ハル先輩、俺、ハル先輩にして欲しいことがある」
目を逸らしていてはいけないのかもしれない。
この先もずっと、この人と生きていきたいから。
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