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scandal 4
俺は、できるうる限りの抵抗をした。
女の子に変身?そんなの絶対に嫌だ。化粧した上に女装した男なんて、化粧だけよりも性質が悪いじゃないか。
でも、紫音が心配じゃないのかとか、これしか方法がないのに紫音を見捨てるのかと言われてそうだとは言えなかったし、代替案を出せと言われてもいい案は思い付かなかった。
結果として、女に変身するという事を抗いきる事ができなかった。
「つけまつげしようと思ってたけど、春くんのまつげ長いからマスカラとビューラーだけでいけそうだよ」
「そうですか」
柚季は完成を楽しみにしたいからとか言って部屋を出て行ったので、ここは俺と新美さんの二人だけだ。
もうどうにでもしてくれという心境の俺は、その言葉の通りどうしてくれてもよかったのだが、新美さんは何かする度に親切丁寧に説明をしてくれる。
「そんなにじっと見られてると緊張するな」
そう言いながらも新美さんの手捌きは全くブレる事もなく鮮やかだ。
ただやられているだけというのも虚しいので、自分がされているという屈辱は取り敢えず無視して、新美さんの手さばきを目で追うことにしている。
俺の中でメイクというのはアイシャドーとかリップとかを適当にのっけて終わりと思っていたのだが、プロの技は違った。色々な大きさ、細さのブラシを使って繊細に、本当に絵を描くみたいに瞼の上や下に色が乗っていく。時に、塗装に使うような色を吹きつける機械を使われ、化粧も突き詰めれば奥が深いのだなと思わされた。
「メイクってこれまでよく知らなかったんですけど、芸術なんですね」
「興味持った?」
「自分がされるのはこれを最後にしたいですけど」
「そう?春くんなら、柚季を通さなくても俺がいつでもメイクしてあげるよ」
「……もしもその時があればよろしくお願いします」
社交辞令だろうと思い、そう返事をした。
もう化粧なんてする日は来ない筈だ。きっと。多分。いや、絶対に来て欲しくない。
マスカラとビューラーとやらが終わると、頬にピンク色を乗せられて、透明に近いリップを乗せてメイクは終了した。
その後、スカートだけは勘弁してほしいという俺の願いを聞いて踝が出る丈のネイビーのパンツと首元がざっくり開いた白の薄手のニットのプルオーバーを着せられた。首回りが開き過ぎてて心許ない感じで嫌だったが、その方が華奢に見えるからとかなんとか言われて強行された。最後にロングヘアーで巻き毛の茶髪のウィッグを被せられて完成だ。
「想像以上の仕上がりだ……」
新美さんが呟いた。
鏡の中の茶髪の自分は、自分なのに自分じゃないみたいで変な感じがする。睫毛は黒く塗られて重力に逆らいカールしているし目の上は何か黒くてきらきらしていて、目から離れて行くほど色が薄くなってグラデーションみたくなっている。頬にはふんわりと赤みがさしていて、唇はテカテカだ。
「あの、俺凄く気持ち悪くないですか?」
「気持ち悪いなんてとんでもない!すごくイケてるよ!柚季にも見せよう!」
新美さんはそう言って柚季を呼びに部屋を出ていった。
新美さんがせっかくメイクしてくれたのに、気持ち悪いはなかったかと反省しながら、でもどう見ても気持ち悪い自分とにらめっこする。
「すげえ……」
程なくしてやってきた柚季は俺をじっと見たまま絶句した。
うん、すげえ気持ち悪いよな。
分かっていてもそんな目で見られると居た堪れない。
「俺の傑作」
新美さんが誇らしげに言った。気持ち悪いなんて言ってごめんなさい。
「さすが新美さん。元々の素材がいいから成功は確信してたけど、実物は想像よりすげえ」
「そうなんだよ。素材が良すぎるから本当はもう少しナチュラルメイクにしたかったんだけどね。でも今回は目的が変身だったから、結構しっかり目に仕上げたよ」
「春、何恥ずかしそうにしてんだよ!変身大成功じゃんか!」
新美さんと話していた柚季がこちらに向き直った。
これは成功なのか?俺にはこんなに気持ち悪く見えるけど、柚季や新美さんから見るとそうでもないのか?
穴があったら入りたいという心情だった為にずっと俯けていた顔を上げて柚季を見た。そして気づいた。黒かった筈の柚季の瞳の色が、青い。
「柚季も変身したのか?」
「ん?あ、これ?カラコン。俺も一応有名人だから外では帽子とサングラスはかけるんだけど、春とお揃いにしよーかなって思って」
「俺とっていうより、黒野の色に近い」
「ばっか!やめろよ!なんで俺が颯天と同じ色にするんだよ!」
柚季は凄く慌てた。もしかしたら、黒野への対抗意識でカラコンを買ったのかもしれない。なんとなく柚季ならそういう事しそうだし、微笑ましい。
「何笑ってんだよ!」
「別にー」
「ちげえからな!俺はお前と同じにしたかっただけなんだから!」
「柚季、それはそれで聞いててこっちが照れる」
新美さんまで柚季をからかうから、柚季は顔を真っ赤にさせてあたふたした。
柚季がいじられ役になったお陰で、自分が女装しているというおぞましい事実を少しだけ頭の脇においやる事ができた。
「時間ねーからもう行くぞ」
まだぶすっとしてはいるものの落ち着いたらしい柚季が言った。
「行くって、どこに?」
「本来の目的の場所。飲みに行くぞ」
「ちょっと待てよ。俺は紫音に会うために……」
「んな事わかってるよ!だから、紫音が飲んでる店に俺達も行くの!」
なんだそういう事か。
それなら初めからそう説明してくれればいいのに。
「いーか春。これから店に着くまで『紫音』って言うの禁止だかんな」
「え?何で…?」
「いーから。さ、早く行くぞ!」
訳がわからなかったが、柚季が足早に部屋を出たから、俺も新美さんにお礼を告げて慌てて柚季を追った………が、部屋を出て少し進んだ所ですぐに立ち止まってしまう。履き慣れない女物の靴―――しかもハイヒールのせいで足を捻ってしまったのだ。
「おいおい何やってんだよ?」
柚季があきれ顔で引き返してくる。
「足捻ったみたいで…」
「まじか。大丈夫?」
戻ってきた柚季が真面目な顔で手をかしてくれたから、それに掴まって恐る恐る捻った右足に体重を乗せてみる。少し、痛い。
「ごめん、早くは歩けないかも。ゆっくりなら……大丈夫」
その場で足踏みをしてみる。ちょっと不恰好だが、なるべく右足に体重をかけない様にすれば歩けない事はなさそうだ。
「仕方ねぇな。俺が手を貸してやるよ」
「ありがとう」
柚季を見上げると、目が合った途端柚季は顔を真っ赤にした。
「もう。お前、いちいち可愛い過ぎんだよ!」
柚季は天を仰ぐようにして言った。
柚季はこの気持ち悪い俺を意外と気に入ったのかな。柚季の趣味は本当に分からない。
いつもすかしてる柚季がいっぱいいっぱいになっているのが楽しくてちょっとからかってやりたかったが、それで支えを離されてしまったら困る。だから、余計な事は言わない様にした。
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