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scandal 5

「タクシーの方がいい?」 事務所を出た柚季が問いかけた。 「どっちでもいいよ」 タクシーの方が人に見られないという利点もあって魅力的だったが、俺よりも人目を気にしなければならない有名人は柚季の方だ。タクシーに二人で乗り込む所とかを写真に撮られたりしたら、何か誤解を受けるかもしれない。あんまり思い出したくはないが、今俺は女装している訳なんだから。 「なーごめんな。俺が先に行っちゃったから慌てたんだろ?」 「いいよ。俺がどんくさかっただけ。それよりも、もう俺離れた方がいいよな」 「何で?」 「だって俺女の格好してるし、柚季だって有名人なんだから、変な誤解されたら困るだろ?」 「別にそんなの気にしてねえし、うちの事務所なら写真撮られたとしても疑惑程度なら握り潰せるから大丈夫」 「え、でも…」 週刊誌とかはそうでも、ファンの子とかが見たらどう思うか…。 「んなくだらねーこと心配しなくていーから、ちゃんと掴まってろよ」 柚季にグッと手をひかれ、ちゃんと支えられない右足のせいで柚季にもたれ掛かってしまう。 「ごめ、」 「行くぞ」 柚季が歩き出したから、俺もそれに着いて行くしかない。一応柚季も変装してるけど、本当に大丈夫かよ……。 「店、近いの?」 タクシーを拾う様子もなければ地下鉄の駅も通り過ぎたので、柚季に聞いてみた。 「この速度なら、30分くらいかな」 「結構遠いんだな」 「この速度ならな」 「ごめん」 「いーぜ。俺は可愛い春とデートできて嬉しいから」 「柚季って、派手な化粧の子が好きなのか?」 その割に俺の派手派手な顔はあんまり見ないけど。 「別にそういう訳じゃねえよ」 「だよな」 「……………」 「……………」 「はー。俺、何で春に優しくしなかったんだろう」 「何の話?」 今日のこの計画には正直驚いたけれど、紫音に会わせる為に色々考えて親切にしてくれていると思う。今だってちゃんと歩けない俺を支えてくれてるし。 「俺達が寝てた頃の話」 ………前言撤回だ。なんで寄りによってあの頃の話を今するんだよ。 「そんな話蒸し返すなよ」 「だってさー、優しくしてたら春はずっと俺の隣にいてくれたかもしれねーじゃん」 「…………」 「紫音に引き渡す間だけじゃなくてさ、ずっと」 突然のセンチメンタルな雰囲気に呆れる事も忘れて戸惑う。この腕は俺が掴んでいい腕じゃなかった。でも、だからっていきなり離れれるのもそれはそれでどうかと思うし……。 「ごめん」 「謝るなよ。すげー虚しくなる」 なんか申し訳なくて謝ったけど、当然柚季の心は晴れない様だ。どうすればいいのだろう……。 「俺が悪かったんだよなー。せっかくのチャンス潰しちまったのは俺だし。まー若かったんだな。性欲に勝てなかったっていうの?」 俺が悩んでる内に柚季は気持ちを切り替えてくれた様で、デリカシーゼロのいつもの調子でそう言ったからほっとした。 「今だって若いだろ」 柚季が切り替えたのに俺がいつまでもウジウジしてるのも変だし、合わせて軽口で応じる。 「いーや。俺今すげー自制できてるからね」 「自制?」 「だってお前がこーんな可愛い恰好して俺の隣にいるんだぜ?前の俺なら速攻キスしてたって」 こんな気持ち悪い女装姿の俺に? 「柚季は趣味が悪い」 「悪くねーし。お前の難点はぺちゃぱいって所くらいで、後は完璧じゃん」 「…………」 「すぐ足挫いちゃう所なんかも、ほんと可愛い。お前さ、やっぱ計算してるんじゃねえの?」 「計算って、何の計算だよ」 「男を誑かす計算?メイク終わった後の新美さんの視線も心なしか熱かったぜ?」 「は?なんで俺がそんなこと。新美さんは、ただ芸術作品として俺のメイクを見てただけじゃないか」 「あーそうだな。ごめんごめん」 「バカにするな」 足がまともで、こんな最高に歩きにくい靴さえ履いていなければ、柚季と離れて歩きたいくらい腹が立つ。 歩みがのろいから走って柚季から距離をとる訳にもいかないけれど、取り敢えずつかまらせて貰っていた手は離すことにした。 「なんだよ怒るなよ」 「もう一人で歩ける」 「ふーん」 柚季はそれっきり黙ったが、俺ののろい歩みに合わせて隣を歩いた。 優しいと思っていたのに、センチな柚季には心底申し訳ないと思っていたのに、やっぱり柚季は柚季だ。 足が痛い。この靴、少しサイズが合っていなかった為か変な歩き方のせいか、踵の靴ずれまで始まった。 こんな靴脱ぎ捨てて裸足で歩きたい。女の子はよくこんなのを履いて普通に歩けるものだ。もう二度とこんなの履くもんか。 「なー春」 「なんだよ」 「お前は悩んでる顔よりも怒ってる顔の方が可愛いぜ」 「なに?」 「何でもねー。なあ、その速さだと1時間くらいかかるんじゃね?」 「……先に行ってていいよ」 「お前店の場所知らないのに?」 「…………」 「意地張ってないで掴まれって。痛いんだろ?」 柚季が手を差し出した。自力で歩くのは、確かに痛い。 「俺、別にお前を誑かそうとか思ってないから」 計算なんかしてない。以前、志垣先生にも同じような事を言われてから、自分はそういう風に見えるのだろうかと随分悩んだ。だからそういう言葉には今でも過剰に反応してしまう。 「わーかってるよ。冗談だって」 「……じゃあ、貸してもらう」 「どうぞ、お姫様」 またそういう事を言う。不満気な視線を柚季に向けると、柚季は可笑しそうに笑っていた。むかつくから、思いっきり体重をかけてやったが、細身の柚季の腕は意外にもびくともしなかった。 「なんだよ結構力あるんだな」 「まー、男を力づくで犯せるくらいだから」 ……笑って言うことか?本当にこいつはデリカシーというものが全くない。 「できるけどしないって、すごい自制力だと思わねえ?」 まだその話をしていたのか。 「だってあれから柚季とそういう状況になってないだろ」 二人きりになったことがないのだから、強硬手段に出ないのは当然だ。 「お前ばかだなー。そういう状況ってのは、どんな時でも作り出せるものなんだぜ」 「どうやって?」 「例えば今。お前は足が言うことをきかない。つまり、走って逃げられないって訳だ。かなり無防備だよな。ほら見ろ、前から黒塗りのバンがきた。あれに乗ってるのが俺の協力者だったとする。俺の横で止まったバンのドアが開いて、中から男が下りてくる。俺はお前の口をこうやって塞いで、上半身を抱える。降りてきた男がお前の足を持って車の中に押し込めば、任務完了。後はお前の事好きにできる」 柚季の話が真に迫っていて背筋が寒くなった。黒塗りのバンは当然ながら何事もなく俺たちの横を通りすぎていったけれど、それでもまだ胸のざわつきが治まらない。 「な。俺はできるけどしねえんだ」 「お前、最低」 「なんだよ、俺何もしてないじゃん」 「でも、最低」 「俺は親切に教えてやってるんだぜ?世の中には怖いこと考える人間が大勢いんだから」 「…………」 「気をつけろよ。お前って無防備で隙だらけだろ?そんなんで怖い奴に目ぇつけられたら最後。どう足掻いても逃げらんねーぞ」 目をつけられたら最後。逃げられない――――。 「おーーい。怖がりすぎ」 だってそれって、あいつの事を言っているみたいで――――。 「おい大丈夫だって。俺はそんなことしねぇし、ちゃんと守ってやるから」 あいつは過去なのに。もう逃げるのはやめるって決めたのに。ちゃんと向き合うって――――。 「なあ春、ごめんて。もしかしてそーいう経験ありだったりした?」 「……別にそういう訳じゃない。ごめん」 「……。な、もうすぐ店に着くから、楽しい話しよっか」 そうだ、それがいい。樫野先生にもよく言われているじゃないか。自分の気持ちがハッピーになる選択をしなさいって。そして、周囲の物事には自分の気分がよくなる意味づけをしなさいって。 さっきの話をあいつに結び付けちゃいけないんだ。あんなのただの情報だ。柚季の言うように自衛の為に役立てればいいだけだ。特段深い意味はないのだ。

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