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scandal 8
あっさりと柚季が立ち去ってしまい、隣に行けないとしてもなるべく紫音の側に移動しておいた方がいいのかななどと考えあぐねている時だった。
「やあ。自己紹介してもいい?」
「は、はい…」
いきなり顔を覗き込まれてそう言われたから、つい普通の声で返事をしてしまう。
「宏樹です。よろしくね、ハルコちゃん」
「よ、よろしく」
試合で見たことがある気がする。確かフォワードの選手だ。
「全然減ってないね。お酒弱いのかい?」
柚季がいた席に腰掛けたヒロキが、俺の目の前に置いてあるジョッキを指さした。
ビールなんて飲む気になる訳もないから、そういう事にしておこうと控え目に頷く。
それにしても、地声で喋っても驚くことも不審な目を向けられることもなかったから、この声でも案外大丈夫なのか……?
「見た目の割に内気なんだね」
「……?」
「だって凄い可愛いから。昔からモテモテだったんじゃない?」
「け、化粧が上手なだけです」
「ははは、そうだね。確かに綺麗にお化粧してる。でも化粧だけじゃないと思うけど。それにスタイルもすごくいいよね。引き締まってる感じで」
引き締まってるって普通女の子に言うか……?
やっぱどう考えてもでかくて変だし、この声もだめだよな…。でも、高い声ってどうすれば出るんだろう…。
「何かスポーツしてたの?」
もしかして俺試されてる…?男だって疑われてる…?
バスケをしてたなんて言ったら、男だって確信を持たれるだろうか。いや、でもバスケはどっちかって言うと女の子もしてるスポーツだ。野球やサッカーよりはよっぽど。ゴツいのはバレてる訳だから、下手に嘘をつかない方が納得して貰えるのかも。
「バスケを……」
「へー!大人しそうなのになんか意外だな。女バスの子達って結構男勝りな子が多いから」
「そう、ですかね……?」
「ハルコちゃんは全然そんな感じしないけどね。ポジションは?」
「ガードです」
「俺はフォワード。なんかいいな。休日に彼女と公園でバスケっていうの、昔から憧れてたんだよな」
「そうですか」
「あ。知ってるかどうかわからないけど、俺プロバスケの選手なんだよ」
「はい、知ってます」
「なあ俺も入れて?」
ヒロキが座っているのと反対側の隣にもう一人男が座った。
勝瀬さんの隣に座っていた男だ。若く見えるから、紫音の同期かもしれない。
「よっ、ハルコちゃん!」
「ど、どーも……」
……なんで2人も集まってくるんだよ。男女同じくらいの人数いたはずなのに…。
「意外とハスキーボイスなんだね」
う……。やっぱりそうだよな。こんな声の女の子おかしいよな。
「航、お前後輩なら場の空気読んで少しは遠慮しろよ」
ヒロキが新参の男(ワタルと言うらしい)を恨めしそうに見やった。
「すいません宏樹さん。でも俺もハルコちゃんとお話したくって」
「お前はさっき向かいのミホちゃんといい感じだっただろう」
「ハルコちゃんが来るまではね」
「ミホちゃんが可哀想じゃないか」
「だいじょーぶっすよ。ミホちゃんも紫音の所行っちゃったから」
それを聞いてなるほどと思った。紫音の所に女の子がたくさん集まってるから、男が溢れているのだ。相手が見つからず場を持て余しているから、暇つぶしにゲテモノの俺の所に来たって訳だ…。
「それはお前がハルコちゃんばっかり見てたからだろ」
「あ、先輩気づいてました?知ってたんならいいじゃないですか。出会いの場は戦場ですからね」
「ふん、まあいい。お前と話してる時間がもったいないからな。ハルコちゃん、さっきの続きなんだけど……」
ヒロキがいきなりにっこり笑顔になって俺の方を向いたから心臓が跳ね上がった。始まった。尋問の時間だ。俺を試す男が二人に増えたのだ、もう最悪だ。
「なんでしょう…」
「ハルコちゃんが俺の事知ってくれてた話。試合見た事あったの?」
「はい」
「そうなんだ。俺すごく嬉しいな」
「はあ……」
ヒロキはニコニコと笑顔を絶やさない。
「えー何何?ハルコちゃんバスケ好きなの?俺の事は?俺の事は知ってる?」
「あの、えーと……」
ワタルが割り込んできたけど、正直ワタルの事は見たことない。まだ試合に出てないのではないか。少なくとも俺が見ていた試合には出場していない筈だ。
「ほらハルコちゃん困ってるぞ。航の事なんてよっぽどコアなファンしか知らないんだから、ハルコちゃんが気にする事ないよ」
「宏樹さん、ひっでー。でも、宏樹さん知ってたのも紫音のついでだったりして…」
「え……」
図星すぎて思わずワタルを仰ぎ見る。
「わー、やっぱハルコちゃんカワイーなぁ。初めて俺の事ちゃんと見てくれた!俺はずっと見てたのに、ハルコちゃんはずっと紫音の事見てたから」
「………」
自分への注目が逸れてから紫音を探した筈なのにバレていたとは…。きっと俺がそれだけ露骨過ぎたのだ。
「紫音のついででも俺は別にいいさ。知られてないよりは全然ましだからね。ハルコちゃん、俺の事も見てくれないかな?」
ヒロキがそう言いながらずいっと顔を近づけた。
見れない見れない。だって近すぎる。こんな近くで顔をまじまじと見られたら絶対にボロが出る。
「さっき乾杯の後、ちょっと目が合っただろ?その時に見たハルコちゃんの瞳が凄く綺麗で、吸い込まれそうだなって思ったんだ」
確かに何人かと目が合った。でも、誰と合ったかなんて覚えてない。その時に疑いを持たれてしまったのだろうか。俺はなんて迂闊なんだ…。
そんな事を考えている内に、ヒロキがまた一段と傍に寄ってきた。やばいやばい。
「恥ずかしい?」
顔を見られたくなくて俯いて縮こまるように小さくなっていると、ヒロキの声が物凄く近くで聞こえた。
「あの、その……」
恥ずかしいとかってより何よりともかく離れてほしくてそれを伝えようとしているのにパニクっていて適切な言葉が出てこない。
こんな思いをするくらいなら、バレるよりも先に「そうです、男です」って宣言したい。でもそんな事したら騒ぎになる。それはバレても同じ事だけど、でもどっちにしろバレるのなら針のムシロ状態の今を早急に脱したい気もする。あぁ……一体どうしたらいいんだ。
「このままだとほっぺにキスしちゃうけど、いい?」
殆ど耳元でそう言われて、俺はびっくりし過ぎて弾かれる様にしてヒロキを見上げた。
「それは唇にキスしてもいいって事なのかな?」
ニコニコと不敵な笑みを浮かべてヒロキがそんな事を言う。これは一体何の試練なんだとまたまたパニックになりながらも俺は慌てて首を横に振った。
「そんなに必死に否定されると悲しいな。それにしてもハルコちゃんの瞳、近くで見ると一層綺麗だね」
ヒロキはなんだかうっとりした調子で言って、俺に熱い視線を向けた。
――――うっとり…?熱い視線…?
何だそれは?なんで俺はそんな事感じたんだ?
「ねえハルコちゃん、今度俺とバスケデートしない?」
「バスケデート……?」
「想像してみて。休日の公園で青空の下汗を流すんだ。すごく良いと思わない?」
「……そうですね」
青空の下汗を流す。すごくいい響きだと思う。元々根っからのスポーツ少年だったから、休日公園で自主練したりすることも結構あったし、紫音とも随分やった。そう言えば、最近は紫音と全然バスケしてなかったな。
「じゃあ決まり。いつにする?」
「え…?」
「バスケデートの日」
「え……いや、俺は……」
なんでデートなんかする事になってんの?しかもあんまりパニクり過ぎて俺って言っちゃったし!
「ん?俺?ハルコちゃん今『俺』って言ったの?」
やっぱり聞き流してはくれなかった様だ。ヒロキはまるで言質を取ったかの様に楽しそうに俺を問い質した。あーもう駄目だ。終わりだ。
「ごめんなさい」
「ん?」
「ごめんなさい、お察しの通り俺は男です」
「え???」
「こんな所に来て本当にすみません。でも、出来れば他の人にはまだ黙っていて欲しいのですが……」
ヒロキもワタルも、何も言わなかった。怖くてその表情は見れないけど、口をあんぐり開けているか、してやったりという顔をしているかのどっちかだろう。
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