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scandal 9

「ぷっくくく……」 突然ワタルが笑い始めた。結構お調子者っぽい人物だから、大声で吹聴されるかもしれない。そうなって欲しくはないけれど、隠し通せなかった自分の責任だ。そう思い覚悟を決めた……のだが。 「すげー斬新な振り方!男だからって断り方、初めて見た!」 「え…?」 断り方…?どういうこと…?俺は本当に男だからそう言っているだけで…。 「誰も傷つけないいい振り方だとは思うよ?でも、そういうのはもっと見た目があれな女の子じゃないと通用しないって、ぷくく…」 「ハルコちゃん、俺に気を遣ってくれたの?っていうか、それで俺が諦めると思った?」 「いや、だから、そうじゃなくて…」 「なんか俺、ますますハルコちゃんに興味湧いちゃったな」 「俺もー」 おかしい。おかしいな。何だこの展開は。騒がれなかったのは幸いだが、でもこれはこれで全く想定外すぎてどうしたらいいのだろう。 「ねえねえハルコちゃんはバスケするの?」 男だとバラした直後だというのにさっきと全く寸分も変わらぬ調子でワタルが問う。 「まあ…」 「そうなんだねー。俺ともバスケデートしよーよ!」 「だから、俺は…」 「その『俺』って言うの癖なのかい?」 今度はヒロキだ。 「癖というか、普通に…」 「普段から俺っ子なの?いやあ、大人しそうなのに不思議な子だなぁ、ハルコちゃんは」 デレデレしながらワタルがそう言う。ヒロキも頬を緩ませて俺を見ている。 これは、もしかして……。 いや、もしかしなくても、俺は疑われている訳でも試されている訳でも尋問されている訳でもなかったという事か?その上、俺はまだ女だと思われてる……? ………ってことは、つまり、俺はもしかして、女として口説かれていたのか……!? ガタン! 「ハルコちゃん、どうしたの!?」 気づいた途端勢いよく椅子を引いた俺を、二人ともびっくりした顔で見ている。 まさか、こんな気持ちの悪い俺が口説かれるなんて…。 「あの、お…私、紫音の所に行きます!」 「えー!」 「ちょっと待ってよハルコちゃん!」 タイミングとか気にしていたらいつ紫音の傍に行けるか分からないから、もう強引にでも紫音の取り巻きの中に入ろうと思った。 女装しているというだけでもややこしいと言うのに、もっとややこしい問題を増やしたくはないし、二人は俺を疑っていた訳ではないのだから、逃げるようにして二人から離れたからって疑念が深まる訳でもない。つまり、どう考えても俺がここに留まっている理由はない。皆無だ。 「あれ…?」 それなのに、紫音がいない。 さっきまでテーブルの端にいた筈なのに、そこに紫音がいない。それどころか、ざっと見回してみてもこの円卓のどこにも座っていない。 「ハルコちゃん、紫音ならさっき個室に入って行ったよ」 「うそ……」 個室って、ちらっと見えたカーテンの向こう側…? 「ほんとさ。ちゃんとこの目で見た」 そんな…。 でも改めて見回してみてもテーブルの周りに座っているのは俺たちとあと何人かだけで、紫音と紫音の取り巻きの女の子達どころか、柚季も勝瀬さんだっていなかった。 紫音、あの女の子達と個室に移動したって事…? 「まあ、そういうことだよな」 したり顔でヒロキとワタルが頷き合う。 そんなのダメだ。そんなんじゃ中谷先生の思惑通りだし、そうじゃなくても紫音が俺以外の他の誰かと親密になるなんて嫌だ。 ここで動かなきゃ、何のために俺がこんな馬鹿げた格好をしてノコノコやってきたのか分からない。 二人の制止も聞かずに、新美さんに持たされたハンドバッグを手に駈け出した。そして、一番近くの個室のカーテンを空ける。 「春!?」 中にいたのは紫音ではなく柚季だった。 女の子と二人隣同士に座っていて、女の子は柚季にもたれ掛かる様にしている。ともかく、とても凄く親密そうで思わずこっちの顔が赤くなってしまう。 「じゃ、邪魔してごめん!」 勢いよくカーテンを元通りに閉めて部屋の前から離れる。柚季がいた部屋の隣にも、カーテンが閉まっている個室があった。 ここかもしれない。 またさっきみたいに中で誰かと誰かがいちゃいちゃしてたらどうしよう。 もしもそれが紫音と誰かだったら………。 バクバクする心臓を抑えるために胸に手を当てて深呼吸した。 そして、カーテンに手をかけようとしたその時。 シャッ! 勢いよくカーテンが開き、中から背の高い男――――俺が見紛う筈のない男、紫音が現れた。いきなりの事に驚いて、一瞬間が空いた。 「し…」 「そこどいて」 紫音の名を呼ぼうとした俺の声に、紫音の氷の様に冷たい声が被さった。 常夏を氷河で覆ってしまえそうな程の冷たい響きに、思わずその通り道を開けた。 紫音は後ろ手で乱暴にカーテンを閉めると足早にどこかに行ってしまった。 紫音にあんな怖い声を向けられるのは初めてで、俺は少し呆然自失していた。 紫音が怖いとかクールだとか言われている事は知っていたけど、俺にとってはそれってどの紫音の事?という状態だったのだが、今日初めて分かった。 紫音は怖い。確かに怖い。クールなんてもんじゃない。俺(ハルコちゃん)に対する気遣いも興味も皆無という感じだった。 あんな風に冷たい言葉をかけられたら、俺だったら意気消沈してそれ以降紫音に言い寄るなんて事絶対にできない。それなのに紫音にアタックし続けてる女の子達は本当にすごいと思う。

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