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scandal 17

「それじゃあな」 今生の別れって訳でもないのに凄く切ない気持ちが溢れそうになる。けど、今は我慢だ。切なさに浸るのは一人になってから。 「ハル先輩…」 他のメンバーたちはすでに各々店を出た。今も「寂しい」って顔を隠そうともしない紫音がずっと駄々を捏ねていたせいで俺たちが一番最後になってしまった。別々に帰らないといけないから、まずは俺が先に店を出ると決めてある。 意を決して店の入り口のドアを開くと、ちょうどタクシーが1台停まっていた。後ろ髪を引かれる思いで、でも振り返らずに扉を潜った。俺が不格好でも一直線に歩いてきたのをみて、タクシーがドアを開けた。いざ、乗り込もうとしたその時――――。 乱暴な力に俺の動きは阻止されて、後方に引き戻された。 片足を捻挫しているので踏ん張れずに転倒しそうになった俺は、腕を引いた相手にがっしりと抱き抱えられてなすがままだった。 「ン……ッに、やってんだよっ!」 抱擁と、そして素早くされた口づけを振りほどき、紫音の胸を叩いた。こんな所でなんて事してくれたんだ!せっかくもう少しだったのに。中谷先生の計画も阻止できて、紫音のモチベーションも回復できて、全部上手く行ってたのに、最後の最後にどうして……! 「俺達もう撮られたよ」 紫音は計画の一部が台無しになったことをいともあっさりと俺に告げると、あろうことか俺の背中に再び腕を回してきた。 「何すんだ!離れろよ!」 どうにか離れようと暴れてみても、すっぽり抱えられていてピクリともしない。いつもならこれぐらい暴れれば紫音はすぐに力を緩めてくれるのに、今は何が何でも俺を離さないつもりらしい。 「暴れないで。それに、今さら離れたってもう遅いよ。だから、さ。タクシー乗ろう?」 「は?な、何言って、…!!」 何でそうなる!? 力で敵わなくてもせめて反論したかったのに、その隙すら与えられずにバカ力の紫音にタクシーに押し込められてしまう。足がもう少し使い物になればもうあとちょっとは踏ん張れた筈なのに、いとも簡単に。 「△×通りの○○まで」 紫音がタクシーの運転手に勝手に行き先を告げて、無情にもタクシーは走り出した。 「紫音!どういう事だよ!」 なんて勝手な事をしてくれたんだ! 「だってあんな寂しそうな顔されたら、追いかけなきゃいけないかなって」 なっ―――――! 「ち、違う!そんな顔してない!」 「離れたくないってハル先輩の顔に書いてあったよ?」 「!」 何も言えず、ただカーッと顔面に血がのぼる。 恥ずかしいやら情けないやら。 俺は年上として、先輩として自分を律していたのに、どうして本心がバレてしまったんだ。 ………俺は未熟なのだ。律したつもりになっていて、そうじゃなかったのだ。自分の気持ち一つ誤魔化す事ができないなんて―――。 お得意の自責モードに入りかけた時、紫音が呑気な声で言った。 「なーんて嘘」 「え…」 うそ? 「本当は俺がハル先輩を帰したくなかったんです。帰して後悔するのは嫌だから。ほら、しない後悔よりもする後悔のがいいってよく言うでしょ?」 「な…バカじゃないのか!」 「何もせずにただで帰す方がバカですよ」 「なんだよそれ!」 「ハル先輩がこんな格好までして俺に会いに来てくれたのに、指咥えて見てられる程俺はバカじゃないってこと」 「バカだよ!だってどうするんだ!絶対写真公になるじゃないか!」 「そうですね。でも、デタラメが出るのは嫌だけど、ハル先輩とのは本当だから全然嫌じゃないや」 何能天気な事言ってるんだよ? そう言い返すつもりだった。でも、紫音は隣で楽しそうに笑っている。上機嫌にニコニコしている紫音を見ていると、自分が一人怒り焦り心配している事がだんだんバカらしくなってきた。あんな大胆な事をやらかした紫音への呆れも通り越して、その肝の据わり様が少し格好よくすら思えてくる。 俺と紫音のさっきの写真はまず間違いなく公の物となる。もしかしたらまたテレビなんかにも取り上げられたりしてしまうのかもしれない。でも、もう起きてしまった事だ。今さらどうこう悩んでももうどうしようもない。だったら―――諦めるしかないのだ。あっけらかんとしている紫音を見倣って、すっぱり諦めて肩の荷を下ろせばいいのだ。 「はぁーー」 悩みを吐き出すつもりで深くひと息つくと、紫音が不可解な動きを見せた。 何もない所を手で掴んで、まるで架空の何かを食べる見たいにその手を口に運んだ。 「?……何やってるんだよ?」 「ため息つくと幸せが逃げて行っちゃう」 「はぁ?」 「俺今凄い幸せです」 満足気にそう言う紫音を見ていると本当に何もかもどうでもいいやと思えてきた。 「疲れた……」 気を抜いた途端、疲労感がどっと押し寄せてその言葉が自然と口をついて出た。 今日は1日がすごく長かった。 仕事の後に治療を受けて、それだけでもいつもぐったりなのに、その後に女装に合コンにこれだ。 もう一度ため息が出そうになった時、紫音に肩を抱かれた。 ぐいっと引き寄せられて恋人同士の距離になる。いつもは二人きりの時しか許さない距離。でも今日は、まぁいっか。もう拒絶する気も起きないし、今俺はパッと見女なんだし。 「今日は俺がハル先輩のこと沢山癒してあげる」 ……本当か?疑わしいな。もっともっと疲れる様な事しようとしてないか…? 猜疑心たっぷりの目で紫音を見上げたのだが、紫音はそんな俺を見て優しく微笑んだ。 確かに………幸せ、だな。 紫音に触れてる肩がポカポカする。 他人の体温ってどうしてこうも心地いいのかな。あ、でも誰でもいい訳じゃない。紫音の体温がいい。俺のよりも少し高いこの温度が好きだ。車の振動も相俟ってふかふかの揺りかごで揺られているみたいに気持ちいい。 あぁやばい。俺寝そう……。 そういえば、今どこに向かっているんだったっけ…?………睡魔にやられて頭が働かない。………まぁ、どこだっていっか。紫音と一緒なんだから、だいじょう…ぶ…………。

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