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Will you…? 2
「紫音、もうやめろ」
ちょっと呆れた様な声でハル先輩が言った。俺の威嚇ももう既に慣れっこなのか(結構怖いと評判なのに)平然としていた秋良は、ハル先輩のその言葉を受けてニヤリと口元を歪ませた。
「そうそ。いがみ合ったって春は喜ばねえぜ」
秋良が得意気に言う。さも、自分の方がハル先輩の事を分かってるとでも言わんばかりに。その態度に更に腹が立って、やめろと言われてもとても威嚇せずにはいられない。
「俺達がこうして会えてるのも柚季の考えた作戦のお陰なんだから」
ハル先輩が更に俺を宥めた。
怒って、こいつらと仲良くできない俺一人が悪者なのか。ハル先輩もこいつらと同調するのか。
―――ハル先輩がそういうつもりで言っている訳ではない事は分かっている。ハル先輩の言った事に、言葉以上の意味はない事も。だって事実だけを見ればその通りなのだ。秋良のアイデアのお陰で、女装すらボツになってしまった俺達はこうして会うことができたのだから。
でも、だからって俺はハル先輩の様にこいつに感謝する気なんか毛頭ない。だってこいつはただ単に自分の欲求を満たす為にハル先輩にそのアイデアを持ちかけただけなのだから。
その作戦と言うのは実に単純だった。
ハル先輩が試合観戦時にしていた怪しい男コスを、別の誰かにやって貰い去年と同じ様に招待席に座って貰う。そして同時に変装なしのハル先輩が観客席に座っていれば、「怪しい男」はハル先輩ではないと記者にもオーナーにもファンにも印象付ける事になり、そうなれば「怪しい男」コスさえしていればハル先輩と会っていても誰も疑わないのでは?という物だった。
話はトントン拍子に進んだ。一番の難問に思えたハル先輩と背格好の似た人物を、秋良が用意すると言ったからだ(どうやら同じ事務所の後輩で、しかも実は女らしい)。
そうして今日を迎え、ハル先輩には初めて変装なしで試合に来て貰った。騒がれるのは本意ではなかったが、やはりハル先輩はバスケ界では有名人だしどうしても目立ってしまうので、観客席や選手からもどよめきが沸き起こった。そのどよめきの原因はハル先輩の存在だけではなかったが。
そう、あの秋良がただで協力してくれる訳がなかった。こいつは条件をつけてきた。自分の分もチケットを用意しろと。こいつは最初からそれが目的だったのだ。
俺と会えなくなってからというもの、ハル先輩は秋良からの誘いを悉く断っていた。それが秋良と会うのを許す時に交わした約束だったとは言え律儀に守ってくれるハル先輩はやっぱり可愛い。って、脱線したが、秋良はどうにかハル先輩と会えないか考えて考えて考えた結果、その作戦を思い付いたに違いない。大方、前回の女装合コンの際も、ただ自分がハル先輩とデートしたかった(ついでに女装姿も見たかった)だけだろう。
それなのに、秋良は自分の利益ありきで動いているだけだというのに、ハル先輩は全然、露程も理解していない。律儀に、面倒かけて申し訳ないくらいに思っているのだから。
ハル先輩は自分とのデートがご褒美になってるなんて夢にも思わないのだろう。その鈍感さと自己評価の低さは実にハル先輩らしいと言えばハル先輩らしいが、秋良みたいな図々しい奴との関係においては非常に厄介だ。付け入る隙がありすぎて。
とまあそんなこんなで怪しい男≠ハル先輩の図式が出来上がったお陰で、俺達は今日デートができたという訳だから、形だけ見れば確かに「おかげ」なのだ。形だけ見れば。
「さ、4人で仲良くボーリングしようぜ~」
俺が離れた隙にハル先輩に近寄っていたハイエナ二人がハル先輩を囲んでいる。
何ヵ月も我慢を重ねてようやく会えたっていうのに、何が悲しくてこんな奴等と4人で遊ばなきゃならないんだ。でも、嫌だって駄々を捏ねたらまたハル先輩は怒るに違いない。ヤキモチばっかり妬くなって呆れられるかもしれない。
ハイエナは片一方は馴れ馴れしくハル先輩の肩に手を回しているし、もう片一方はハル先輩の手を引っ張っている。ハル先輩の表情は見えない。
あああ。今すぐハイエナをひっぺがして打ち捨てたい。でもまたハル先輩に怒られるのもあいつらに笑われるのもごめんだ。
あぁ。ここで何時間無駄にするのだろう。俺が今日をどれだけ楽しみにしていた事か…。ハル先輩と二人で過ごす時間は1分だって1秒だって惜しいというのに。ああそれなのに…。
ボーリングだけでも物凄く嫌だが、流れ流されてやれ二次会だ、三次会だなんて事になってしまったら、俺泣くと思う。
「ごめん、俺達は帰る」
ハル先輩は肩に回された腕をやんわりとはがしながら言った。……って、え―――!?
「えー。何でだよ~!ボーリングしに来たんだろ?」
「そうだけど、やめた。今日は紫音との時間を大事にしたいから」
え?ハル先輩、今何て?
耳を疑うとはこのことか。俺だけじゃない。ハイエナ二人も呆気に取られている。
「紫音、行こう」
肉食獣二人の中からハル先輩がひらりと出てきた。その視線は真っ直ぐ俺を見ているし、その足はさっき入ってきたばっかりのボーリング場の入り口に向いている。
「は、はい」
俺は置いていかれない様に慌ててハル先輩の後を追った。この時、俺に完敗した二人に勝ち誇った笑みでも投げつけてやればよかったと思ったのは、大分後になってからだ。そんな余裕とてもなかった。言われた事をちゃんと理解して、喜びが込み上げてきたのすら、ボーリング場を出てから暫く経ってからだったのだから。
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