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Will you…? 4
幸せだ。幸せ。本当に幸せ。
俺はハル先輩と結婚できるんだ。
こんなに幸せでいいのだろうか。
そりゃあ普通の男女の様に入籍できる訳ではないけれど、気持ちの問題だ。プロポーズして、オーケーされた。一生共に生きていく。その覚悟が、そしてそうしたいという気持ちがハル先輩にもあるという事だ。
書類とかの事務的問題は、日本でもいつかは同性婚が認められる日が来るかもしれないし、もし来なかったらこの国を出てもいいのだ。俺はハル先輩さえいればどこでもいい。以前は形に拘ってその問題で頭を悩ませていたというのに、こうなってしまえば最早どうでもいい。籍が違ったって俺達はひとつだ。
あ、でも、ハル先輩のご両親には、母親が言っていた様にきちんと挨拶しなきゃいけない。驚くだろうなぁ。殴られるかなぁ。ハル先輩の家はきっとうちみたいな放任主義ではないだろうしなぁ。うちの親は、まぁあんな感じだから後回しでいいか。
そんな幸せな悩みで頭の中をいっぱいにしている間中、俺は隣に横たわるハル先輩の柔らかな髪の毛を撫でていた。
ついさっきまでちょっと激しく動いていたせいで髪の毛は少ししっとりしているし、疲れてぐったりしているハル先輩の息もまだ整っていない。俺の方が運動量は多くても、身体の負担はハル先輩の方が格段に上なのだ。
もう結婚までできるんだから、もう少し余裕を持って労ってあげないとだし、束縛したい気持ちも抑えないとなぁ。でもハル先輩を前にすると自制って物が凄く難しくなるし、やっぱり俺だけの物だーって叫びたくなるんだよなぁ。
だって、今弄っているハル先輩の髪の毛ひとつ取ってみても、大抵の女の子よりも柔らかいしいい匂いがする。全部綺麗だ。頭の先から爪先まで、本当に全部。こんな人を前に理性なんて保っていられないし、独占したい気持ちも抑えられない。うん、それが普通だ。
「なぁ紫音」
ようやく息の整ったハル先輩が口を開いた。少し声が掠れていて、事後のセクシーさを含んでいる。
「俺、今紫音と同じ気持ち」
ハル先輩が少し恥ずかしそうに言った。
俺と同じ…?理性をかなぐり捨てて、もう一度やりたいって事…?
「いいの?」
「何が?」
「え、その、だから…その、もう一回…」
俺がゴニョゴニョ言うと、ハル先輩はさっきの比じゃないくらい顔を赤くして、信じられないって感じで言った。
「何言ってんだ、無理だよ!久しぶりだし……お母さんだっているんだから!」
「あ、そ、そうですよね!あはは…」
笑って誤魔化したけど、ハル先輩はぷいっとそっぽを向いてしまった。
そもそも、普通にエッチに持ち込むのも大変だったのだ。ハル先輩が母親とひとつ屋根の下にいることをとても気にしていたから。でも、プロポーズ大成功のその後に何もせずにただ眠るだけなんてそんなの淋しすぎるし、それがなくてもなんせ2か月ぶりだ。我慢できる訳もなく襲いかかってしまった。
感じてる声を我慢するハル先輩、色っぽかったなぁ。我慢しきれずに可愛い声洩らしちゃってたけど、真っ赤な顔で必死に口元抑えたりしててほんっと可愛いかった。はぁ~。もっかいあの顔見たい。あの声聴きたい。
……けど、あんまり欲張りすぎちゃいけないよな。今こうしているだけでもう何もいらないってくらい幸せなんだから。強欲は身を滅ぼすってもんだ。あ、そう言えば…。
「じゃあ何が俺と同じだったの?」
「も、もういい!」
あちゃー。ハル先輩のおへそが曲がってしまった。でも、プンプンって感じのハル先輩も可愛いなぁ~。あぁ~俺幸せすぎてニヤニヤが治まらない。
「教えてよ~」
「うるさい」
「ケチ~」
「ふん」
可愛いなぁ。もうずっとこうやってちょっかいをかけていたい。ハル先輩はどうしてこうも俺のツボを擽り続けるんだろう。分かっててやってるのかな?いや違うよな。ハル先輩の行動とか言動の全てが俺のツボなのだ。飽きるとか冷めるとか、絶対ないよなぁ。毎日好きって言いたいもん。
「そう言えば……」
一頻りじゃれあった後、身体を起こしたハル先輩がぽつりと言った。
「昨日お前のチームのオーナーが俺に会いに来た」
「それってまさか…!」
俺も慌てて上体を起こして、ハル先輩の隣に肩を並べた。
「紫音、何か聞いていたのか?」
勿論知っているよ。俺は深く頷いた。
あのオーナーは本当に勝手な奴だ。チームの事を一番に考えているからこそなのかもしれないが、俺やハル先輩を駒とか客寄せパンダとしか思っていない様にしか見えない。いや実際経営者なんてものはそうなのだろう。でも、それでも俺は―――。
俺と女装したハル先輩がキスしてる写真は、シーズンが始まってすぐ、10月の第一週目の週刊紙に掲載された。
世間からの注目もまあまあ集め、まあまあテレビにも取り沙汰されて、オーナーが懇意にしているマーケティングの専門家から言わせれば俺の人気に陰りの兆しありとの事だった。このまま行けばアウルムのCMの契約更新は難しいとも。
俺としては別にCMで小金を稼ぎたい訳でも、バスケの腕以外で注目されたい訳でもなかったからどうでもいい事だと思ったが、案の定オーナーはこの事態を放っておくつもりはない様で。でも、俺も予想だにしなかった解決策を提案してきたものだから、少し、いやかなり驚いた。
それはハル先輩をチームに勧誘するという物だった。
ハル先輩との温泉記事の反響は、今思えばいい反響だったらしい(もっと早く気づけ)。俺のファンは圧倒的に女性が多いから、女とのスキャンダルには嫌悪感を抱くが、男とのそれは気にしないどころか、一部の女性ファンは大いに盛り上がっていたそうだ。何でも、「それ」っぽい感じが、今の時代ではいい意味で想像力を掻き立てられ、ますます目が離せないって感じになるらしい(謎過ぎる)。
でもまぁ確かに最近では男性アイドルなんかでもギスギスしてそうなグループよりも仲良しグループですって売り出し方をしている方が人気が出てるし、女性は男同士仲良くしている所を見るのが好きという事なのかもしれない。
でも、「俺達付き合ってます」と完全に認めるのはナンセンスなんだとか。想像力が働く余地を残す事が大事だから、絶対にカミングアウトはしてはいけないらしい。その代わり、ハル先輩と人前である程度イチャイチャしてもいいと(寧ろしろと)言われた。但し、ハル先輩も公人に――つまりプロのバスケ選手にする事が条件だと言われた。相手がミステリアスすぎると「本物」っぽくてダメなのだと。
身勝手過ぎて呆れたし怒りも覚えたが、でもそれってつまりトライアウトなんかもなしにハル先輩をチームに引き入れようとしているという事で、つまる所スカウトだ。
ハル先輩をこんな大人の欲望渦巻く世界に引き入れるのはどうなんだろうという気持ちもあった。けど、俺はハル先輩と一緒にバスケがしたいという夢も捨てきれていなかった。それに、チームメイトになればいつでもどこでも一緒にいられる。離れている間に誰かに何かよからぬ事をされるんじゃないかって不安ともおさらばできる。
俺はオーナーに対して物凄く身勝手だと腹を立てながらも、真っ向から反対する事も反抗する事もできなかった。それどころか、「いつ声をかけに行くんですか?」と毎日の様に尋ねる始末だった。ハル先輩をスカウトするきっかけとなった過程やオーナーの思惑は別として、その最終着地点は俺にとって魅力的すぎたのだ。
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