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Will you…? 5

「何で今更俺なんかに声かけて来たんだろう。俺、目の敵にされてるんじゃないかと思ってたんだけど」 ハル先輩は本気で理解できないって感じに首を傾げた。 純粋なハル先輩にオーナーの思惑なんて分かる筈もない。それに俺自身も話すつもりはない。客寄せパンダとして自分が利用されようとしているなんて知ったら、ハル先輩は絶対に誘いに乗ってはくれないから。だから単純に、バスケ界に戻る気があるかどうかを知りたかった。ハル先輩の実力は俺が一番よく知っている。入団すれば、オーナーの思惑以上の活躍だってきっとみせてくれる筈だ。 「あの、それで、何て返事したんですか?」 落ち着け、落ち着け。逸る気持ちを抑える。 俺はオーナーからスカウトの件を聞いて以来、ずっとソワソワしていた。ハル先輩が入団する事になったらどんなに楽しいだろうと一人想像してニヤついたりしていた。2か月以上も会えなくて、正直シーズンオフの練習には全然気合いが入らなかったが、それでも試合でちゃんと活躍できているのも、この件があったから。 何度俺からハル先輩に話してしまおうかと思った事か。でも、言わなかった。喉元まで出そうになった言葉を、何度も無理矢理呑み込んだ。俺から話せば絶対にチームに来て欲しいという気持ちが前面に出てしまうと思ったからだ。断られたら、以前ハル先輩がバスケを辞めると言った時みたいに、ハル先輩の気持ちも考えずに感情的になって必死で自分の気持ちを押し付けてしてしまいそうだから。 ハル先輩の人生は、ハル先輩が決めるべきなのだ。だから―――。 「断ったよ。今更使い物になるとは思えないし。だから代わりに黒野を…」 「そんな事ない!ハル先輩はまだやれるよ!ちゃんとトレーニングすれば身体はついてくるし!」 だからどんな答えでも静かに受け止めよう。そう思っていたのに、俺は勝手にハル先輩を引き留める言葉を口走っていた。 「そう言う問題だけじゃ…」 「ハル先輩には誰にも負けないスキルがある!だから大丈夫!絶対活躍できるよ!」 「………」 「それに、チームメイトになれば今みたいに会えなくて悩むこともなくなるし!」 「そうだな、そう言われた。でも…」 「俺と一緒にバスケやろうよ!あの頃みたいに、二人でコートを支配しよう!」 鳥の様に、蝶の様に舞うハル先輩と一緒にボールを追いたい。俺達はコートの中で以心伝心だった。いて欲しい所にハル先輩はいつも走り込んでくれたし、ここだという場面でボールを回してくれた。言葉なんてなくても、アイコンタクトだけで互いが求めている事が解った。あの一体感は、身体を合わせるのとはまた違う。誰も侵すことのできない二人だけの領域。あの感覚を、もう一度――――。 「でも俺、自信がないんだ」 ハル先輩がポツリと言った。はっとしてその顔を見ると、ハル先輩は暴走していた俺を見守る様に、穏やかに静かに微笑んでいた。 ―――俺は、漸く我に返った。 「俺、治療始めて何ヵ月も経つけど、全然進歩してなくて。今の段階を克服できないんだ。恐怖に勝てない。本当、だめだよな」 ハル先輩は自嘲する様に言った。 あぁ……。俺はなんでいつもこうなんだ。ハル先輩になんて事を言わせてしまったんだ。ハル先輩の決めた事を尊重しよう、絶対反対しないでおこう。そう思っていたのに……。 「ハル先輩はだめじゃない!克服するには何年もかかるって先生最初に言ってたじゃないですか。俺が、俺がダメなんです。本当ごめん。分かってたのに、理解してたつもりだったのに、それでもハル先輩の気持ち尊重できなかった。自分の気持ちばっかりで……」 俺は自分の思い通りに事が進むと浅はかに期待していた。頭では冷静でいようと考えていたけれど、感情をセーブしきれなかった。勝手に裏切られた気になって、感情的になってしまった。なんて傲慢だったのだろう……。 「紫音がそんな顔する事ない。俺、ちゃんと前向きだから」 「え…」 「成果はあんまり実感ないけど、でも、ちゃんと向き合ってられてるから。精一杯向き合ってるせいで、新しい事始める自信も余力もないんだけど」 ハル先輩がえへへと笑った。多分、俺に気を遣って。 俺、本当ダメだ。ダメダメだ。ハル先輩を守るどころか傷つけようとしてたし、支えるどころか支えられてる。 「でもいつかさ……」 「……?」 首を傾げた俺に笑いかけたハル先輩は、少し遠くの方を見た。 「いつか良くなったら。自信が持てたら、紫音とちゃんとしたバスケできるといいな」 ハル先輩………。 ハル先輩は健気に頑張っている。辛い治療にも耐え、過去と向き合い、それでもまっすぐ前を見て、自分のペースで前に進もうとしているんだ。 俺も、同じ物を見たくてハル先輩の目線の先に目を向けた。 そうだ。そうだよな。焦っちゃいけなかった。急ぐ必要なんてない。今じゃなくても、いつかでいい。そのいつかが何十年先になっても、例えやって来なくても、それでも俺はハル先輩の隣にいられるんだから。それでいいじゃないか。何を高望みしてるんだ。 「ねえハル先輩。それ、俺達の夢にしません?」 「夢?もうこんな歳なのに?」 「夢を見るのに年齢なんて関係ないですよ。だって、ただ『克服する』って目標だけよりいいと思いませんか?克服した後の未来を、その先を夢見るのは」 「うん……いいね。紫音と二人で見られるなら、どんな未来でも明るいと思う」 例え、夢が夢のままだとしても、二人で前を向いて進んでいけるなら、未来は明るい筈だ。 俺達の気持ちは、想いは、今一つだ。同じ事を考えていて、同じ様に互いを思い遣り、同じ未来を見つめている。ハル先輩とバスケをしてた時と同じ感覚。ああ。俺達もうバスケを介しなくてもこんなに一つだ。心も身体も満ち足りて、幸せって言葉では言い表せないくらいに―――――――。 * ~♪~♪~♪~ なんだ……。俺の、着信音…。今何時…?……え、3時?こんな時間に電話って誰だよもう。 大方同期か友人の悪ふざけだと思い、無視しようと思ったが……眠っていたハル先輩が「ん…」と可愛い声を出して寝返りした。このままでは起こしてしまう。 重い瞼を開き、ベッドを抜け出して窓辺まで離れてから通話ボタンを押した。指で捲ったカーテンの隙間からは月明かりも射さない。暗い、夜だった。 「もしもし。……………え?…はい…………………そう、ですか………」 通話時間は短かった。ただ淡々と事実を伝えられただけなのだから。でも、俺の胸のざわつきは暫く治まらなくて、少し部屋をうろうろして、それでもダメで部屋を出て階下に降りて水を飲んだ。 部屋に戻ると、ハル先輩の安らかな寝顔を暫く傍で眺めた。とっても綺麗で、そして安心しきった様が堪らなく可愛かった。 自分も眠る気になんてとてもなれないから、ベッドを離れソファに座って頭を抱えた。 どれくらい経っただろうか。5分程しか経ってない気もしたし、1時間かもしれない。 「紫音……?」 ハル先輩の声がした。ベッドに目を向けると、ハル先輩が身体を起こして眠そうに目を擦りながらこっちを見ていた。 「どうしたの?」 「ちょっと、目が覚めちゃって…」 「まだそと暗いよ」 寝起きのハル先輩は少し舌っ足らずで頼りない。今すぐにきつく抱き締めて、永遠にその腕を離したくない。俺の見える所に閉じ込めてどこにもやりたくない。でも―――。 「ハル先輩明日学校あるんだから寝てて。俺もすぐそっち行くから」 「ん……さっき、電話なってなかった…?」 「…………間違い、電話でした」 「そう…。おやすみ……」 「……おやすみなさい」 ―――とても本当の事なんて言えなかった。言葉にしたら、「今」が崩れ落ちて壊れてしまう様な気がしたから。 俺達の幸せな時間は、この先ずっと続くのだ。二人で見る未来には光しかないのだ。そう自分に言い聞かせて――――。

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