150 / 236

blackout 5

「一体何をしてるんだ孝市」 その声を聞いた瞬間、久し振りに「俺」が俺になった。 「うッあぁあっっ!!」 痛い…痛い…。 性器に細い棒が突き刺さっていて痛い。擦られ続けている後ろの穴も痛い。乳首も熱を持ってじんじんする。火傷の跡が痛い。 「やめて!やめて!もうやめてっ!」 もう手足は拘束されていなかった。力任せに暴れて、不意討ちを食らった状態の向田を押し退けた。暴れた拍子に前に刺さっていた細い棒も抜けた。後はここから逃げ出したかったけど、首輪はベッドに繋がれたままだった。 「春、いきなりどうしたんだ」 向田が珍しく驚いた顔をしている。近づいて、来る。 「来るな!来ないで!触らないで!」 「おい春、」 「孝市」 久し振りに聞いた。向田の声じゃない声。そうだった。俺はこの声を聞いて戻ってしまったのだ。 でも、どうして、何でこの人が………。 「光(ひかる)、よくここだって分かったな」 「ここしかないだろう!椎名春が失踪したとなればな!どうして計画通りに事を進めないんだ!それに!一体何をしていた!?どうして椎名春と…こんな奴とセックスなんかっ!ここは拷問部屋だって…こいつを痛め付ける為の部屋だって言っていたのに…!」 「悪かった。悪かったよ光。許してくれ」 「酷いじゃないか勝手な事をして!電話にも出てくれないし…」 「ごめんよ光。あいつが予定より早く逝ったんだ。9年ぶりにこの地を踏んだら…自制が効かなくなってしまった。光との約束の日まで待てなかったんだ」 「だからってどうして……!まず服を着ろ!」 「あぁそうだね。でも、あっちの部屋で久し振りに光を抱きたいな。それなら、このままの方が手っ取り早い。な?いいだろう?俺が愛しているのは光だけなんだから…」 向田が男を――項垂れる志垣先生の肩を抱き寄せた。志垣先生は何の抵抗もなく向田の肩に頭を預けた。そして、二人寄り添って部屋を出て行く。カチャンと鍵が閉められた音がしたが、その事よりも今見た光景のことで頭がいっぱいだ。 向田と志垣先生が繋がっていた?繋がっていたどころか、あれは恋人同士……?一体何が起こっているんだ……。 分からない事ばかりで混乱する。でも、どっと押し寄せた疲労感で、頭がよく働かない。 なんで?どうして?そのワードばかりが頭に浮かぶ。 志垣先生の事は、正直好きではなかった。横暴で独善的で支配的なあの人が――あいつによく似たあの人が苦手だった。 それでも俺にとってあの人はただの嫌な上司でしかなかった。向田と共謀していたなんてそんな事想像もしていなかった。俺は志垣先生に恨まれる覚えはないのに…。 でも、あの人が俺を見る目は、虫けらを見る目だった。向田が俺に向けるじっとりねっとりとした視線とは根本的に違った。俺を蔑み、強く嫌悪し、憎悪すら感じ取れた。どうして……どうして………―――――。 * 「…ん…春、起きなさい」 肩を揺さぶられる。夢も見なかったから、起き抜けに目の前にある顔がこの世で一番恐ろしい相手であったとしても、大して驚きはしなかった。どれくらい眠ってしまっていたのかは分からないが、窓の外は明るくなっている。少なくとも夜が明けた様だが、それでも俺にとっては一瞬の事だった。 「おはよう春」 「ん…ッ……」 寝覚めに受けるには濃厚すぎる口づけ。押し退けたかったけれど、俺の両手はいつの間にかベッドから繋がる手枷に繋がれていた。 「さっきはごめんね。でもあれは浮気じゃないんだよ。俺と春の仲を邪魔されない為には、ああするしかなかった。前は嫉妬に狂った俺の女とお前の間男が邪魔したせいで、俺達こんなに長い間離れ離れになってしまった。俺は同じ轍は二度と踏まないよ。でも、邪魔者には早く消えてもらって、二人きりになりたいだろう?だからね、今日から少し出かけて来るよ。予定より早く船に乗せて貰える様に、交渉してくる」 「船って……」 聞いても返事は返って来なかった。向田はただニヤニヤ笑って手枷に手をかけた。 「暴れるなよ」 小さな鍵を鍵穴に入れる前にそう念を押されたが、ここで暴れてもどうせ逃げられない。だって俺は首輪に繋がれているのだから。 向田は大人しくされるがままの俺を起き上がらせると、この前着せられたのと同じ形の大きめのシャツを羽織らせた。腕を通すとすぐに、今度はベッドの手枷ではなく身体の前で手錠を嵌められた。もしかして……。微かな希望の光が見える。 俺も一緒に行けるのか?だったら、隙を見て逃げ出すか、誰かに助けを求める事も出来るかもしれない…! 「それじゃあ行ってくるけど、すぐ帰って来るから心配はいらないよ」 それなのに、向田は俺の首輪は外してくれない。俺を置いて、一人で部屋を出ようとしている。 そんな…! 「待って!俺も連れて行って!」 こんな所にこうして縛られて閉じ込められたままでは逃げ出す事は不可能に近い。だから―――。 「何だ春。お前はそんなに俺とデートがしたいのか?」 「…そう!そうです!デートが、したい!」 「そうかそうか。でも今日は遊びで行くんじゃないんだ。日本を出て、お前がいい子にしていたらいくらでもデートしてあげるよ」 「今がいい!」 「悪い子だ。我が儘はいけないよ。それに、春が俺の元に戻ってきてからまだ5日しか経ってないのに、もうお前の捜索願が出ているんだ。光の話によると翌日には出されたらしい。だからね、今出歩くのはまずいんだ。戻ったらまたたっぷり愛してあげるから、大人しく待っていなさい」 もう5日も……。 「嫌っ!連れてって!お願い!」 「俺がいない間の春の世話は光に頼んである。あいつからは変なことを言われるかもしれないけど、俺が愛しているのはお前だけだから、気にする事ないからね」 「待って!」 「すぐ日本を発てる様にしてくるよ」 「待って……」 俺の願いも虚しく、向田は部屋を出て行った。外側からこの部屋のドアの鍵が回された。でも、その鍵は多分殆ど無意味だ。だって俺はベッドを降りる事すら叶わない。首輪から伸びる紐は、あまりに短い。

ともだちにシェアしよう!