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blackout 7

「それは同情をひくための演技か?」 鍵が回る音にもドアが開く音にも気づかなかった。いつの間にか志垣先生が部屋にいて、俺を蔑んだ目で見下ろしていた。 「何も知らない男はころっと騙されるだろうが、私は騙されない。頑張って涙まで流した様だが、無駄だったな」 なんて事……。悔しくて悲しくて唇がわななく。 「あなたには人間の心がないんですか!?自分と、自分の愛する者さえよければ、他人を踏みにじってもいいんですか!?」 「いいや。無関係の他人を踏みにじる趣味はない。お前だからだよ。孝市の仇は私の仇。それが愛ってものだろう?」 「違う!そんなのおかしいよ…あなた達はおかしい!」 本当に愛しているなら、こんな事に巻き込まない。自分の愛する人の手を犯罪で汚すなんて、そんな事絶対に出来ない。あいつは、誰も愛していないのだ。あいつが愛しているのはあいつ自身だけなのだから。そして、志垣先生も、あいつに執着しているだけだ。あいつを本当に愛していたら、こんな馬鹿げた事に賛同する筈ない。 「おかしい?奴隷風情の淫魔が人間様に何を言う!」 志垣先生が鞭で床を叩いた。 「次はお前を打つ。叩かれたくなかったら黙ってベッドに戻れ」 命令され、ノロノロと立ち上がりベッドに向かう。その途中、志垣先生が目敏くそこに置きっぱなしだったクッキーを見つけたのがわかった。その眉間に苛立たしげな皺が寄る。 「なぜ食べない!」 志垣先生は俺をベッドに倒した。 うつ伏せに倒された俺の尻に、鋭い痛みが走ったと思ったら、ピシッと肉を打つ音が耳に届いた。1度では止まず、2度、3度とそれは続く。 「うっ…ッ…!」 「この悪魔が!淫魔が!こんな簡単な命令ひとつ聞けないなんて!」 痛い…痛い…。 薄いシャツ1枚しか羽織っていないので、もう殆ど剥き出しの肌を鞭打たれているのと変わりなかった。 5回叩かれた後、身体を仰向けに転がされた。そして乱暴に首輪を持ち上げられ、ベッド柵につけっぱなしになっていた短い首輪の紐を装着される。 「もっと打ってやりたいが、商品にあまり傷をつけるのもよくない……」 息がかかりそうな位顔を近づけて言う志垣先生は、鼻の穴を膨らませて呼吸も荒く、瞳孔が開いて明らかに興奮している。はぁはぁと荒い呼吸音が嫌でも耳につく。 「私は決してこいつに取り込まれた訳じゃない…。こいつの色香に惑わされた訳でもない…。主導権を握っているのは私だ…。これは玩具だ…。ただの道具だ…。私が使う……」 ぶつぶつ独り言の様に呟いていた志垣先生が、唐突に自分のベルトを外し始め、そして、おもむろにズボンを膝まで下ろした。覗いたグレーの下着の下は、大きく膨らんでいた。ゾッとする程に……。 「さすがは淫魔。お前といると男は自然とこうなってしまうらしい。確かにこれに抗うのは難しい。でも丁度いいな。人間の食べ物を食べないその口に、餌をくれてやろう」 志垣先生が俺の胸の上に跨がる。暴れたら、腰を何度も鞭で打たれた。それでも暴れると、両手をベッド柵に拘束された。 「やめ…っ!やめてお願い!」 どうして。どうしてこの人までこんな…。 「いいから口を開けなさい!」 「ぅむッ……ンっ…んんぅ…っ」 鼻を塞がれ無理矢理口の中に硬い物を挿入され、一気に喉の奥を突かれる。そして俺の顔の上で志垣先生が大きく腰を振り始めた。 「噛みつくなよ…」 噛むな、なんて言われなくても噛みつく事なんて出来ない。どんな相手だろうとそんな部分を傷つけるのは怖いし、何よりも噛んで血でも出たら、それも全部口の中に入ってしまうのだから。そんな恐ろしい事、絶対に出来ない。 「あぁ…これはいい。お前は間違いなく淫魔だよ。男を誑かし、精気を吸い尽くす悪しき存在…」 痛い。苦しい。吐きそう。息ができない……。もうやめて。もうやめて。苦しい………。 どれくらい口の中を使われていただろう。短く呻いた志垣先生の動きが止まった。それと同時に口の中に苦い液体が放たれた。 「…げほッ…ぅえ……っ」 ようやく口を解放された俺は勢いよく噎せ、口の中のそれを吐き出した。 「勿体ない。貴重なタンパク質なのに」 吐き出された白いものを見て、志垣先生が呟いた。 「あぁ違った。お前の大好きな人間の精気なのに、吐き捨てちゃだめじゃないか」 なぁ淫魔。 そう言って志垣先生がニヤニヤと笑って俺の顔を覗き込む。 この人は――――。 「違う…。俺はあなたと同じ……」 この人は俺の人格や人間性を否定して、自分とは違うと思い込んで、それを免罪符にしている。こんな事はするべきでないと本当は分かっている。分かっていて、やっている。 「同じ…?淫乱なお前なんかと?やめろ汚らわしい!同じ筈がないだろう!お前は悪魔だ!淫魔だ!玩具だ!ただの道具だ!」 志垣先生は唾を飛ばしながら捲し立てた。額の血管が浮き上がっている。眼鏡の奥の神経質そうな細い目が血走っている。 「……性奴隷として売り捌くまでは、お前も寂しいだろう。昂って仕方がないだろう。慰めて貰いたいだろう。だからそれまでは私と孝市でたっぷり遊んでやるよ。お前の大好きなことをしてね…」 志垣先生の目は全然笑っていないのに、口元だけは不気味なくらいつり上がっていた。 俺はこの瞬間、この人に救いを求めることを完全に諦めた。 この人は殆ど向田だ。言うことも、やることも。 俺に執着しているか憎んでいるか。元々狂っているのか狂ってしまったのか。その違いはあれど、どちらの感情も俺にとっては暴力的で、そして実際に受けるのは同じ様な暴行で、俺にとって二人は殆ど同じだった。人間じゃないのは、悪魔なのは、寧ろこの二人だと思った。ほんの少しでも期待していたのが、間違いだったのだ。

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