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blackout 8

それから、日に3度ある食事の時間は、あの人に暴行を受ける時間になった。一応毎回与えられる食糧を食べていようといまいと、難癖をつけては俺を鞭で叩き、そして―――。 「何だこれは!?」 あの人が2度目に部屋にやってきた時だった。俺に馬乗りになってシャツのボタンに手をかけたあの人は、胸元の火傷の跡を見て怒鳴り声を上げた。 「何でこんな物を…。まさか他にも……!」 あの人は俺の身体を物みたいにひっくり返したりして検分した。程なくして、内腿の火傷は発見される。 拳を震わせ怒りの形相になったあの人は、短い首輪の紐を掴んで俺をベッドから引きずり下ろした。 連れてこられたのはギロチン台の前だった。ギロチン台と言っても刃はついていない。下の板にも上の板にも腰の高さに半円が3つ空いていて、合わさると円になる。それぞれに首と両腕がちょうど嵌まる様になっていて、90度にお辞儀した形で人を拘束する。 「なかなか似合うじゃないか。淫魔の性奴隷にはちょうどいい」 そう言いながらあの人は、わざわざシャツを捲り上げてから俺の背中を鞭打った。鋭い痛みが走るが、逃れる事はできない。 あの人はただ叫び呻くだけしかできない俺を笑い、何度も鞭を使った。 そして―――俺はあの人に犯された。 背中や尻を鞭で打たれながら、屈辱的な格好で―――。 それが起こった直後からの事はあまり覚えていない。俺は途中から「俺」だったんだと思う。次に俺が気が付いた時には、俺はもうベッドの上にいて、長い紐に繋がれていた。 背中が酷くヒリヒリ痛んだ。仰向けに寝ていたからシャツが背中にくっついていて、手錠のついた手でなんとかそれを剥がした時、ベリッと鳴った。見るとシャツに乾いた血が沢山ついていた。鞭で叩かれすぎて背中の皮膚が破れてしまったのだ。こうなる過程を覚えていなくて良かった。俺はこの時心底そう思った。 それから、あの人から受ける暴行にレイプが毎回加わる様になった。あの人は箍が外れてしまったのだ。人間的な理性や罪悪感など、俺の前では皆無だった。あの人の前で、俺は人間ではなく物だった。向田の前でそうであるのと同じ様に。 暴行を働かれる度に俺は「俺」になる事を望んだ。けれど、そう上手くはいかなかった。「俺」になる事を俺が自由に操る事はできなかったのだ。 恐怖。痛み。屈辱。怒り。悲しみ。苦しみ。それらが俺の心を破り裂き、壊しそうになるその寸前まで「俺」になることは叶わなかった。 でも、一度「俺」になれば、俺は全てから解放された。以前の様に「俺」をずっと俯瞰する事もなくなり、俯瞰という名の微睡みを過ぎれば、安らかな眠りにつく様に闇の底に沈んでいけた。深く、深く。 自分が、以前とはまた違った方向におかしくなっていっている。それは分かっていた。 俺の心は壊れる寸前なんかではなく、もう既にいかれてしまっている。きっとその内俺と「俺」の区別すらつかなくなるんだ。いいや、俺は「俺」の存在すら忘れてしまうんだ。こんな目にあった自分を、自分と認めない為に。 でも………俺はもう手遅れだ。だって俺は、それを分かっていて、それでも尚「俺」になる事を望まずにはいられないのだから。 「私までこれの毒牙にかかってしまった事を知ったら、孝市は何と言うだろう。ヤキモチを妬いてくれるだろうか。でも、こんなに具合いのいい玩具なんだから、私は孝市も交えて楽しみたい。孝市、早く帰って来ないかな…」 「ッあ……」 機嫌のいい時のこの人は、鞭を使う代わりに饒舌になる。向田との馴れ初め話なんて、もう覚えてしまう程何度も聞かされた。 場所は上海のゲイタウン。そこに入り浸っていたこの人は、2年前に向田と運命的な出逢いを果たした……のだそうだ。その後も上海で相瀬を重ねて親密になった二人は、俺を売った金で何処かにある名前も知られていない様な小さな島に渡り、そこで挙式をして、二人でずっと幸せに暮らすんだとか。 「孝市は本当にセックスが上手い。合法ハーブって知ってるか?それを吸うと1日中セックスしてられるんだよ。孝市の作るハーブはもう最高さ…。身も心もトロトロになってしまう。それに孝市はね、セックスが終わってからもぎゅっと抱き締めてくれるんだ。そして、愛してると耳元で囁いてくれる。私はその瞬間が一番好きだ。自分の性癖に気付いてから、私は幸せになどなれないんだとずっと思っていた。でも、その瞬間実感するんだ。生きていてよかったと。私は幸せだと…」 「はぁ…っ……あッ!」 挿入が深くなり、ピストンが大きくなる。もうすぐ終わる。あとはあれを飲み込まされるだけ。今回は随分と上機嫌な様だから、きっとぶたれずに終わる。さっき…昼間は、何が勘に触ったのか、何度も鞭を使われた。「俺」になりたいと切に願う程痛くて辛かった。今でもまだ至るところがみみず腫れになっていてヒリヒリ痛む。 「あぁ…気持ちいい……。もうすぐ餌の時間だぞ。口を開けて待っていなさい」 餌。この人は精液の事を淫魔の餌と呼ぶ。 あんまり毎回悪魔だの淫魔だの言われ続けて、そうだっけ?俺が悪いんだっけ?とたまに錯覚しそうになる。 抵抗してもぶたれるだけなので、俺は軽く口を緩めた。無駄な抵抗はしないに限る。そう順応してしまう程度には、俺はこの人に酷く扱われてきた。 カチャン………。 鍵が回る音……? 目を閉じて絶頂寸前の快楽に浸っている様子のこの人は、気付いていない様だった。 続けてドアが開かれ、さっき聞いた音が錯覚でなかった事を確信した。そして、全く予想を裏切らない相手がそこにいた。唖然とした顔をして、立っている。

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