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blackout 10

「ああ、またこいつは浅ましくも同情を引こうとしている!」 俺の目から涙が溢れたのを、いつかの様にあの人が見咎めた。 同情なんて期待していない。だってそんな事ができる心のある人間は、ここにいないじゃないか。 「春、辛かったのか?夫以外にレイプされて、悲しいのか?」 「夫って……孝市っ!」 「春が好きなのは俺のおちんちんだけだもんな。俺が慰めてあげる。こいつの感触を忘れさせてあげる!」 向田は俺に覆い被さると、涙を舐めとって唇に深いキスをした。 「ほら、舌を出して。舌も消毒が必要だ」 「孝…市……」 始まってしまった。 傍観者でいられる時間は短かった。時間を与えられても悲しくなるだけだけど、それでもこんな風に犯される時間よりは100倍マシだ。 「あぁ春…。綺麗な身体にこんなに醜い傷をつけられて可哀想に……」 向田が俺の乳首を食みながら言う。 「孝市!!!」 あの人が怒鳴って、また向田が面倒くさそうに頭を挙げた。 「さっきから煩いな。愛する春との久しぶりのセックスなんだ。邪魔をするな」 「ちょ、ちょっと待てよ孝市!そいつは、孝市の仇だろう!?売り払って、私と一緒に南の島に住んで…」 「まだ分からないのか?」 「え……」 「お前が春の近くにいたから、俺はお前に近づいたんだ。春がバスケとかいう玉入れをやめてから、春の情報が全く入ってこなくなってしまったからな。春の様子を俺に伝える忠実な駒が欲しかっただけだ。でも、お前は想像以上によく働いてくれたよ。俺の小遣い稼ぎの為に薬の売人をして、おまけにこんな監禁場所まで用意してくれて…。でももうお前は用済み。お払い箱だ。明日には船に乗れるから、ここにいる必要はもうないからな。お前との恋人ごっこを続ける必要も、もうないということだ」 「……私に…話した事は、全部嘘だった……?」 「全部ではないさ。俺は春に裏切られた。あんなに愛してあげていたのに…。だが、春に本気で復讐を企てた事はない。春とよりを戻し、あの頃と同じ様にこうして愛し合う。その為だけに俺はこれまで心血を注いできたのだから…」 「私に…愛してると言ったのは……」 「そんなの嘘に決まってる。俺が愛してるのは、春だけだ」 「………南の島は…?二人きりで、小さな教会で挙げる挙式は…?」 「全部デタラメだ。考えてもみろ。春とお前と、どっちに価値があると思う?こんなに美しい春を売り払って、美しくも何ともないお前としょぼくれた島でつまらない暮らしをするなんて、そんなのまっぴら御免だ。売るのなら、お前の方だ。まあ醜いお前なら、価値があるのは臓器くらいのものか。それにしたって二束三文にしかならないだろうがな」 「酷い……孝市………っ」 「酷い?笑わせるな。お前が春に手出しさえしなければ、お前と『アクシデント』で離れ離れになる最後の時まで俺は恋人ごっこを続けてやるつもりだった。だが、貴様は俺の一番大事な物を汚らわしいモノで汚した。そんなクズに情けなど無用だろう」 あの人は言葉もなくその場にへなへなとへたりこんだ。 向田は、そんな恋人には見向きもせず再び俺の胸に吸い付いた。 なんておかしな光景だろう。 この中で一番狂っているのは誰なのだろう。可哀想なあの人を見てもなんの感情も沸かない俺なのか、それとも加害者なのか被害者なのか。この中で被害者とは一体誰なんだ。可哀想なあの人?可哀想な俺?それとも、愛を知らない向田? 「ン……っ」 胸元にあった筈の向田の唇が、また俺の唇を塞いだ。舌を吸い出され、絡め合わされる。この光景を、可哀想なあの人はどんな気持ちで見ているのだろう。それを想像したら、動かなかった感情が少しだけ動いた。あぁ本当になんて酷いことを……。 「また忘れる所だった…」 顔を上げた向田が独り言の様に呟いた。 「光」 「え…?」 向田に名前を呼ばれたあの人の声色は、ほんの少しの期待を含んでいた。 「光の隣にある鞄の中に、ビデオカメラが入っているんだ。取ってくれないか?」 「あ……こ、これ…?」 「ありがとう光」 打って変わって優しげな向田の声色に、さっきよりも分かりやすくあの人の眼差しは輝いた。だが、その期待はいとも簡単に裏切られる。 「これでもうお前が俺の役に立つ事は本当に何ひとつない。そういう訳だから、いつまでもそんな所に座ってないで早く出ていったらどうだ?お前のせいで春の感度が悪い。どうも気が散っている様でな…」 向田はあの人を一瞥する事もなくそう言うと、レンズをこちらに向けたカメラをサイドテーブルに置いた。そうして、また粘っこいキスを再開した。 耳を舐められ、首筋を舐められ、胸を舐められ、内腿を舐められ…。そして当然の様に挿入された。 俺は、なかなか「俺」にならなかった。俺はこんな事されて気持ちよくなっちゃいけないのに。紫音に相応しい価値ある俺でいないといけないのだから、俺がこんな風に乱れる訳にはいかないのに……。 「あぁっ!」 「くっ…!」 あぁ、また……。 向田はイク直前にいつも激しく腰を打ち付けるから。そのせいで。嫌なのに。気持ち良くなんかないのに。 「また一緒にイけたね。俺と春の身体の相性は本当にいい。あんな経験もテクニックもない様なガキが相手では、こんなに気持ち良くなかっただろう?もちろんさっきの醜い中年も同じだ。春には、俺が一番合ってるんだよ。だって俺が春をオンナにしてやって、こんな淫乱な身体にまで育てあげたんだから…」 出した後も余韻を貪る様にゆるゆると腰を振っていた向田がようやく俺の中から出ていってベッドから離れた。そうして、ようやく周りを見る余裕が出来て初めて気付いた。そこにへたりこんでいた筈のあの人がいない。いつの間に出ていったのだろうか…。 向田は鞄を漁っている。これで終わり…?いや、でもまたあの煙草を吸うだけかもしれない。期待しない方がいい。期待すれば、その分それが裏切られた時のダメージが大きいから。

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