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blackout 11

「春、左手を」 期待しなくてよかった。だって向田はすぐに俺の元に戻ってきた。何を言われているのか分からずにいると、向田に左手を取られた。手錠で繋がれた右手も一緒についていく。薬指をつまみ上げられて、何かを通された。 「…少しだけ大きかったか。でも簡単に外れる程じゃない。ここを出る時首輪をつけていては流石に目立つだろう?だからこれはその代わりだ」 何の抵抗もなく薬指に通されたそれは、大きな光る石のついたシルバーリングだった。 「今更だけどエンゲージリングだよ。籍も勝手に抜かれてしまったから、もう一度初めからやり直すのもいいかと思ってね。それに、エンゲージって拘束するって意味だろう?お前は俺の物だって事だ。首輪と同じ、所有の証だよ。国を出たら、結婚式をしようね。結婚指輪はそこで贈るから待っていて」 向田の手が俺の首輪に伸びた。南京錠が外されて、何日ぶりだろうか。首輪が取り去られた。 「ずっとつけていたから痕がついてしまった。でも掻き毟っちゃダメじゃないか。首輪の痕はセクシーだけど、爪で引っ掻いた痕は美しくない…」 向田が首筋をペロペロと舐めている。気持ち悪いし、引っ掻いた痕に染みて痛い。 ―――俺は何をやってるんだ。 何をボーッとしている。 今の俺には手錠以外何もついていない。 俺をベッドに張り付けにする首輪はもうないんだ。 逃げ出せるチャンスはこれで最後かもしれない。 船に乗せられてしまったらもうおしまいなんだ。 動け。動け。走れ。走るんだ。行け……! 「あっ……!待てッ!!!」 無防備に俺の首に舌を這わせていた向田を渾身の力で押し退けると、ベッドから飛び下りた。ボタンが全て外されたシャツ1枚で、ドア目掛けて走る。向田は、まだベッドの上だ。これだけリードしていれば逃げ切れる。あの人にはもうこの部屋の鍵を閉める理由はない。閉めている筈がない。 ドアに飛び付く。ドアノブを回す―――――! 「なんて悪い子だ!!」 追い付いた向田に髪を鷲掴みにされた。 どうして!なんで!どうして鍵がかかって―――! 凄い力で髪の毛を引っ張られドアから引き剥がされると、身体の向きを変えられた。正面に、鬼の形相の向田が。 「また俺から逃げようとするなんて、許さん…許さんぞ!!」 バシン! 頬に強い衝撃。平手打ちを受けたのだ。 「こっちに来いっ!」 また髪の毛を掴まれる。向田はベッドへと俺を戻そうとしている。 「嫌っ!嫌だ離せっ!俺は行かない!離せ!!」 「ちッ!!」 「ッあぁっ!!」 首の裏に、ナイフで刺された様な鋭い痛みと全身の痺れを感じて、次の瞬間脱力して膝を折った。膝立ちでも身体を支える事ができず、俺はまるで気絶する様に床に倒れ臥した。 「ロシア人と交渉するのに、護身用で持ち歩いていたものだ。まさかここで役に立つとは思わなかったがな。さぁ立て!」 向田が俺の腕を持ち上げる。片手に俺をこんな風にした凶器スタンガンをバチバチ鳴らしながら持っているのが目の端に写る。向田の手を払いのけたいのに、身体に全然力が入らない。 「はな…せ…!」 また舌打ちをした向田が俺の横に屈んで、俺を横抱きにして持ち上げた。嫌だ。どうしてこの身体は動かないんだ。早く動いて…! ドサッ! 抗うことすら出来ずにベッドに放られる。そして―――。 「うぁあぁっ!」 また首筋にスタンガンを使われた。今度はさっきよりも長い。痛い。皮膚が焼け焦げる臭いがする―――。 「ッはぁっ…はぁッ」 「長く当てれば5分くらいは動けなくできるらしい。だがお前は悪い子だから、3分おきに使ってやる。こうして動けなくされるのは、縛られるよりも辛いだろう?お仕置きには丁度いいな」 向田が、動かない俺の足を開く。そうして―――。 「うぅ…っ」 「ほおら、お前の身体はこんなに簡単に俺を受け入れる」 向田が俺を揺さぶる。手足はこんなに痺れているのにそこの感覚は残っていて、馴らされた身体は条件反射の様に向田の動きに快感を見出だす。 「んっ……ぁ…ッ」 「それなのに……この淫乱めが!なぜ逃げようとする!俺のこれが欲しくて仕方がない癖に!」 「は……ちが…ッ…う…」 「違わないだろう!はしたない声を上げておいて!言ってみろ!お前は誰の物だ?」 「っだれの…ッものでも……ああッ!」 一瞬、首筋にスタンガンを当てられ電流を流された。鋭い痛みと、静電気が起きた時の音を何倍も大きくしたような音と皮膚を焼く臭いは、際限なく恐怖を掻き立てる。けど……。 「もう一度聞くぞ。そこのカメラに向かって答えろ。お前は誰の物だ?」 「っ……だれのものでも…ッ……うぁあッ!!」 今度はさっきよりも少し長かった。 ―――けど、どうしても向田に平伏すのは嫌だった。どんなに怖くても、痛くても、せめて俺が俺である内は―――。 「本当にお前は強情だな!時間があればお前の裸をまたネット上にばら蒔く所だが、生憎出発の時間が迫っている。そのお仕置きはまた後でにしてやろう。だが心配するな。セックスを途中でやめたりはしない。お前が誰の所有物なのか、たっぷり思い知らせてやらないとな」 バチバチバチッ! 「あぁああぁッ!!」 「あぁ間違えた。まだ3分も経っていなかったな。でもまぁいい。これを使うと春の中が凄く締まるんだ。癖になりそうだよ。今度からこれもプレイのひとつとして楽しもうか。きっとだんだんお前も、これがないと物足りなくなる。そういう身体に、俺が変えてあげるからね…」 向田が嗜虐的に笑って、腰を使うのに熱中し始めた。 与えられる暴力による恐怖と痛み。成す術もなく犯される屈辱と悲しみ。 沢山の負の感情に苛まれ、俺の意識が自分の意思とは無関係に身体から離れていくのがわかった。俺は、「俺」になりつつあるのだ。 ―――だめだ。今俺が消えたら、逃げ出す事が出来なくなってしまう。船に乗せられる最後まで俺は諦めたくない。だって死にたくない。知らない国で一生向田の奴隷をやらされるなんて絶対に嫌だ。嫌だ……。 あぁそれなのに……暗い。もうこんなに……。 何も感じない。痛みも無理矢理与えられる快楽も、何も……。 一筋の光もない。苦しみがない代わりに、何も………。 俺の光………。 紫音……紫音……。会いたい……。帰りたい……。 俺の未来を……。希望を……。夢を……生きる喜びを……光を…………。 カチャン……。 ほんの微かな音。それに、暗闇の底に沈む寸前だった俺は引き戻された。 「ひゃ…ッ…あっ」 「あぁ春…もうすぐイキそうだよ……。また一緒にイこう。イイトコ沢山突いてあげるから…」 向田は激しく腰を打ち付けながら目を瞑って感じ入っている。 ―――これは、夢? だってさっきも同じことが起こった。 でも―――。 俺の上に乗っているのはあの人じゃない。 じゃあ、そのドアを開けて現れるのは――――。

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