157 / 236

missing 1

俺は、あの時ハル先輩に本当の事を言うべきだったのだ。話して何が変わったかは分からない。何も変わらなかったのかもしれない。でも、もしかしたらあの時ハル先輩の心の平穏を乱す覚悟さえついてれば、未来は変えられたかもしれなかったのに。 刹那的な幸せに浸るために、俺は大切なものを失った。 プロポーズが成功した2日後の事だった。 練習を終えてすぐ、GPS追跡アプリのチェックを行った。追うのは当然ハル先輩の居所だ。ハル先輩にプレゼントしたスマホに、予め追跡アプリを隠してインストールしておいたのだ。普段からこれのチェックが俺の日課になっていたが、昨日からはいつもの倍以上の頻繁さでチェックしていた。 起動して暫くして地図が表示されて、俺は目を疑った。1時間前の休憩時間にチェックした時には学校にいた筈のハル先輩が、普段なら立ち寄りそうにない場所にいた。帰り道の途中でもない。周囲にスーパーや飲食店などもない、工場地帯。嘘だろ―――。 震える手で地図を拡大すると、スクリーンショットを撮った。そして、いても立ってもいられず、ハル先輩に電話をかけた。 出てくれ……頼む……。だってまさかこんなにすぐに…。そうだ。生徒たちの為の、工場見学の下見とかかもしれない。そうだ。その筈だ……。そうであってくれ……。 でも、一向に呼び出し音は止まらず、ついには近くにいない旨のアナウンスへと切り替わった。 もう一度……。2回目は繋がりもしなかった。電源が落ちている。 ――――全身から血の気が引いた。 俺は練習着のまま大慌てでタクシーに飛び乗った。 だが………。 地図のあの場所にたどり着いた時にはもう遅かった。その廃工場には、誰一人としていなかった。ただ、ムッとする様な臭いだけを残して―――。 俺はその足で警察署へと向かった。途中、ハル先輩の警護を依頼する予定だった探偵社にも電話をかけて捜索を依頼した。 なぜ。なぜ俺はあの時電話を鳴らしてしまったんだ。もしも、鳴らさずに駆け付ければ、もしかしたらハル先輩を助けられたかもしれないのに。なぜ俺はもっと沢山の探偵事務所を当たらなかったんだ。警護目的というだけで断られる事が多かったけれど、それでももっと沢山の探偵社を当たっていれば、即日動ける所が見つかったかもしれないのに………。 そしてあの日かかってきた電話の内容を―――あいつの父親が亡くなったという事実をハル先輩に伝えてさえいれば、ハル先輩はもっと警戒していたかもしれないのに………。 後悔してもしきれない。悔やんでも悔やみきれない。俺はなんて事を……。俺が守るって約束したのに………。 「でもねぇ、今日一日……というかついさっきから連絡がとれないってだけでしょ?」 対応した太った警察官は、俺の話を鼻で笑った。 「でも、最後にいた所が廃工場で、しかも、ストーカーみたいな危ない男に狙われていたんです!!」 「……えっと、対象者は男性…でしたよね?」 「そうですよ!男です!椎名春です!まだそんなに遠くまで行ってないと思います!工場の周辺に検問でも敷いて、椎名春を探してください!!」 「ちょっとお兄さん、落ち着いて…」 「落ち着いていられません!御願いです!探してください!!信じられないなら、まず工場を見に行ってください!現場を見れば、何が起こったかすぐに…」 「あのねぇ、成人の失踪なんて日常茶飯事ですから。お兄さんの言ってる人の場合、失踪すらしてない可能性あるし。そういうのは大抵、明日になったらひょっこり戻って来るんです」 「違うんです!そういうんじゃ…」 「明日無断欠勤でもしたら、また…今度は誰かお身内の方と来てください。その時捜索願を受理しますから」 暖簾に腕押しだった。 警察は、事件が起きてからでないと動かないのだ。いや、事件は起きている。確実に。でも、それが明らかでないと、動いてくれないのだ……。 腹が立ったが、ここでわめき散らしている時間があったらハル先輩を捜したい。俺は早々に警察署を後にして、ハル先輩の実家に向かった。ハル先輩のお母さんに事情を話し、ハル先輩のアパートで待機して貰えるようお願いした。ハル先輩のお母さんは青い顔をしていたけど、支えてあげる余力はなかった。 俺はお母さんに車を借りると、すぐさま工場に戻った。もう一度工場の中を捜索して、それから、友人や知り合い全員に…秋良にすら頼んで皆で工場周辺一体をくまなく捜索した。ハル先輩の携帯は相変わらず電源が落ちていて、頼みの綱だったGPSも全く役立たずだった。 友人達がポツポツと帰っていく中、俺は一晩中車を走らせた。捜す当てなどない。でもとてもじっとしてはいられなかった。立ち止まってしまったら、強い自責の感情に押し潰されておかしくなりそうだと思った。ちゃんと守りきることができずハル先輩を浚われた事実に直面し、絶望して二度と立ち上がれなくなってしまいそうだと思った。そして何より、今、ハル先輩が辛い目に遭わされているかもしれない。あいつにとんでもない事をされているのかもしれない。そう考えたら頭の中がぐちゃぐちゃになって、目の前にある全部を破壊したくなって、本気でおかしくなりそうだった。だから、俺は立ち止まることなんてできなかった。 * 次の日、ハル先輩の両親と再び警察署へ出向いた。案の定ハル先輩は帰宅しなかったし、学校にも姿を見せなかった。 「そうですか…」 対応したのは昨日の太った警官ではなく、俺と同い年くらいの若い警官だった。昨日よりも断然親身に話を聞いてくれて、捜索願もすんなりと受理してくれた。 ハル先輩の両親を先に返して、俺は忘れ物が…と警察署へと引き返した。両親の前で向田の話などとてもできなかったからだ。ハル先輩は、絶対に戻ってくる。その時に両親に過去の事を知られたと知れば、ハル先輩は悲しむ。そう思った。 「あの、すみません…」 さっきの若い警官を呼び止め、話したいことがあると伝えると、警官は再びさっき話を聞いてくれた相談室に連れてきてくれた。 俺はそこで向田の事を話した。過去の事から、あいつが唯一恐れていたストッパーとなり得るあいつの父親が最近亡くなった事まで。若い警官は、昨日の太った警官と違って、男同士だと茶化したりする事なく真剣に話を聞いてくれた。 「何か証拠はありますか?」 「証拠…?」 「椎名さんがその男にストーカーされていたという証拠です」 証拠………。そう言われると何も思い付かない。あいつは所謂典型的なストーカーの様に脅迫電話やメールを送ってきていた訳でもないし、昔の事だって、何も……。俺が公にする事を避けたし、俺がビデオも全て処分してしまったから、何も残ってはいないのだ……。 「あの、別に僕は疑っている訳ではないんですよ…?」 「はい…。でもそういう物は、何も……」 「そうですか…。でもそうなると、事件性の認定が…」 「事件性ならあります!昨日ハル先輩がいなくなった工場に来てください!きっとそこで色んなDNAとか何かが…」 「さっき話してくれたA区の廃工場ですよね。あそこは元々地元ギャングの溜まり場で、例え何らかの痕跡があっても、それを今回の件と直接繋げる事は……」 「じゃあハル先輩の痕跡を探してください!ハル先輩がそんな治安の悪い所にいた事が証明されて、それから忽然と姿を消したとなれば、事件性はあるでしょう!?お願いです!お願いします!」 俺は机につく程頭を下げて頼みこんだ。何なら土下座しても構わない。ハル先輩を捜してくれるのなら、どんな事だって喜んでやる。 「青木さん、そんな姿はあなたに似合わない…」 「お願いします!」 ………暫しの沈黙の後、刑事さんが息をついて言った。 「黙っておこうと思ってたんですけど……僕はあなたの事も、椎名さんの事も元から知っていました」 「え……」 「と言ってもあなた方は僕を知らないでしょう。高校が近かっただけですので。あなたと椎名さんは有名人でしたからね。同じバスに乗り合わせたり、喫茶店で見かけた事もある。あなた達はいつも一緒でしたね」 「………」 「最近のあなたの活躍だって勿論知っています。一度試合を観に行った事もあるんですよ」 ……それが何だって言うんだ。俺や、ハル先輩に何か含む所があるとでも言いたいのか?あいつの…中谷の様に……。 「でも、バスケをしているあなたの隣に椎名さんがいないのが落ち着かないというか、しっくり来ないと言うか…。それぐらいあなた達はいつも一緒だったので……」 刑事さんは人の良さそうな目を細くして少し照れ臭そうに笑った。でも次の瞬間には真面目な顔に戻って、そして言った。 「成人の失踪は、殆ど捜索されないのが実情です。でも、僕はあなた方の力になりたい。事件性が認定されるか分かりませんが、僕の出来うる限り動いてみます。今日はこのくらいの返事しかできないのをどうか赦してください…」 刑事さんは――小野寺さんは、真摯に頭を下げてくれた。こんなに一生懸命で誠実な人をも疑おうとするなんて……俺はどうかしていた。 「お願いします…」 俺も頭を下げて心からそう言った。 自分一人では到底見つけられっこない。 俺はハル先輩のヒーローでいたいけど、テレビや漫画に出てくるヒーローの様に万能ではない。魔法も、超能力も使えやしない。守るなんて大それた事を豪語しておきながらそれすら失敗するちっぽけで弱く愚かな………。

ともだちにシェアしよう!