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次の日、ハル先輩のスマホが見つかった。俺のスマホに、ハル先輩の番号から着信があったのだ。飛び上がる程期待したものの、通話相手は聞いた事のない声の男だった。その男の経営するコンビニのゴミ箱からハル先輩のスマホは見つかって、着信履歴から俺にかけてきたらしかった。そのコンビニは工場近くの寂れた所にあった。 すぐに小野寺さんに連絡を入れると、コンビニの防犯カメラを調べると言ってくれた。 数日後、スマホを棄てた人物として割り出されたのは、あの工場を溜まり場としている地元のギャングだった。そのリーダー格を取り調べると、そいつはあっさりとハル先輩の事を吐いた。 「先生」と呼ばれていた脱法ドラッグのディーラーに、ハル先輩の拉致を頼まれたそうだ。そしてその依頼は拉致だけに留まらず―――。 俺はその売人が向田だと確信した。そんな事をさせる様な変態は、向田くらいしか思い付かないからだ。でも、ギャングは誰も「先生」の本名も身元も知らなかった。それどころか、会うのもその日が初めてで、いつも電話でコインロッカーを指定され、そこでドラッグと金のやり取りをしていたそうだ。ギャングと「先生」の繋がりは1年ほど前かららしい。1年前に向田が日本にいたとは考えにくいが……。 当然ながらハル先輩の失踪は事件性が認定され、小野寺さん個人だけでなく警察組織として捜査にあたる事になり、ようやく捜索は進展するかに見えた。が………、そこから先の手がかりはなかなか見つからなかった。 俺自身も毎日朝から晩まで寝る間も惜しんでそこら中を車で走った。でもただ闇雲に捜しても見つかる筈はなく……。 バスケの練習も試合もあれから行けていない。当然オーナーはカンカンで、電話でクビにすると怒鳴られた。だから、俺は多分チームをクビになるだろう。いや、もうなっているのかもしれない。でも、もうそんな事どうでもいいと思った。いや、どうでもいいとすら考えないくらい、俺の頭の中はハル先輩の事でいっぱいだった。 手がかりも何もなく闇雲に走り回りながら帰りを待つだけの日々は、確実に俺の神経をすり減らしていった。きっとハル先輩のご両親も同じ気持ちだろう。食事など身の回りの世話でハル先輩の両親の元に通ってくれている俺の母親が言っていた。ハル先輩のご両親は、会うたび憔悴の度合いが酷くなってきていると。そして俺も……。俺も、だんだん、突っ走る気力も体力も、なくなってきてしまった――――――。 紫音……紫音………。 ハル先輩が向こうで俺の名前を呼んでいる。 でも、走っても走ってもハル先輩に近づけない。それどころか少しずつ遠ざかっていく。どうして。こんなに全速力で走っているのに。ハル先輩、ハル先輩、ハル先輩……! ハル先輩っっっ!!!! 手を伸ばしても届かなかった。 ハル先輩は霧散した。 ―――――夢だった。 久しぶりに夢を見た。 久しぶりに夢を見る程長い眠りについた。 寝ても覚めても俺のいる所は地獄だった。 もしもこのままハル先輩が見つからなかったら。 もしも帰って来なかったら。 救えなかったら………。 俺は生きている意味があるのだろうか。 俺は―――――――。 その時だった。 電話が鳴った。反射的に1コールも聞かずに通話ボタンを押した。ハル先輩がいなくなってから、こうするのが癖なのだ。電話口の相手は――小野寺さんは、息を切らしていた。 「青木君、青木君。よかった。見つかったよ。春君が、見つかった……」 みつかった……? 小野寺さんの声が少し震えている。その言葉を少し遅れて理解した俺も、震えた。 嬉しくて。安堵で。喜びで。ともかく、心が震えて、暫く言葉が出なかった。足から、全身から力が抜けて立ち上がれなかった。 ハル先輩が失踪して10日目の朝だった。 * 「椎名さん、青木君すみません」 警察署に駆け付けた俺とご両親を前に小野寺さんが頭を下げた。 「春君、ついさっき入院になったんです。お三方が見えられてから…と思ったんですが、早い方がいいと上にせっつかれまして…」 「どうして病院へ!?」 「春、どこか大きな怪我でもしてるんですか…!?」 ハル先輩の両親が矢継ぎ早に聞いた。 「い、いえ命に関わる様な物ではなくて、長い事山道を彷徨っていた様ですし、念のためという形で……」 「そうですか…」 「パトカーで病院までお送りしますね。二度手間をかけさせてすみません」 タクシーでここまで来ていた俺達は、その言葉に甘える事にして勇み足で小野寺さんの運転する車に乗り込んだ。 3人とも考える事は同じだった。早くハル先輩に会いたい。会ってこの目で無事を確かめたい。 「春はどんな様子でしたか…?」 お母さんが小野寺さんに尋ねた。 見つかった時の状況は電話である程度聞かされていた。 薄い長袖のシャツ1枚だけを着たハル先輩は、靴も履かず、両手は手錠で拘束された状態で林の中から車道に飛び出してきた所を保護されたということ。そして、そんな格好で山道を彷徨っていた為に掠り傷だらけであった事。でも、ハル先輩がどんな精神状態だったのかはまだ聞かされていなかった。 「少し、錯乱している様でした」 「錯乱?」 今度は助手席に座っている俺が聞いた。身体の傷は、致命的でない限り時が経てば大抵よくなる。でも、俺が一番気になっていたのはハル先輩の精神的な問題だ。まだ過去の傷すら癒えていないハル先輩が、あんなにあいつの事を恐れていたハル先輩が、傷を上塗りされてしまったのだから……。 「ともかく遠くに行きたいんだとそればかり……。でも、事件や事故に遭われた方が一時的に我を失ってしまうケースは少なくないですから、きっと春君もすぐに回復するでしょう」 ハル先輩……。 「犯人は、捕まったんですか?」 お父さんが固い口調で訊ねた。 「それはまだです…。今、春君が見つかった付近の山道を捜索しています」 「そうですか……」 お父さんは憎しみの感情を圧し殺す様にとりわけ静かに、まるでため息を吐くように言った。 この事件の容疑者は言わずもがな向田だ。俺の訴えも去ることながら、向田の写真を見たギャングのリーダーから、「こいつが、先生だ」との証言を得たからだ。だが、容疑者である向田自身が元々行方不明者であった為、その足取りは杳として知れなかった……。 「あなた、春が無事なの。あんな人の事なんて今はいいじゃない」 「そうだな、今は……」 今は。今だけは。 俺も今はあいつを追うことよりもまずハル先輩の無事を確かめたい。でも、今度ばかりはちゃんと逮捕されて貰わなければ困る。そもそも、あの時ちゃんと警察に付き出していれば、今回の事は起こらなかったかもしれないのだ。 そもそも……そもそも……。 過去を遡れば後悔ばかりが募る。過去とは到底言えないほんの10日前の自分の行動も、あの電話の内容を伝えなかった事も……。 俺には思慮深さが足りないのだ。考えなしに突っ走るなとよく注意されていたのに、すぐに周りが見えなくなってしまう……。俺の行動がハル先輩を救った事って一度でもあるのだろうか。俺はいつもいつもいつも口ばっかり大きくて、でも結局はハル先輩を守れなくて、ちゃんとしたヒーローにもナイトにもなりきれなくて…………。 俺は、すぐ突っ走る自分が実を言うと嫌いではなかった。ハル先輩が、まっすぐな紫音が好きだとよく言ってくれていたから。でも……さすがにここまで致命的なミスを犯してしまえばそうも言っていられない。俺は割かし自分の事は好きだったけれど、この10日の間にすっかり打ちのめされてしまっていた。

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