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determination 1

ホテルの浴室からシャワー音が聞こえだして約3分が経った。 愛するハル先輩がシャワーを浴びているというその事実にムラムラしている単純な自分自身と、期待してもなぁ……と冷静に諦めている自分自身が同時に存在している。 ハル先輩が退院してから1週間。俺はあれこれ悩んだ。それこそシリアスに、どんよりと落ち込んだり悲観したりも沢山した。気づくとため息ばかりついていたし、責任を取らなければならないと言うのにバスケにも集中出来ず、チームメイトには再びさんざん迷惑をかけ、このままじゃダメだと思いつつもやっぱり考えることといったらハル先輩の事ばかりで……。 心配で心配で仕方ないのと、もしかしたら…という期待を込めて毎日練習終わりにハル先輩の実家に通ったけれど、ハル先輩に会う度に「やっぱり忘れちゃってるんだ」と思い知らされて玉砕して家に帰り、また悶々と悩む。この1週間はその繰り返しの日々だった。 昨日もまた練習終わりにハル先輩の実家に行って、いつも通りに玉砕する予定だった。けど、帰りがけにオーナーに呼ばれて告げられた言葉で、俺のその無益な日々は終わりを迎えたのだ。 『椎名君、チームに入る事になったから。明日のアウェー戦、出さないけど連れていく事にした』 寝耳に水とはこのことか。あまりの驚きに声も出なかった。 そう。そうなのだ。ハル先輩がチームメイトになった。俺とハル先輩の夢が、あっさりと叶ってしまった。本当にあっけなく。 『明日のホテルの部屋、椎名君と紫音同室ね』 オーナーは、とどめにそんな、とっても嬉しいんだけど悶々とさせられる様な事実をも俺に告げた。 その日の夜、ハル先輩は実家の自室で熱心に筋トレをしていた。そして少し気恥ずかしそうにオーナーと同じ事を俺に告げた。そのイキイキとしたハル先輩の姿は、夢の中をふわふわと歩く様にそこまでたどり着いた俺に、現実感を取り戻させた。 ハル先輩は、明日からすぐにチームと合流するという唐突さに多少の戸惑いはある様だったが、それでも決して後ろ向きではなく、寧ろ楽しみだという気持ちの方が上回っていそうだった。 そんなバスケ大好き感が全身から滲み出てる姿こそが、本来のハル先輩なんだよな。そう思うと、俺はなんとも複雑な気持ちになったのだ……。 断続的に聞こえていたシャワー音が止んだのをきっかけに、昨日の事を回想していた脳が、今度はフル回転で現実の感覚器官にシフトした。厳密に言えば主に聴覚。意識的に研ぎ澄ました耳をすますと、浴室のドアが開いた音が聞き取れた。 このドアを隔てた向こうに、水も滴るセクシーなハル先輩がいる――――。 シリアスな悩みが、生々しい妄想に追いやられる。 心臓がバクバクして、頭に血が昇って、ソワソワしてじっとしてられなくて。 落ち着きなく椅子から立ち上がったり座ったりを繰り返している内に、研ぎ澄まされていた筈の聴覚は仕事をしなくなり、気づけば洗面所のドアが開いていた。そこには、風呂上がりの麗人が―――。 「紫音。起きてたんだ」 「あ、は、はいっ」 挙動不審だ。明らかに。でもちょうど立ち上がった所で声をかけられたので、俺はギクシャクと窓際まで歩いて外を眺めた。窓の外なんか全然見ちゃいないけど、少しでも気を逸らしておかないと、風呂上がり感丸出しのハル先輩から目を離せそうになかったし、あんまり傍にいると触れたくて堪らなくなりそうだったから。 背後で冷蔵庫を開ける音と、閉める音。そして少し経ってからまた開閉音がした。多分、何か飲み物を飲んだのだろう。たったそれだけの挙動から、ハル先輩の半開きの口許や飲み物を嚥下する喉元を想像してドキドキしてしまう俺はまるで変態だ。 「まだ寝なくていいのか?」 変な想像をかき消す為に不自然に外を眺め続ける俺に、ハル先輩が声をかけてくれた。まだ23時なのだが、明日試合だから気遣ってくれているのだろう。シャワーも先に使わせてくれたし。相変わらず優しくて天使なハル先輩…。 「ま、まだ眠くないので、もう少し」 「俺、なるべく邪魔にならない様にしてるから、いつも通りに過ごしてな」 「ハル先輩が邪魔だなんてとんでもないです!俺、いつもこんな感じなんで!」 最後のは明確に嘘だが、前者は本心だ。邪魔どころかこんなに一緒にいれて嬉しい。悩み戸惑う事は多くても、でも俺はやっぱりハル先輩と一緒にいたい。例えこんな形であったとしても、ハル先輩と同じチームでバスケをプレイできるのも正直嬉しい。 「そう言えばさ、紫音」 「はいっ」 「俺の事もう先輩って呼ばなくていいよ」 「え……」 思わず見てはいけないと言い聞かせた筈のハル先輩を振り返る。 「だって俺はチームの一番下っ端になる訳だし。エースが新人に先輩って言うの、変だろ?」 「そんな……」 そんな事、言わないで。 「普通にさ、春って呼んでくれて…」 「嫌です」 「え…?」 「俺にとってハル先輩はハル先輩です。春って呼びたい気持ちがない訳じゃないけど、でもそれは今じゃない」 俺は珍しくハル先輩に真っ向から反抗した。だってこれだけは譲れない。記憶を無くして、呼び方まで変えてしまったら、ハル先輩は俺の知ってるハル先輩じゃなくなる気がするから。俺の知っている、いや、俺を知っているハル先輩を取り戻せなくなりそうだから。 「わ、分かった…」 ハル先輩は俺の気迫に負けたのか頷いてくれた。よかった…。 「でも紫音、そんなにこの呼び方に思い入れがあるのか?」 「当然です。だって、俺しかそう呼ばないんですよ?凄い特別な感じがあるじゃないですか」 「そっか」 ハル先輩はふふっとなんとも愛らしい顔で笑った。特別って言われて、ハル先輩自身も喜んでいるかの様な、若しくはそう錯覚させるには十分な程可愛らしく。 あぁ。もう、なんて可愛いんだろう…。やっぱハル先輩は記憶がなくても俺の大好きなハル先輩なんだよなぁ……。

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