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a spell 2

「今日は俺、ちゃんと対応出来なくてごめん」 握手会を終えて控え室に戻る途中。紫音と二人きりだったので改めて握手会での事を謝った。 こうして紫音と二人だけになったのは偶然なんかではない。紫音と示し合わせて他の選手が控え室に戻るのを待って、二人で刑事さんに事件の進展状況を聞いていた為だ。残念ながら特に進展はないとの事で、俺も紫音も肩を落としたのだが。 そんな感じで紫音はもう全然怒ってないみたいだったけど、迷惑をかけたのだからきちんと謝るのはけじめだ。 「えっと、もしかしてあの男の事?それだったらハル先輩が謝る事なんて全然ないですよ!」 「でも、流れを滞らせちゃったし…」 「そんな事よりハル先輩、ああいう奴には注意してくださいね。俺聞こえなかったけど、何か変な事言われたんじゃないですか?」 「うーん……俺もよく分からなかった」 何となくいい意味ではない事だけは感じたけど。 「下ネタか……」 「え?」 「いえ、こっちの話です。来週から個別握手会にするって話もあるから、心配だな……」 「個別?」 「ロビーだと握手なんかしないでさっさと帰りたいお客さんの邪魔になるからって。なんか会場の駐車場の一角を借りて、仮設テントかなんかも作ったりして結構本格的にやるって話ですよ」 「そ、そうなんだ……」 握手会の意義を知って、これからはこれまで以上に頑張ろうと思っていた矢先だけど、緊張する……。ようやく今のやり方に少し慣れてきた所だったんだけどな……。 「対策考えないとだな」 「対策?」 「そう、対策」 紫音はそう言って頷いた後は黙ってしまった。何か考え事をしている様だ。新しく変わる握手会の作戦?を練っているのかもしれない。実は紫音、ファンサービスに凄く力入れてたりするのかな。さすがチームのエースでチームいちの人気を誇るだけある。俺も見習わないとな……。 * 「春、お疲れ!」 控え室に入った途端、宏樹さんが飛んできた。肩を組まれ、頭をポンポンされる。 「今日も春ピンチヒッターで大活躍だったじゃないか!」 「あ、ありがとうございます」 いつも声をかけて貰えるのは有難いが、子供にするみたいに頭を撫でられるのはなんだかな……。まぁ、俺はチームの中ではチビで身体も小さい上に新入りだからそういう扱いでも仕様がないのかもしれないけれど。 「なぁ、この後メシ行かない?上手い鍋料理の店を見つけたんだ」 「あ、えっとこの後は…」 「ハル先輩は俺とトレーニングするんで」 俺が言おうとした事を、横から紫音が代弁した。 「トレーニング?試合の後に?」 宏樹さんが怪訝そうに聞いた。 「ジム行くんす」 「おいおい、トレーニングも大事だけと身体休めるのも必要だぞ。何事もメリハリがだな…」 「あの、俺が紫音に付き合って貰うんです」 スポーツ医学にも精通しているという宏樹さんが紫音に説教を始めたので慌てて口を挟む。 「俺、紫音や宏樹さんと違って試合もフルに出てないから疲れてないし、何よりも1日でも早くチームのみんなに追い付きたくて」 俺だっていつかは試合にフル出場したい。スタメンに起用されたい。ブランクのある俺がそれを叶える為には人一倍のトレーニングを積まなければならないのだ。 俺は未だ両親からも紫音からも一人での外出禁止が言い渡されているので、基本的にはダンベルなんかを買い込んで紫音に間借りしている部屋で1人細々と筋トレをしているが、時折、紫音が時間のある時にチームが借りているジムに連れて行ってくれるのだ。 紫音は本来の仕事であるバスケの練習や試合以外でもテレビや雑誌の取材なんかもあって多忙を極めている。だから、たまの休みはゆっくりして貰いたいけど、でもジムには行きたくて、早く一人前になりたくて、でも一人じゃ行けないから、悪いとは思いつつも紫音の好意に甘えてしまっている。「俺もいい気分転換になります」なんて優しい紫音の言葉を鵜呑みにさせてもらって。 「そうか。春は意外とストイックだもんな。俺も今度付き合ってあげようか?ほら、紫音は何かと忙しいだろう?俺、トレーナーとしても優秀だと思うよ」 わあ。それは嬉しい! 「ありがとうございます!」 宏樹さんの申し出は物凄く有り難くて、俺は思わず目を輝かせた。本当は毎日通いたいのだ。宏樹さんの言葉が社交辞令でないといいなぁ。

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