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a spell 4
留守番中は、窓もドアもしっかりと施錠して、玄関のチャイムにも応答しない様言われている。
でも、相手がチームメイトとか俺が知っている人物の場合は別だと思う。紫音にわざわざ確認した訳じゃないけれど、豊田さん達のチャイムに応答した事だって咎められたりしなかったのだから。そうでなくても、緊急の用事かもしれないし、無視なんてとてもできない。
インターフォンのモニター越しに相手を確認して、直接玄関に向かった。先輩だと知ってインターフォンでの対応をするのは失礼だろう。
「春が出てくるなんて珍しいな」
「お疲れ様です、宏樹さん」
宏樹さんはその言葉通り意外そうな顔をしている。紫音に用事なのだろう。
「すみません、紫音は今出掛けてるんです」
「あ、そうなの?春置いて出掛けたりするんだ、あいつ。デートか?」
「CMの打ち合わせと……」
「へぇー」
俺、こんな紫音の事ペラペラ喋ってもいいのか?まあでも知られて困る事でもないよな?
でもこうして考えてみれば紫音が俺を置いて外出するのは仕事ばかりだ。宏樹さんの言うようにデートや友達と遊びにだって行かない。紫音の彼女、寂しかったりしないのかな……。紫音も……。
「でもよかったよ」
気づくと宏樹さんがニコニコ笑っている。肝心の紫音がいないのに、何がいいのだろう。
「紫音に睨まれずに春と話ができるな」
………ん??
「何だよその顔」
ポカンとしていたら、宏樹さんに軽く小突かれた。
「こないだ話してた事なんだけど、明日の練習後にどうだ?」
こないだ話してた事ってきっとトレーニングの事だ。あれ?宏樹さん、もしかしてそれを言いに来たのか?つまり紫音じゃなく俺に用事だったってこと?でも………。
「ごめんなさい、行けなくなりました。宏樹さんのせっかくのご厚意なのに申し訳ありません」
「……なんかその言い方、明日がダメって訳じゃなさそうだな」
「………すみません」
紫音と約束したからには宏樹さんと行く訳にはいかないけど、これ想像以上に失礼だ。宏樹さんは俺の事情とか知らない訳だし。
「紫音に言われたの?」
「え……」
「あいつと行くなって。ついでにあいつに気を付けろとか?」
「そ、そんな事言いませんよ」
「ふーん。でも、春はともかく、紫音はなんか俺の事警戒してるよな。俺がちょっと変な事言っちゃったせいなんだけど、普通そこまで真に受けるか?ほんの冗談のつもりだったんだけどな……」
冗談って、宏樹さんは紫音に何言ったんだろう?
考えていると、宏樹さんが俺の肩にポンと手を置いた。まじまじと顔を見られる。
「春は可愛い」
か、かわいい……?
「けど、男なんだから。例えば女性がみんなこの世からいなくなりでもしたら別だけど、こんなに沢山女性がいるのに、わさわざ男に手出しする訳ないじゃないか。なぁ、春もそう思うだろう?」
「は、はあ……」
「紫音って春の事になると怖いんだよ。あれ見てたら理解できるぜ。お前らの関係疑われても仕方ないって」
え……?
「俺達の、関係……?」
「お前達が付き合ってるって話だよ」
「つ、つつつ、付き合ってるって…!」
何を言ってるんだ宏樹さん!
「あれ?知らない?こないだもほら、温泉の変な記事出ただろ?あーいう怪しまれる様な事しちゃうから信憑性出ちゃうんだぜ?俺だってつい最近までお前らアヤシイ仲なんじゃないかって疑ってたし」
あ、あやしい仲……!?
本当に何を言ってるんだこの人は。紫音も俺も男なのに!しかも、宏樹さん自身もそう思ってたって一体どういう……。
「そんな動揺するなよ。言われ慣れてるんじゃないのか?でも、外野はともかく俺とか、あと他のチームメイトも多分もうそんな事思ってないから安心しろよ。紫音には若くて可愛い彼女がいる訳だし、紫音はともかく、春の態度は実際見てたら全然そんな感じしないからさ」
そんな事言われても……。そもそも何でそんな変な噂が出たんだろう。温泉の記事とか言われても何の事か分からない。けど、俺が記憶喪失だって知っているのは今のところ限られた人だけだから、何の事?なんて聞き返す訳にもいかないし……。
「まあちょっと脱線したけど、ともかく俺は危ない奴とかじゃないからな」
「はあ……」
「……って、こんな事春に言っても意味ないか。今度紫音とちゃんと話しないとな。そんで誤解がとけたら、改めてトレーニング付き合うぜ。春は可愛いから……あ、断じて変な意味じゃないぞ、可愛い後輩って意味でな。だから助けになってやりたいんだよ」
「宏樹さん……」
宏樹さんはきっと何か誤解してる。紫音は事件の事を気にして俺にちょろちょろされるのを嫌がってるだけなんだけどな。でも……。
「すみません。ありがとうございます」
真実を話していいものか。そういう判断すら俺は紫音なしでは出来ない。……いや、別に禁止されている訳ではないから、自らしない様にしている。
宏樹さんはいい人だと思うけど、でも俺の記憶喪失の事やらを紫音が打ち明けた相手として名前が上がってこなかった。紫音は、チームの信頼できる人何人かに話したと言っていたのだ。宏樹さんに話して何か弊害があるなんてとても思えないけれど、でもチームメイトの事もまだよく知らない俺が勝手な事をしてチームの空気を乱したりはしたくないのだ。宏樹さんは紫音と話すって言っていたし、俺が下手に口出しするよりも紫音に任せた方がきっといい。誤魔化すなり真実を告げるなり、紫音が上手くやってくれるだろうから。
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