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a spell 5
握手会は紫音の言っていた通りに形式を変えた。
個別のブースを全選手分用意することは難しいので、各試合5選手ずつの当番制になったのだが、オーナーからの命令で俺と紫音は毎回出なければならない事になっている。
俺は新人だから仕方ないけれど、ただでさえ忙しい紫音にとっては大きな負担になっているのではないかと心配だ。以前までのやり方よりも一人一人に丁寧に接する必要があって時間だって前の倍以上かかるし、精神的負担もかなり増した。
俺にとっては、この人が相手だと特に………。
「今日もすごくよかったよ」
「ありがとうございます」
手を強く握られて、しかもじっと見つめられて。警戒心と緊張に身体も声も硬くなる。
「春くんは本当に色白だね」
「は、はあ……」
「凄く綺麗だよ」
「………………」
「ねえ、今日こそお願い聞いて欲しいんだけど」
「お願いって…」
「脱いで」
………始まった。
「ですから、」
「お願い!ちょっとだけ!」
「そういう事はしません」
「じゃあまずはコートだけでも…」
「出来ません」
「お願いだよ!」
―――この人はいつもこんな風に脱げと言ってくる。言われる度に断っているのに、それでも毎回毎回……。
何を勘違いしているのか知らないが、そもそも俺は筋肉自慢の選手ではない。盛り上がった大胸筋に、くっきりと割れたシックスパック。男ならそういう身体に憧れるし、そういう身体なら見せる意味も見る意味もある気がするけど、残念ながら俺はそういう身体ではない。この人は、スポーツ選手ならみんなそういう身体をしていると思い込んでいるのかもしれない。
俺の身体は特に見る価値ありません。
虚しいけどもうそう言ってしまおうかと思った時だった。
「あーあ。春君のおちんちん見たいのにな」
…………………は?
「春くんのおちんちんしゃぶりたいよ」
男はさっきよりもはっきりと、普通の日常会話では絶対に出てこないであろう言葉を口にした。ニヤニヤと口元に嫌な笑みを浮かべながら。
綺麗だね。可愛いね。いい匂いがするね。髪の毛の匂いを嗅がせて。頭を撫でさせて。僕の目を見つめて。
服を脱げと言われる以外に、こういう様な事をこの人に毎回言われてきた。言われても意味の分からない言葉も中にはあったが、意味の通じる大方の言葉が男相手に言うことか?という類のものだった。そんな事を言われても返答に困るし、なんとなくバカにされている様な気持ちになっていたのだが、はっきり暴言を吐かれている訳ではないのでどう対処したらいいのか分からず、これまで誰にも…紫音にも相談できなかった。
心配性の紫音は、握手会が終わる度に「嫌なことはありませんでしたか?」と聞いてくれていたが、紫音に余計な心配をかけたくなくて「何もないよ」としか答えられなかった。
でも……流石にこれは紫音や、上の人にも相談するべきだろうか。
「色白な春君のおちんちんは僕の想像上はピンク色なんだけど、当たり?」
男が更に畳み掛けてきた。一体どういうつもりでこんな事を……。
「ねえ、どんな色なの?見たいよ春君の色白おちんち…」
「そういう冗談は困ります」
流石に痺れを切らして握られていた手を強引に離すと、男が更に笑みを深くした。
「ごめんごめん、怒らせちゃった?許してよ、ただの冗談なんだから」
男が再び手を差し出してきた。明らかに握手をせがんでいる。
「……………」
でも、どうしてもその手を握れない。心と身体が拒否反応を示している。
「手出してよ」
………やばい。いつもの頭痛までしてきた……。
「ねえ、ファンと握手する事が今の春君のお仕事でしょ?」
確かにそうだけど……。でももうこの人の手を握りたくないし、話したくもない。正直帰って欲しい。頭がガンガンする……。
「……すみませんが今日はもうお引き取り下さい」
「え?」
「お引き取り下さい」
聞こえた筈なのにわざと聞き返してきた男に、さっきより強い口調で言った。頭痛が酷くて、気持ち悪くて、精神的にも身体的にもいっぱいいっぱい。目の前の相手を気遣う余裕なんてなかった。
男は暫くへらへら笑って「怒らないでよ」と言っていたが、それでも俺が手も握らず、拒絶の姿勢を貫いたのを見てみるみる内に顔つきが変わった。
「調子に乗りやがって!」
男は顔を真っ赤にさせて怒鳴り声をあげると俺に掴みかかった。胸ぐらを捕まれ、顔を引き寄せられる。
殴られる―――!
そう思った途端、更に強烈な頭痛に襲われた。頭が割れそうな程のそれに意識も朦朧としてきた俺は、殆ど何の防御も抵抗もできる状態ではない。
――――だが、男は手を出して来なかった。代わりに、唾がかかりそうな程の距離で大声で喚き立てた。
「こっちは金払って来てやってるお客様だぞ!見てくれだけが売りの癖にお高くとまりやがって!お前みたいな奴は黙って言うこと聞いて、お客様に尻尾振ってりゃいいんだよ!分かったら服を、」
「ハル先輩!!!」
この声は、紫音だ………。
声のした方にかろうじて焦点を合わせると、紫音と、握手会の運営スタッフがいた。
「てめえ!!!」
紫音が目にも止まらぬ素早さで男を引き離した。
「誰か!誰か警備員呼んで!」
スタッフが大声で応援を呼んでいる。
大事になってしまっている。騒然としている。チームメイトも、スタッフも、ファンの方達も、きっと何事かと思っているに違いない。あんまり大きな騒ぎにしたくないのに。「俺は大丈夫です。大したことありません」そう言いたいのに…………………。
「ハル先輩!?ハル先輩っ!!ハル先輩っ!!!」
……………………………………。
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