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doubt 1

またあの夢を見た。 頭がぼーっとする。 顔が熱い。 呼吸も少し荒い。 心臓がドキドキしてる。 下着が濡れていて気持ち悪いから、早く着替えたいしシャワーも浴びたい。 でも、頭がぼーっとして。いや、ぽーっとして、身体を動かせない。夢見心地とはこういう事を言うのだろうか。今はあの幸せに浸っていたい。紫音を侮辱した罪悪感は後でたっぷり味わうから、あと少しだけ――――。 * 汚れた下着を、紫音に気付かれない様に洗面所のドアを閉めて静かに洗う。 夢見心地から醒めて、頭がはっきりしてきて、こうして下着を洗うというリアルに直面すると、さっきまでの浮き上がってしまいそうなホクホクとした幸せな気持ちはあっという間になくなる。 もうあんな夢嫌だ。 俺って最低だ。 最悪の変態だ。 あんな夢なんか見て。 挙げ句に―――――――。 俺は、記憶のある10年前はまだ精通していなかった。 だから、最初にあの夢を見て、朝起きた時に下着が濡れていたのには物凄く驚いた。 一瞬、この年でお漏らしをしてしまったのかと背筋を寒くしたが、その性状はヌルヌルしていて、液体とはちょっと違っていた。 紫音に貰ったスマホで調べてみた所、これは所謂夢精と呼ばれているものだと分かった。 俺の身体は、知らない内に精通していた。今の年齢を考えれば当然だ。記憶を無くしてから、普通の成人男性はするであろう自己処理もしていなかったから、溜まりに溜まった物が勝手に溢れ出てきてしまったのだろう。 そもそもあんな夢を見るのは、その、色々な物が溜まっているせいかもしれない。だから、もうあんな夢を見ない様に自分で処理した方がいいのだろうか……。やった事ないから少し怖いけど……。 「ハル先輩?」 大げさでなく背筋がビクッとした。 「ハル先輩大丈夫…?」 「わ!だ、大丈夫!大丈夫!」 紫音が心配そうな顔をしながら洗面台の中を覗き込もうとしたから、俺は慌てて洗面台に背を向けて紫音の視線を遮る様に紫音と向かい合わせになった。 「大丈夫だから、あっちで朝ごはんとか、先に!」 「?は、はい…」 紫音は首を傾げて、沢山のクエスチョンマークを頭に掲げながらも、俺の言うとおりあっちに行ってくれた。俺はほっと胸を撫で下ろしてから、手早く下着を濯ぎ終えると、洗濯機に放り込んだ。 * 「春大丈夫かぁ?」 「は、はい。大丈夫、です…」 同じチームに振り分けられた宏樹さんが肩を組んでくる。その腕の重みだけで俺は床にへばってしまいそうになったが、ゼイゼイ言いながらもなんとか踏みとどまった。 失った体力というものは、なかなか回復しないものだ。 チーム内の練習試合の1クォーターだけでも、フル出場するのは俺にとってはかなりきつい。トレーニングをサボっているつもりはないし、自主筋トレだって続けているけど、なかなか筋肉がつかないし、体重も思う様に増えてくれない。 紫音は俺の体質のせいだと慰めてくれるが、俺はそれだけのせいではないと思っている。 と言うのも、食事はちゃんと摂っているものの、その質に問題があるのだ。この大人の「俺」は、なぜだか肉食を好まない。記憶を失う前の俺は、肉類は好物だったし、よく食べていた。それなのに、今の俺は受け付けないのだ。肉だけじゃない。刺身とか卵とか、俺の好きだった筈の色んな物を好まなくなり、酷い偏食ぶりなのだ。アレルギーがあるとかではないので、全く食べられない事はないのだが、身体が拒否するというか、無理して沢山食べようとすると吐き気を催してしまい、受け付けてくれないのだ。 筋肉がつかない要因も、体重が増えない原因も、良質なたんぱく質が足りていないせいだと俺は思う。それが俺の体質だと言えば紫音の言うとおりなのかもしれないが、元々俺はそういう酷い偏食家ではなかったのに。一体いつからこんな食生活になってしまったのだろう……。 なんとか残りの試合もこなし、本当に床にへたりこんでしまった俺にポカリが差し出された。 誰がくれたのか確かめもせずに受け取ってボトルを傾ける。 あぁ、生き返る。 ゼイゼイはぁはぁしながら、何口か飲んでからボトルを返そうと頭を上げた。 「し、紫音っ!」 「もっと飲んでもいいですよ」 紫音が俺の隣に屈んで、優しくそう言った。 「だ、だだ大丈夫!もう、平気!」 俺は後ろに飛び退くみたいに後退りして、まだガクガクする足を踏ん張らせて立ち上がった。 紫音は呆気に取られた様にそんな俺を見ていた様な気がする。でも、それは俺の幻想かもしれない。だって俺の顔は真っ赤で、それを見られたくなくてすぐに紫音に背を向けたから。 あー心臓がバクバクする……。 あの夢を見た直後はいつもこうだ。 試合中はさすがに忘れていたけど、紫音が側にいるとすぐに思い出してしまう。紫音と抱き合って、具体的に何をしているのかはよくわからないけど、とてつもなくいやらしい事をしているという事だけははっきりと分かるあの夢を。 さっきだって、『大丈夫?痛くない?』そう優しく耳元で囁いた紫音の映像が、声がリアルに甦り、とても紫音の顔をまともに見る事ができなかった。 俺って同性愛者なのだろうか……。 いや、元々の俺は断言してそうじゃなかった。でも、今は……。 少なくとも、大人の俺は紫音をそういう対象にしている。あんな夢を見るのだから。そして、その夢にこんなに心臓をバクバクさせている。頬を赤くさせて、まともに紫音を見られない。 あの夢の直後は本当に酷い。何日か経てば、夢をフラッシュバックすることもなくなるし、紫音を見てもここまで異常にドキドキする事もなくなるのだが。でも、なくなってほっとしたと思えばまた夢を見る。あぁやっぱり怖いけど自己処理をしないと………。 大人の俺は、紫音を好きだったのだろうか。………きっとそうに違いない。だって俺の奇行は夢だけじゃない。たまに、俺は紫音のベッドで目を覚ます。しかも、紫音の肩に顔を埋めたり、身体を密着させている。目覚めてパニくる俺に、紫音は決まって冷めた口調でこう言う。『寝ぼけてたんですよ』と。 感情の籠らない声。怒る訳でもなく、気だるい感じにそう言われる。 俺は毎回、流石に愛想を尽かされたのかもしれない。嫌われたのかもしれない、とそう思うけれど、でも、その直後も紫音はいつもの様に優しい。俺を気遣い、心配してくれて、守ってくれようとする。でも、紫音のその行動はきっと―――――――。 大人の俺の邪な紫音への気持ちに、多分大人の紫音は気づいていたのだろう。 そう考えると色々辻褄が合うのだ。 記憶を無くしてから感じた大人の紫音のよそよそしさ。時折見せる冷めた表情。失望に、拒絶。 それは、大人の俺から一方的に向けられていたこの想いのせいなんじゃなかろうか。優しい紫音は、俺を無下にできず、でもきっと気持ち悪かったろうから、適度な距離を保っていたかった筈だ。当然だ。 そんな時に俺が行方不明になって、責任感の強い紫音が責任を強く感じちゃって、トラウマまで負ってしまって、俺の事本心では気持ち悪いのに遠ざけられなくて………。 宏樹さんから聞いた俺と紫音の怪しい噂とやらも、俺のせいで生まれてしまったのだろう。きっと俺があんまり紫音につきまとっていたからだ。紫音は、そんな俺を心底迷惑に思っていたに違いない。 それにしても、気持ち悪い…か………。 俺って紫音にそんな風に思われてたんだ………。 自分で思っておいて何だが、改めてそのワードを突き付けられると、凄くショックだな…………。

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