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doubt 4

「なぁ春。いつになったら俺と二人きりで会ってくれる訳?」 「あ、俺も俺もー!俺もしいちゃんと二人きりでデートしたい!」 柚季が口を尖らせ、颯天が対照的な笑顔でそれに乗っかった。 「まだそんな気持ち悪い事言ってるのかよ」 いい加減呆れる。一体いつまでそういうノリなのだろうかこの二人は。 「だって好きなんだから仕方ないだろー」 「はいはい」 隣で黙々とたこ焼きをひっくり返している紫音の表情が何となく険しくなったのも気になって、ブーブー言う二人に適当な返事を返し続けて話を切り上げた。 今日は紫音と俺の家で、4人でたこ焼きパーティーを開催している。 柚季と颯天からの遊ぼうコールが凄くて、いい加減断り続ける事も出来ず……。 紫音は元々柚季と颯天が苦手な様だったから、外出を許してくれるか、もしくは2人をリビングに入れてもよければ、紫音が仕事で不在の時に…と考えていた。けど、両方とも紫音に却下された。でも、完全にダメというんではなく、『俺のいる時に家に招け』と言われたのだ。 「紫音って意外と器用なんだなー」 紫音の焼いたたこ焼きを自分の皿に移した柚季が言った。 「ほんと。形きれー」 颯天も、たこ焼きをしげしげと眺めながら言う。 確かに、綺麗なまん丸だし、焼き色もなんとも美味しそうだ。 「さっき春が焼いたのと大違い」 ぼそっと言うでもなく、遠慮がちでもない大きな声で柚季が言った。意地悪そうな笑みを顔に張り付けて。 「悪かったな」 確かに紫音のに比べると俺が最初に焼いたのは、形も歪で所々焦げていて、お世辞にも綺麗と呼べるものじゃなかった。でも、別に食べられない程ではなかったし、たこ焼きが上手に焼けないくらいの事は割とどうでもよかった。 「でも確かにしいちゃん不器用なのって意外。何でも完璧にこなすタイプだからさー」 「そうなんだ」 自分の事なのに他人行儀な返事だが、大人の自分の記憶がないので仕方がない。 俺自身は自分を完璧だなんて思ったことは一度たりともないし、料理だって上手く出来ない事は意外でもなんでもない。中学の頃は家事全般母親任せで何もしていなかったし。 「お前のそーいうギャップがある所も可愛いけどさぁ、俺、料理は上手な方がタイプなんだよなぁ」 柚季が意味あり気な視線を寄越した。またまた「あーいう」絡みがしたいらしいが、その手に乗ってたまるか。 「あっそ。だから?」 「ひでー!つめてー!」 言われる通り冷たくあしらうと、柚季がまたブーブー騒いで、隣で颯天が楽しそうにはしゃいだ。 俺はついつい柚季に辛辣な事ばかり言ってしまうし、そんな事言う自分に自分でびっくりだが、自然とそうなってしまう。それに、柚季も本気で傷ついてる感じでもなくなんか寧ろ嬉しそうだし、颯天も楽しそうで盛り上がってるし、多分こいつの扱いはこれで合ってる……気がする。 「たこ焼きひとつ綺麗に焼けねークセに!」 あしらわれた仕返しの様に喚く柚季を無視して、紫音が焼いてくれた綺麗な真ん丸のたこ焼きを頬張る。 「本当美味しい。俺のと全然違う」 紫音のたこ焼きは、外側は焦げ目がついてカリカリで、中はふわふわだった。見た目に違わぬ美味しさに、自然と感想が口をついた。 「俺にとっては、ハル先輩が焼いてくれたのが世界で一番美味しいですよ」 紫音が俺をじっと見てそう言うと、綺麗に微笑んだ。 途端、俺の頬はカーッと熱くなり、心臓がバクバク鳴り始める。 嘘だ。絶対あり得ない。俺の不恰好なたこ焼きが世界一なんて。 お世辞だって事くらい当然分かっているし、紫音がさっきからバカにされっぱなしの俺を立ててくれる為に言ってくれたんだろう事も想像はついたけど、それでも嬉しくて、紫音の優しさにドキドキしてしまう。 ――――モテるはずだ。こんな事サラッと言えちゃうんだから。大人の俺が紫音に惚れちゃったのも分かる。だって今ドキドキしてるのは、潜在する大人の俺の記憶のせいなのか、それとも今の俺自身なのかが曖昧だから。 「オイ、もしかして記憶戻ってんのか?」 ドキドキして恥ずかしくて俯く事しかできなかった俺に、突然柚季が囁いた。 ――――――――! 「も、戻ってない!」 俺は首をブンブン振って柚季の言葉を否定した。 訝しげに俺を見つめる柚季の視線が痛い。 柚季の囁きが聞こえなかったらしい紫音と颯天は、いきなり大声を出した俺を不思議そうに見ている。 「な、なぁ次はホットケーキにしよう!俺、生地作ってくる!」 それらの視線にいたたまれなくなった俺はドタバタとキッチンへと避難した。 知ってたんだ――――。 柚季は、そしてもしかしたら颯天も、俺の気持ちを知ってて、そんな俺をからかって毎度毎度気持ちの悪い事を言ってきていたのかもしれない。 もしかしたら大人の俺は、この兄弟に自分の叶わぬ恋について相談したりしていたのかも。 ――――恥ずかしすぎる!自分の秘めた恋心を知られていたなんて! 熱い頬をパタパタと手で何度扇いでも、その火照りは全然消えてくれない。 落ち着くまでキッチンに籠るために混ぜまくったホットケーキの生地は、焼いても全然膨らまなくて、俺はまた料理下手のレッテルを二人に貼られることとなってしまった。

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