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lost memory 1
紫音から一緒に寝ようって言われて、初めは物凄く不安だった。
紫音の隣で変な夢を見てしまわないか。変な行動をとってしまわないか。
それに、格好いい紫音に密着して寝るなんて、記憶がないならまだしも、緊張してドキドキして苦しくて眠れる筈ないって思ってた。
でも、意外だった。緊張とドキドキは物凄くしたけど、紫音の匂いと温もりに包まれていると物凄く安心して、ここ最近ずっと感じてた苦しさや居心地の悪さを感じる暇もなく、いつの間にか眠ってしまうのだ。一人で寝るよりもよっぽど寝付きがいい。
心配していたいやらしい夢も今のところ見ていないし、夢精も全然しなくなった。
紫音と一緒に寝る事が決まって一番不安だったのがこれだったから、一緒に寝る初日は、ずっと後回しにしていた自己処理をしようって決めてた。
けど、いざトイレに籠ってやろうとしたら、物凄く気分が悪くなってきてしまった。吐き気も頭痛も酷くて、とても処理するどころじゃなくて、結局できずに終わったのだ。その後何度トライしても結果は同じだった。
でも、何となくもう大丈夫な気がするのだ。
紫音の隣にいると、ドキドキよりも何よりも安心感が勝って、自分が物凄く癒されていくのを感じる。ずっとこうしてくっついていたいなって思うくらいに。
だから何となく、あんないやらしい夢が入り込む余地がない気がした。そういう穢れも全部紫音が浄化してくれる様な感じがするから。
俺はよくても、紫音はあんまりいい気分じゃないだろうなとは思う。
夜中に侵入されるよりはマシと踏んで一緒に寝ることを提案してくれたのだろうけど、基本的に俺の事気持ち悪いだろうし。
相変わらず優しいし、俺は安心して勝手に癒されまくって幸せな気分で朝目が覚めるから、時々こうしてるのが当たり前だって勘違いしそうになるけど、その度に自分に言い聞かせる。紫音には彼女がいるんだから。紫音の腕の中にも胸の中にも、俺の居場所はないんだって。
でも、あの夢を見なくなったせいか、以前程の後ろめたさみたいなものはなくなった。だからって紫音に迷惑かけてないって訳ではないけど、紫音に肩を抱かれて眠ると、全部まあいっかって思えてくるのだ。少しでも長い時間、長い期間、こうして一緒に眠れたらいいなって、紫音の迷惑も考えずに願ってしまう。疚しい気持ちがある訳じゃないから、これくらい甘えていいよなって。
紫音と寝るのが当たり前になってからというもの、俺は紫音が仕事でいない時も、先に紫音の部屋に入ってベッドに横になる様になった。紫音は仕事で外出はしても外泊することは最近なかったから。
でも、例え紫音がその日帰って来ないと分かっていたとしても、多分俺は紫音の部屋で寝てしまうと思う。
なぜか自分の部屋が落ち着かないのだ。
紫音の匂いがしないからなのか、不安になってソワソワしてきて、眠るどころか長居すらしたくない。
この感覚の原因が何なのかはっきりはしない。けど、きっと紫音に依存しすぎているからだと思う。本当は一人で寝るのが当たり前なのに、俺はまるで子供みたいに紫音の温もりを求めている。
このままじゃだめだ。こうして一生紫音に依存して甘える生活なんてできないんだから。
そう頭のどこかで思いながらも甘える事をやめられない。今だけ、あと少しだけ。そう言い訳しながら―――。
*
紫音が遅くまで出掛けていて、眠ろうにも眠れなくて筋トレをしていた時、スマホが短く着信を知らせた。この音はラインだ。
『起きてる?』
送信してきたのは柚季だ。
『うん』
柚季は時々特に意味もなくこういうラインを送ってくる。気を紛らわすには丁度いいと返事をしたら、すぐに返信が。
『今何してんの?』
『筋トレ』
『おいおいあんまりマッチョになるなよ』
『なんで?』
『だって見た目とか触り心地悪くなるじゃん』
『そんな事ないだろ』
『春は今のままが一番可愛いんだから』
『可愛いって言われたくない』
『可愛いものは可愛いんだからしょうがねー』
『じゃあいっぱい筋トレする』
『だからあんますんなって!今紫音は?』
『出掛けてる』
『そうなんだ!じゃあ今からデートしようぜ!』
『今何時だと思ってるんだ』
『大人の時間』
『なんだそれ』
『春とイチャイチャする時間♡』
『気持ち悪い』
『春と熱いべろちゅーしたい♡』
『本当に気持ち悪い』
『だってこの時間ってムラムラしてこない?』
『別に』
『今日もうオナニーした?』
『もう無視するから』
『無視したら今すぐお前の家行くからな』
『来るな』
『俺、お前のせいで眠れないんだから責任とれ』
『なんで』
『春の事考えてるから』
『意味不明』
『写真送って!』
『何の?』
『春の裸の写真』
『変態』
『変態でも何でもいいから送れよー』
『もう寝る』
『待って!俺寝られないんだって!もうちょっと構ってよ春ちゃーん』
『じゃあ気持ち悪い事言うのやめろ』
『だって好きなんだもん。大好き!愛してる!』
『酔ってるの?』
『酔ってねーよ』
『じゃあふざけるな』
『ふざけてねーし!』
『もういいよ。本当に眠くなってきた』
『お前今好きな人いる?』
いつも以上に内容がくだらな過ぎて適当に流してたのに、脈絡のない柚季のこの質問に物凄くドキっとした。
そうだった。柚季には恐らく紫音の事を知られてるんだった。でもちゃんと話す勇気とか覚悟がまだないんだけど……。
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