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lost memory 2
困って暫く返信できずにいると、電話の着信音が鳴った。無論柚季からだ。
『もしもーし?』
「……何で電話?」
『返事返さねえから』
「だって……」
『なあやっぱりお前紫音との記憶戻ったの?』
「そういう訳じゃない」
『本当に?全然思い出してない?』
「記憶はないよ。でも……」
『でも?』
「なあ柚季、俺………」
『ちょ、ストップ!』
「え?」
『なんか嫌な予感する』
「何?」
『だからそれ以上言うな。あと、紫音の事深く考えるな』
「え、何で……?」
『その方が色々都合がいいから』
「都合……?」
『お前は俺の事だけ考えてればいーから!』
「それって、紫音の事は考えない方がいいって事?」
『そーいう事。な、分かったら紫音の事は忘れて、俺とエロい話でもしよーぜ…………』
紫音の事は考えない方がいいって言うのは、どうせ俺が報われないのを知ってるから……?記憶を失う前の俺は、紫音に思いっきりアタックして失恋でもしたのだろうか。
報われないのは確かにその通りだ。紫音には彼女がいる訳だし、そもそも男の俺を好きになる筈ないし。だったらこの気持ちだって無くした方がいい。そんなの俺だって頭では分かっているけど……。でも、確かに口に出したら、誰かに気持ちを打ち明けてしまったら、今よりももっと自分の気持ちから目をそらせなくなりそうだ。そうなると確かに辛い………。
『なあ春聞いてる?』
「ごめん、考え事してた」
『だーかーら、今どんな格好してんの?あ、ついでにパンツの色教えてくれてもいーぜ』
「………お前って、ふざけてるか馬鹿な事言ってるかのどっちかだよな」
『んな事ねーよ!真面目に聞いてんだから!』
「そんな事真面目に聞いてどうするんだよ」
『そりゃー夜のオカズにするに決まってんじゃん』
うわー。最低だこいつ。
一体何が楽しいのか俺に向かってセクハラ発言をよくするこいつとスマホの検索機能のお陰で、最近では下ネタに随分詳しくなってしまって、初めの頃より何を言われてるのか伝わるから一層気分が悪い。
「そういう、くだらない事しか言わないならもう切る」
『待って待って!もうちょっと付き合えよー!』
何なんだろう一体。俺柚季との下らないラインのやりとりのおかげでさっきまで結構眠かったんだけどな。もう1時になるし(紫音遅いな……)そろそろ寝たい……。
『春ちゃんおねむなの?』
黙ってたら柚季が赤ちゃん言葉を使ってきた。本当ふざけた奴。
「眠い。もう寝る」
『なーなー寝る前にオナニーするの?』
「は?」
何言ってるんだこいつ……。
『それとも今日はもう抜いた?』
「そういう事聞くなよ……」
『だって知りてーもん。週何回くらいすんの?』
「お前って本当に変態だな」
柚季の言動の意味とか、もう全然理解できない。宇宙人と喋ってるみたい。
『お前えっちいけど淡白そうだからなぁ……3日に1回とか?』
「何なんだよ。もう本当に切るぞ」
『わー待って待って!今切られたら襲いにいっちまいそう』
誰をだよ……。
「お前、相当危ないな」
有名人の癖に。
『そうだぜ。覚えとけよ。男はみんな変態だって』
「俺の周りの変態はお前だけだけど」
『お前な、何も言わないからってエロいこと考えてない訳じゃねーからな。俺はオープンだから逆に安心だぜ?むっつりが一番あぶねーんだぞ』
……どう考えても柚季が一番危ないと思う。
『って訳でオナニーの回数教えろよ』
「もう何なのお前しつこい……」
『だって春せっかくフリーになったってのに全然会ってくれねーし、そのせいで妄想のネタが足りねーの。だから新しいオカズ提供して?』
「……男相手にセクハラして楽しい?」
『うん、すげー楽しい。だから早く教えろ』
本当に何なんだよ。一体何が楽しいんだか。
でも……普通の成人男性がどのくらいの頻度でやるものなのかは正直なところ気になる。誰かとこういう話したことないし、こんな下品な話できそうな相手って柚季ぐらいなのかも……。
「そう言うお前はどうなんだよ」
『え、俺?何、春ってばいきなり積極的!』
「うるさい」
『俺のオナニー回数知りたいの?』
「別にお前のが知りたい訳じゃない」
『相変わらず素直じゃねえなあ。しゃーねーから教えてやるけど、代わりにお前も教えろよ?』
「別にいいけど」
どうせしてないし。
『え、まじ!?本当に教えろよ?』
「だから分かったって」
『約束だかんな!俺はよっぽど疲れてなきゃ大体毎日やるかな。お前の事考えながら』
………後半は無視しよう。
「毎日って凄いな」
『そーか?この年ならそんくらい普通じゃね?』
え、毎日するのが普通なのか……?
『てか、こーいう話お前としてるとマジでムラムラすんだけど』
「するな変態」
『で、春は?』
「………しない」
『…………は?』
「だから、しない。したことない」
『はあ~~~!?』
「なんだよその反応」
『だってあり得ねーだろ。健全な男としてさ』
「でも、何か気分が悪くなるし」
『やろうとすると?』
「うん」
『……お前本当に可哀想だな』
「なんだよそれ」
『俺今真剣に同情してんだぞ。ちんこ萎えるくらい』
「どこが真剣なんだよ」
『それはそうと、出来ないなら代わりに俺が抜いてやろうか?』
「絶対やだ」
『いーじゃん。溜まってると色々困るだろ』
「別に困ってない」
『ムラムラしたり、夢精したりしねーの?』
「しない」
後者に関しては最近は、だけど。
『えーそれぜってーおかしい。病気かもよ?あ、それかさ、お前知らない内に紫音に何かされてんじゃねーの?』
「何かって?」
『例えば寝てる間にお前の身体にイタズラとか』
「紫音がそんな事する訳ないだろ!」
『いーやわかんねえぞ。紫音だってお前に手出したくてウズウズしてる筈だし……』
ガチャガチャ……。
あ、鍵が回る音。
「紫音帰ってきた。もう切るから」
『えー!やだー!』
「だって用事ないんだろ?」
『まあ、特にはないけど……』
玄関が開いて、紫音が姿を現した。視線が合ったから、おかえりの意を込めて微笑んでみた。
「じゃ、切るから」
『待って春!』
「なんだよ?」
『大好き』
「……………おやすみ」
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