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lost memory 3

ようやく通話は切れたけど………大好きって何だよ。俺をからかってるにしてもその手の事を言い過ぎだ。しかも最後のなんか本気っぽかったし。……って、本気な訳ないじゃないか!あの遊び人っぽい柚季が。それにそもそも俺男だし! 「ハル先輩」 声をかけられると同時に、紫音はどかっと俺の隣に座った。紫音は身体が大きいから、勢いよく座ると結構ソファがしなる。 「お疲れ様。今日は遅かったな」 「誰と話してたの?」 紫音は俺の言葉には何も応えずにぶっきらぼうにそう言った。なんかちょっと機嫌悪い……? 「柚季だよ」 「……何話してたんですか?」 「特に何って訳じゃないよ、下らない話。あいつ、意外と暇なのかな?」 柚季は売れっ子だから暇なはずはないけど、冗談めかして言ってみた。 「俺がいないとき、結構電話したりしてるの?」 「え、ううん、今日はたまたま。さっきの暇なのかなってのは冗談でさ、あいつ多分凄く忙しいだろうから、そんなに頻繁にはかかってこないよ」 「ラインも?」 「ラインは、まあ、時々……かな」 紫音どうしたんだろう。なんか俺悪いことした……? 「あいつに変な事言われてない?」 「変な事って……?」 「口説かれたりとかしないの?」 「く、口説くって……。からかわれたりはするけど、そういうんじゃないよ」 「ハル先輩は、あいつの事何とも思ってない?」 「どういう意味?」 「あいつは恋愛対象じゃないよね?」 「ちょ、変な事言うなよ。そんな訳ないだろ。紫音なんか変だぞ」 「俺のいない間にハル先輩が他の誰かと親しくしてるの、すげーやだ」 紫音はソファに膝を乗り上げて四つん這いのなりそこないみたいな格好になってこっちを向いた。紫音は何か怒ってるみたいだし、向かい合ってちゃんと目を見て話したいのかもしれない。元々ソファの上で膝を抱えていた俺も、紫音と向き合う様に横を向いた。 「ハル先輩………」 紫音に切なそうに名前を呼ばれてドキッとした。なぜか辛そうな紫音から目が離せない。 紫音が俺の身体の横に手をついて覆い被さってくる。 「紫音……?」 俺はいつの間にか殆ど仰向けに倒されて、その視界は本来見える筈の天井の代わりに紫音で覆われた。 「ハル先輩、俺の物になって……」 紫音の顔が落ちてきて、唇が………。 俺、紫音とキスしてる。 何で? 何これ? どういう事? 頭の中をぐるぐる回るワードは結局殆ど同じ意味で、しかもこれっぽっちも解決しなくて、混乱するってこういう事を言うんだって思った。 暫くの間パニックでされるがままだったけど、Tシャツの裾から紫音の手が入ってきた瞬間に我に返った。そして漸く気づいたのだ。紫音から酒の匂いがすることに。 そうか紫音は酔っ払ってるんだ。だから俺相手にこんな事。 それが分かってからようやく無抵抗でされるがままだった両手を突っ張って紫音を押し退けようとしたけど、紫音はびくともしない。仕方ないから、背中をバンバン叩いた。 パーじゃ埒が空かず、グーで叩いていたら、ようやく紫音が顔を上げた。その顔が凄く悲しそうで泣きそうに見えたから、焦った俺はとっさに言った。 「ごめん、痛かった?」 キスされといて何言ってるんだろう。ここは「何するんだ!」って怒るべきところだきっと。でも、紫音に泣かれたら困るって思った。悲しんで欲しくないって。 「ハル先輩、俺………」 紫音は黙り込んで俯いてしまった。 「酔ってるんだろ?」 「…………」 「誰かと間違えた?」 「…………」 本当は彼女と……って聞きたかったけど、俺が彼女って言うと決まって紫音は不機嫌になるから。 「もういいよ。別に怒ってないし……」 「ごめん………好き」 「え?」 「好き………。どうしようもないくらい………」 紫音は振り絞る様にそう言うと、また俺に覆い被さってきた。 またキスされるかも……と一瞬身構えたけど、紫音は顔を俺の胸の辺りに埋めたまま動かなかった。 紫音、相当酔ってるのかな……。 今日も仕事って言ってたけど、本当は彼女と会ってたりしたのかもしれない。 そう言えば前宏樹さん達が、紫音の彼女は俺に似てるとか何とか言ってなかったっけ。 やっぱり紫音、俺の事彼女と間違えてる……? 紫音は俺にぎゅーっと抱きついたまま微動だにしない。まるで母親に甘える子供………いや、紫音は子供って感じしないから、主人に甘える大型犬みたいで微笑ましい。俺よりも大分身体だって大きいのに、ちょっと可愛いって思うくらい。 「紫音、もしかして寝てる……?」 それでもあまりに微動だにしないから、少し心配になって聞いてみた。 「俺の事気持ち悪くないの?」 返事は意外とすぐに返ってきた。一先ずまだ起きていた様で安心したけど、密着してるせいで、紫音が喋る度に胸の所に吐息がかかって熱くなるのが何とも言えず恥ずかしい。 「別に気持ち悪くないよ」 俺、紫音の事が好きだから。 紫音以外だったら嫌だけど、紫音ならこのぐらいされても平気だ。紫音は酔っ払ってて、多分人違いしてるっていうのは少し虚しいけど。 「………じゃあ時々こういう事していい?」 「こ、こういう事って……?」 「キスしたり、抱きついたり」 想像したら、頬がカーッと熱くなった。 紫音からキスされたり抱きつかれたりするなんて、そんなの………。 「だめだよ!」 「だめ……?」 紫音が漸く顔を上げた。眉毛をハの字にさせて、不安そうな表情だ。仔犬がクゥーンって寂しげに鳴いてるみたいな。 でも、ほだされちゃだめだ!だっていっぱいキスされたら。抱き締められたら。俺はもっともっと紫音を好きになってしまう。そんなの辛すぎるから……。 「もう!酔っぱらいは早く寝ろよ!」 紫音の仔犬みたいな表情から無理やり視線を剥がしてぶっきらぼうに言うと、身体の重みがなくなった。紫音が身体を起こしたのだ。紫音の温もりが遠ざかっていくから、寂しくて思わず追い縋りそうになった。 やっぱり俺、今の時点でもう大分紫音が好きなんだ……。紫音はこのまま一人で寝室に行っちゃうのかな……。寂しいな……。 そう思っていたら、グイっと腕を引かれた。 「ハル先輩も」 紫音が立ち上がったから、腕を引かれた俺もソファから降りた。紫音は俺の腕を離す事なく寝室に向かった。 「着替えなくていいの?」 ベッドのいつもの場所に横たわりながら、ドキドキしてるのとか、一緒に連れてきて貰えて嬉しいのを気取られない様に平静を装って聞いてみた。 「んー、いい。今はハル先輩から離れたくない」 紫音がそんな事を言いながらベッドに潜り込んできたから、俺はまた頬がカーッとなった。そんな顔を見られるのが恥ずかしくて、紫音に背中を向ける。 酔っぱらいの癖に。俺の事、誰かの代わりにしてるだけの癖に。 紫音の言うこと全部まともに受け取ったら、後で自分が苦しくなることが分かっているから、信じるなと自分に言い聞かせる。 「!」 そんな必死な努力の最中だったというのに、紫音は慣れた様子で俺の身体に後ろから腕を回してきた。 「可愛い。ほんと好き」 とびっきり甘い声。 可愛いって言われるの嫌いなのに。 紫音に言われたらなんでこんなにドキドキするんだろう。 なんで嬉しいんだろう。 俺、変だ。 こんな気持ち、まるで女みたい………。 「紫音、離して……」 本音は違う。離して欲しくない。でも、胸が苦しい。それに、女みたいになってしまう自分が怖い。 紫音はきっと本気じゃない。俺が紫音の事好きなの知ってる癖に……。彼女がいる癖に……。 「離さない。俺、ハル先輩の事一生離さないから」 「何……言ってんだよ」 「ずっと俺の傍にいて……」 「……………」 もう何も言えなかった。 ただの酔っぱらいの戯れ言。そんなの分かってる。分かってるのに、こんなにも心が掻き乱されて………。

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