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lost memory 4

今日は寝不足だ。 昨晩、紫音が俺を抱き締めながら寝てしまった後も、悶々と考え事ばかりして暫く寝付けなかったから。 最近は変ないやらしい夢も見なくなったし、紫音と寝ると安心して眠れるから心身共に好調だったんだけどな……。 紫音があんな事するから、勘違いさせる様な事言うから、紫音を好きな気持ちが誤魔化せなくなってしまった。 また時間が経てば解決するのだろうか。それとも、この苦しいのはこの先もずっと続くのだろうか………。 ピンポーン………。 今日も、練習の後紫音は仕事でいない。 本当に仕事かな。随分と欲求不満な様だったから、彼女に会いに行くんじゃないかな。 そんな風に浅ましく勘繰って勝手に嫉妬している俺って本当に女みたい。自分で自分が気持ち悪い。 「春くんこんばんは」 「こんばんは。どうぞ」 今日は刑事さんが来る事になっていた。話があると夕方ラインを貰ったのだ。きっとあの厄介なファンの話だろう。 前回と同じように自分の寝室に通すと、前はちょっとおどおどしていた刑事さんは、今日は随分と堂々としている様に見えた。慣れた素振りでベッドに腰掛けると、床に座ろうとしていた俺の手を掴んで、自分の隣に誘導してきた。 「あの……」 「前も言ったでしょ?床は硬いし冷たいって」 また公園のベンチだと思えって言うのかな……。やっぱり喋りづらいしよく分からないけど、もう面倒くさいからこのままでいいや。 「刑事さんのお陰で、あの人最近全然来なくなりました。ありがとうございました」 刑事さんが何をしてくれたのかは知らない。けど、刑事さんに相談してから姿を見なくなったのだから、きっと刑事さんが何らかの手を打ってくれた筈だ。 そう言えば相談してからどれくらい経っただろう。1か月以上経ってる……?あれ、俺なんでこんなに長い間刑事さんにお礼も言わなかったんだろう。 「そう。よかった。愛する春くんの為なら、僕は何だってやるよ」 刑事さんはさらっとそう言った。 え?愛する?なに?俺の聞き間違い? 「春くんったら、何きょとんとしてるんだい?僕達付き合ってるのに」 「………………は?」 何言ってるんだこの人?付き合ってる?何?どういう意味? 「やっぱり忘れちゃったんだ。春くんは本当に忘れっぽくて困るな。また初めからやり直さないといけない」 「え、なに……?なにを言ってるんですか……?」 意味がわからなすぎて軽くパニックだ。頭をフル回転させてもなんだか空回りばかりして、刑事さんの言うことが全然分からない。 「春くんこれを見て」 刑事さんがポケットから取り出したのは、写真だった。白っぽい写真。 でも、よく見るとその白は人間の肌の白で、その裸の身体には見覚えのある傷があって………。 「こ………これ、は………」 「はは。春くん本当に毎回初めて見るって顔するね。もう何度も見せてるのに」 白い身体。手錠。縄。真っ赤な首輪。K.Mの傷痕―――――――。 は……、はあっはあっはあっはあっ………………。 「んっ………」 刑事さんの顔が、見えないくらい近くにある。 顔に、唇を塞がれている。 ……違う。唇で、塞がれている。 キスをされている。 ぬるっとしたものが入ってきた。 嫌なのに、怖いのに、力が出ない。 息が苦しくて、頭が痛くて―――――。 「もう大丈夫かな……?」 どれくらいキスされていただろう。 そう言って刑事さんが唇を離した時には、息苦しさは大分ましになっていた。けど、頭は相変わらず痛いし、何がなんだか分からない。分かるのが怖い。 「春くんこういう話をするとすぐ過呼吸を起こすから。でも大丈夫だよ。僕がキスで治してあげるから」 「なんで………」 何で刑事さんが俺の裸の写真を持ってるの。何でキスしてくるの。なんで………なんで………。 「この写真はね、あのストーカーが持ってたんだ。動画サイトで拾ったって。動画に顔は映ってなかったけど、理想的な身体だったから保存してたらしいよ。それから春くんのファンになって、傷痕見つけて運命を感じちゃったんだってさ。あいつ、これバラまくって脅して、春くんに性的暴行を働こうとしていたじゃない。覚えてない?」 「お……覚えてない。そんなの、嘘……」 「嘘なんかじゃないよ。春くん公園の汚いトイレで、あいつに襲われてたよ。でも大丈夫。僕が止めに入ったから、未遂に終わったよ」 「………嘘だ……」 「春くん、向田孝市にどうして自分が誘拐されたのか知りたがってたよね。教えてあげようか」 「………き、聞きたくない………」 「そんなにガタガタ震えなくて大丈夫。過去の話だよ。春くんはね、向田に性的暴行を受けてたんだよ。誘拐されて、監禁されてた間ずーっと……」 「や、めて……もう、やめて………」 「思い出した?あ、また過呼吸……?」 「んん……っ」 「春くん、好きだよ……。春くんの実家で、春くんの肌を見たあの日からかな。いや、もっと前からかもしれない。高校生の頃から、僕は春くん達に憧れてたから。………春くんが僕を誘惑したんだよ。実は僕ね、春くんのエッチな姿を沢山知ってるんだ。でも、そのせいでまっとうに歩んできた僕は、道を踏み外した………。だから、僕の恋人になって?寧ろなるべきなんだ。これだけ僕の人生を狂わせたんだから。………うんって言ってくれたら、もう過去の話はしないよ。………断るなら、もっと詳しく色々聞かせなきゃいけなくなる。………それに、あのストーカー、今のところ僕が抑えてるけど、春くんに振られたらショックで逆にけしかけてしまうかも………。あいつに触られたい?あんな醜いおじさんに。…………嫌だよね?僕の方がいいよね?………僕は優しいよ。身体だって、春くんの心の準備が整うまでは最後まで求めない。………僕は強引なのは嫌なんだ。ちゃんと合意の元で、結ばれたいから……」 刑事さんは、キスの合間合間に耳を疑う様な事を沢山言った。とても信じられない。これは現実なの?夢なら醒めて……。 そんな願いも虚しく、醒める気配のないこの悲惨な現実は、まだまだ終わる気配を見せない。

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