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lost memory 5

ようやく完全に唇を離した刑事さんが、全く悪気のない人のいい顔でニコニコしながら俺の顔を覗き込んで言う。 「春くん、僕と付き合ってくれるよね?」 俺は酷い頭痛に意識を朦朧とさせながらも首を横に振った。 「そっか。じゃあ仕方ないからもっと昔の話をしようか。春くんの初体験の話。春くんの初体験は中3だよ。あの向田に処女を奪われちゃったんだって。あいつ、いいとこ取りで悔しいよ。その後も暫くまだ子供の春くんの身体を好きなだけ味わっていたんだから、本当に悪い奴だよね。まあ、その報いなのか、もう死んじゃったんだけど」 死ん………だ……………? 「でも、最期も幸せだっただろうね。大好きな人と繋がったまま腹上死したんだから。ほら思い出して春くん。春くんの中に入ったまま、春くんの上であいつは血まみれになって死んだでしょ?」 血……塗れ――――。 『お前さえいなければ……!』 『お前が孝市を殺したんだ!!!』 ――――――――!!!! 「あ………っ!」 「しっ!静かに。誰か来たら困るから」 俺のせいだ。俺のせいで、あいつ達は………! 「落ち着いた……?手、離すからね。もう叫ばないでね」 「俺の………せいで………っ!」 「泣かないで春くん。……でもやっぱりこれが一番効くんだね………。春くん、僕と付き合って」 「……………」 「付き合ってくれなきゃ、僕も血塗れになって死んじゃうよ」 「なんで……!」 「春くんの事好きになって拒絶された奴はみんなそうやって死んじゃうんだ。ほら、あのストーカーも、最近見ないでしょ?春くんが拒んだから死んじゃったんだよ」 「そんな……」 「僕は死にたくないな……。ね、僕の事は拒まないよね?受け入れてくれるでしょ?」 死ぬの?死んじゃうの?俺が嫌だって言ったら、刑事さんも、あいつ達みたいに……。 そんなの嫌だ。怖い。もう誰も死んで欲しくない! 「春くん、僕と付き合って」 俺は震えながら何度も何度も頷いた。 拒絶しない。嫌だって言わない。だから、俺のせいで死なないで………。 「よかった。これでまた僕と春は恋人同士だね。春は僕にとって雲の上の存在だったのに、こうして独り占めできるなんて夢みたい……」 刑事さんが俺の頭を抱き寄せてまたキスをした。そのまま後ろに倒されて、服の上からねっとりと身体を撫でられる。 どんなに怖くても、嫌でも、気持ち悪くても拒絶できない。だってそんなことをしてまたナイフが光ったら。刑事さんの血が落ちてきたら。血塗れになって俺の上にぐったりと倒れてきたら――――。 「わあぁあ………っ!」 「黙って!」 思わず叫び声を上げていた口を、刑事さんの手で再び強く塞がれた。 「大きな声を出さないで。いい?分かった?」 鼻と口を塞がれて息が苦しい。ともかくこの息苦しさから解放されたくてコクコク頷くと、刑事さんの大きな手がゆっくり離れていった。 「全く困るよ。誰か来たらどうするの。いい加減もう少しまともになってくれないかな。僕は春とデートとか、恋人らしいこともしたいのに、春がそんなだとこれくらいしかできないじゃないか……」 刑事さんの手が、今度はTシャツに伸びてきた。そして、裾をゆっくりと捲り上げていく。 誠実そうに見えていた刑事さんの顔が歪んでいく。俺を襲おうとしたあのファンの男と同じ顔をしている。 そうだった。 俺は確かにあの男に襲われた。 さっき刑事さんが言った通り、あの写真を使って呼び出されて、脅されて、トイレに連れ込まれて身体を触られた。 刑事さんに助けられた後すぐに気を失って、目覚めたら全部忘れていた。 でも、今度は刑事さんに好きだと言われて、付き合って欲しいと迫られた。断ったらさっきみたく怖い事を沢山言われて、多分その怖い事は今も断片的に甦りつつある俺の失われた記憶で、錯乱している内に今みたいに……。それも1度だけじゃなくて、もう何度も同じ事を――――。 「やめて……お願いもうやめて………」 「春、どうしたの?泣かなくていいよ。僕は別に怒ってる訳じゃないから。デートしたいのは本音だけど、こうして春に触れるのも好きだから。でも、今日はいつもよりお利口だね。服を脱がせてもちゃんと大人しくしていられてるもんね。今日こそ最後までできるかな…?早く春とひとつになりたいよ……」 「やめて………」 記憶が―――――。 あいつのこと。 あの人のこと。 あの男のこと。 この人のこと。 「もうやだ………」 もう汚されたくない。 無理やり触られるのは怖い。 無理やり快楽を与えられるのはいやだ。 でも、また殺してしまうのはもっといやでもっと怖い。 もう誰も。 俺のせいで―――――。 「死なないで………」 「死なないよ。だって僕達恋人同士で、春は僕の事好きでしょ?ね?好きって言って。言わないと死んじゃうよ」 「…………す、き」 「偉いね。でも、もっと沢山言って。その気持ちを忘れない様に」 「す、き……」 「もっとだよ。ちゃんと名前を呼んで」 「す、き……」 「誰を?」 「……けいじ、さん」 「刑事さんじゃなくて。光一(こういち)って呼んで。それが僕の名前。春のここ。このエッチな所に書かれてる名前と一緒。そろそろ覚えてね。覚えやすいでしょ?春の身体に、僕の名前が刻んであるんだから」 こ、う、い、ち…………。 「光一大好きって、10回言って」 「こういち、だい、すき………」 「もっと。僕の顔じっと見て言って」 「こ、う、いち………、す、き………」 こわい。こわい。こわいよ………。 刑事さんの顔を見ていたら、その顔がグニャリとなって刑事さんでなくなった。 向田になる。 志垣先生になる。 あのファンの男になる。 こわい。みんなでよってたかって、俺を―――。 「春……?」 「もう……ゆるして………」 ごめんなさい。俺がいなければ、みんな死なずにすんだのに。ごめんなさい。俺のせい。全部。ゆるして。ゆるして………。 「春、僕を見て」 「ごめ……、さい……」 「あーあまた壊れちゃった?今日もだめか。加減が難しいなぁ。僕が欲しいのはまともな春なのに……」 「んぅ……っ」 口の中に硬いものを押し込まれた。 「これくらい、いいでしょ?口なら春の身体を傷つける事もないし。それに、何されてもどうせ春は全部忘れてしまうんだから……」 硬い棒が喉の奥まで入ってきて、出ていって、また入ってくる………。 苦しい……息ができない………気持ち悪い………。 「あ、僕ばっかり気持ちよくてごめんね。春の可愛いここも、今気持ちよくしてあげるから……」 やだ。いやだ。いやだ。いやだ。 なんでこんな事するの。 なんでみんな俺をこうするの。 なんで俺はこんなに汚いの。 なんで俺なんかのせいでみんな死んでしまうの。 もういやだ。 俺なんか、この世に生まれて来なければよかったのに――――。

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