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confession 1

もしかして俺、意外に好かれてる……? ハル先輩にキスした時の事を思い出す度に頬が緩む。 抵抗はされたけど、思ってた嫌がり方とは違ったし、むしろはっきりと気持ち悪くないって言ってた。 だから、好かれているんじゃないかって勘違いしてしまいそうなくらいだけど、あんまり調子に乗りすぎるなと自分に言い聞かせる。だって放っておいたら、もしかして脈ありか?と期待する気持ちが膨らみ過ぎて暴走しそうだから。 いくら抑えても期待する気持ちはなくならないけど、失敗は許されないのだと思えば、どうしても慎重にはなる。 今、俺の目線の先にあるのは2枚のチケットだ。ワンダーランドの入園券に、直営ホテルスイートルームの宿泊まで付いている。 この間ハル先輩にやらかした日に、新井田社長から譲り受けた。アウルムの取引先への接待に付き合ったお礼という名目で。 どうしよう。 誘うべきか。 当然誘うべきだ。 デートして、ハル先輩の真意を確かめるんだ。 俺の勘違いなのか、期待通りなのか。 でも、ワンダーランド………。 千葉に住んでいた頃ですら、デート場所にここを選んだ事はない。 だってここは、ハル先輩が向田と行った事のある場所だから。 あの頃は多分まだ変なことされる前だった筈だけど、他の男と行った場所をなぞるのはなんとなく抵抗があったし、ハル先輩自身もあいつを連想させる場所は嫌だったろうから。 でも、今はハル先輩はあいつの事全部忘れてしまっているんだから。だから、行ってもいいよな……?俺、無神経な事してないよな……? 「ハ、ハル先輩」 ようやく決心がついてトイレから出てきた俺は、その決心が鈍る前にストレッチをしているハル先輩に声をかけた。 ハル先輩は床の上で前屈しながら頭だけ上げて「ん?」って感じに俺を見た。相変わらず上目使いが可愛すぎる……。 「今週末なんですけど……」 「うん、連休だな」 「はい。何か、予定ありますか?」 「予定?俺が?ないよ」 ハル先輩は身体を起こしてふふっと可愛らしく笑って言った。 ハル先輩が思わず笑うのも無理はない。俺なしでの外出を禁止してるのは他でもない俺なんだから。「何言ってるんだ」と思われて当然だ。でも、ハル先輩の言い方には全然嫌味がなくて、怒ってる感じでも全然なかった。「俺に予定がある訳ない」っていうのを、冗談目かして伝えただけって感じで。 普通、ここまで束縛されてたら事情が事情であったとしても多少はうんざりするものだと思うけど。やっぱり俺って嫌われてない。それどころか………。 「こんなチケット貰ったんですけど、一緒にどうですか?」 自信がついたお陰で誘い文句は俺にしては珍しくすんなり決まった。ポケットから、少しシワになってしまったチケットを取り出すと、ハル先輩がそれを覗きこんできた。 「ワンダーランド?……え?スイートルーム……??」 ハル先輩はチケットと俺の顔を交互に見て困惑している。 「直営ホテルの宿泊付きなんです。ほら、この間、遅く帰ってきた日、あったでしょ?あの日アウルムの接待に付き合わされてて。それでお礼にって貰ったんです。日帰りできない距離じゃないけど、せっかくただで泊まれるなら使いませんか?」 スイートなんて、こんな事でもなきゃ泊まる機会ないし、何よりもタダなんだから、泊まらない方が損。とかなんとか。ハル先輩の返事を聞くまで俺はわざとらしい程に饒舌だ。下心なんてないって事を必死にアピールしてるつもりだけど、よく考えれば逆に怪しいし、まあ、本当の所下心はありまくる。 「そうだけど……」 「だけど?」 「俺と行くの……?」 ハル先輩は少し難しそうな顔をして言った。 も、もしかして、下心バレた!? 「わ、ワンダーランドだけでもいいんですよ、モチロン。でも、行ってみて帰るのダルいなって事もあるかなって。今なら土曜日ちょうど空室だったから、予約だけでも入れておいてもいいのかなーなんて」 「そういう事じゃなくてさ……」 俺の必死のフォローは見当はずれだったらしい。ハル先輩は困った顔をして言葉を探している。 ええと、どういう事でハル先輩はいい返事をくれないんだ? 考えられることその1、そもそも俺と行きたくない。 これは元も子もないから、却下(希望)。 その2、ワンダーランドに行きたくない。 これはあるかも。記憶がなくても、潜在的に嫌な感じがしてる、とか。うーん、あり得る。これは最近知ったが、ハル先輩が偏食家なのもあいつの影響みたいで、それがこの記憶を失ったハル先輩にも受け継がれているのだ。食べたくても食べられないって言ってたから、身体が覚えてるって感じなのかもしれない。 もしこの理由だった場合、ワンダーランドは却下だな。他にもデートスポットは沢山あるから、ワンダーランドに拘らなくても。ただ、泊まり掛けのお誘いはしづらくなるけど……。 「ハル先輩、ワンダーランドは何となく行きたくない感じがあったりとかします?」 俺は、ハル先輩の言葉を代弁したつもりだった。けど、これも見当外れだった様で、ハル先輩は静かに首を横に振った。 「紫音はこういう所に連れていきたい相手、他にいるだろ?」 こういう所に連れていきたい相手、とは随分と遠回しな表現だけど、言いたい事は分かる。『彼女』と行けと言っているのだ。 「前も言ったけど、俺、ちゃんと一人で家で待っていられるよ。外出もしないし、戸締まりもちゃんとする。何なら連休中実家に戻ったっていい」 それなら安心だろう? 俺が言葉を探している内に、ハル先輩が続けた。これはもう、ストレートに伝えるしかなくないか。 「違うよ、俺はハル先輩と行きたいんです。他の誰でもなく、ハル先輩と」 俺はハル先輩をじっと見つめた。捉えようによってはこれは告白だ。ちょっと自信がついてきている俺は、そう捉えてくれてもいいかもって思ってた。 ハル先輩は、俺をじっと見たまま何も言わない。まるで俺の言葉の裏を探るみたいに。 「ついでに言っておくと、俺彼女なんていませんから」 俺の言葉に裏なんかない。『彼女』がいないのは本当だし、俺がデートしたい相手はハル先輩だけってのも本当なんだから。 これまで『彼女』の事を曖昧にしてたのが悪かったのかな。でも、周りから言われる『彼女』っていうのはハル先輩の事だったから、それを否定したくなかった。でも、ハル先輩の口から出る『彼女』だけは明確に誤りだったから、それは否定……っていうか、拒否反応出てたんだけどな。 「別れたのか……?」 ハル先輩は驚いた顔をして、それからなぜかちょっとショックを受けた様に言った。 「別れたっていうかなんていうか……。ややこしいんですけど、ともかく俺に『彼女』はいないんです」 「……ごめん」 ハル先輩はポツリとそう言って俯いてしまった。 「え?ハル先輩、どうしたの?」 「…………」 俯いたままのハル先輩から返事はない。なんで謝る?なんで下を向く?俺なんか変なこと言った? 「ワンダーランド、やっぱり嫌……?嫌なら無理しなくて…」 「紫音は、行きたい?」 ハル先輩が顔を上げてくれた。晴れやかな表情とは言えないけど。 「いや、俺はハル先輩と一緒ならどこでもいいんです。たまたまチケットがあったからワンダーランドだっただけで……」 「そうか、勿体ないもんな」 「いや、勿体ないっていうか、俺本当ハル先輩とならどこでも…」 ワンダーランドのチケットは本当にただの口実なのだ。ハル先輩とデート……お泊まりデートするための。 「紫音が俺とで本当にいいなら、行こう。ワンダーランド」 「え、いいんですか……?」 「うん」 「本当に?無理してない?」 「無理ってなんだよ。紫音の方こそ無理してるんじゃないのか?」 「何言ってるんですか。俺はハル先輩とデート出来るのが嬉しくて仕方ないのに!」 「………俺も、楽しみだよ」 ハル先輩の表情はなんだか終始晴れなかったけど、取り敢えずお泊まりデートにオッケーを貰えた俺は結構舞い上がってた。 何せワンダーランドっていうカップルの聖地?的な所で王道デートして、そのあと雰囲気最高のスイートルームなんかに泊まっちゃうんだから。普通ならうまく行かないものもうまく行く気がして、俺はいそいそとスマホで予約を取り付けた。

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