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confession 2

ついに待ちに待ったその日がやってきた。 張り切って早起きして借りてきたレンタカーの助手席にはハル先輩。いつかの旅行を彷彿とさせて、俺の期待は高まるばかりだ。 俺は単純なのかバカなのか、脈あり?って思い始めてからと言うもの、変な独占欲とか焦燥感がかなりなくなった。 ハル先輩への黒い感情は今や皆無だし、寧ろ感じなきゃならなかった筈の罪悪感とか相手を尊重する気持ちなんかが普通に湧いてきて、寝ているハル先輩で自慰するという最低な行為もピタリとやめた。 大好きだから、隣で密着して寝られてるとどうしても昂りはするけど、最低限のマナーとしてトイレに行く様になったし、無防備なハル先輩にキスするなんてのはもっての他だ。あの頃の俺は、腐ってどうかしてたのだ。ぶん殴って目を覚ませって言ってやりたい。 「俺、ここ知ってる……」 ワンダーランドに到着して、入場ゲートを潜ってすぐにハル先輩が呟いたから、俺はギクリとした。 「もしかして、なんか嫌な感じとかしたりします!?」 嫌な事を思い出しそうなら、今すぐ引き返さないと! 俺はそんな使命感でいっぱいだった。 「ううん。俺の記憶では初めて来た筈なのに知ってる様な感じがするだけ……ってことは、きっと忘れてるだけで本当は来たことあるんだろうな……」 「頭痛かったり気持ち悪かったりはしない!?」 「しないよ。俺、ここに嫌な思い出があるのか?」 「い……!いえ!別に!」 慌てて取り繕う俺を、ハル先輩がじっと見つめた。 「………あるんだ」 そしてポツリとそう言ったから、俺は即座に自分を責めた。 何やってんだ俺。こんなんじゃデート台無しじゃないか! 「ごめんなさい……」 「なんで紫音が謝るんだよ」 ハル先輩はそう言ってくれたけど、どう考えても俺の責任だ。やっぱりワンダーランドはよしておくべきだった。いくら恋人の聖地でも、お泊まりができるとしても、ハル先輩にとっては曰く付きの場所なんだから。 「どんな嫌な思い出?」 ハル先輩がさらっと聞いてきた。昨日の晩ごはんは何だった?くらいの軽いノリで。でも、言える筈ない。というか俺本当に馬鹿だ。ポンコツだ。言える筈のないことなのに、ハル先輩にわざわざ勘づかせる様な反応してみせて。 「ごめんごめん、冗談」 自分のダメさ加減に落ち込んでいた俺とは正反対のハル先輩の明るいトーンに、俺は一瞬呆けた。 「教えられないのはわかってる」 下げていた視線を上げて目が合うと、ハル先輩がにこっと笑った。 「意地悪な事聞いてごめんな。行こう」 ハル先輩が先に歩き出したから、俺も慌てて後を追う。深く追求されなかったのはよかったけど、ハル先輩無理してるんじゃ……。 「なあ、これ、外してもいいかな?」 横に並んだ俺に、ハル先輩が言う。これ、と指差した先は、俺が貸したサングラスだ。 「あの、でも、バレたら騒がれるかもですよ」 「俺は紫音程有名じゃないから」 そう言って辺りを見回したハル先輩は、やっぱり外す、とあっさりサングラスを取り払ってしまった。目立つ銀髪を隠すためのキャップはそのままだけど、サングラスを外してその美貌を余すことなくさらけ出したハル先輩はやっぱり目立つ。一般メディアに出ていない分、確かに俺ほど有名ではないかもしれないけれど、日本人離れした肌の色とか目の色、整った目鼻立ちは人の目を惹き付ける。 「あれ、テレビで見た事ある!」 その上、この笑顔だ。無邪気にはしゃぐハル先輩は、控え目に言ってももうむちゃくちゃに綺麗で可愛い。 「ハル先輩、遊園地そんなに好きだったんですね」 「ただの遊園地じゃないよ、ワンダーランド。俺、子供の頃から一度来てみたかったんだ」 ハル先輩は瞳をキラキラさせて園内を見回している。さっきまでの俺の心配は杞憂だった様で、俺は内心でほっと息をついた。 それにしても、こんなに喜ぶならもっと早く一緒に来ればよかった。 ………でも、楽しめるのは、やっぱり記憶がないせいかな。今のハル先輩は、本当に幸せそうだ。好きな人が笑っているのって、やっぱりいいなぁ。記憶を失う前は、ここへ来たってこんな風に笑えなかったのかな。どうなんだろう。試さなかったから、わからない。あいつと行った所は無意識に……いや、意識して徹底的に避けていたし。 二人してポップコーンを肩からかけて園内を歩いた。そんなカップルがこの場所にはごまんといて、やっぱここはテッパンだよなと思わされる。俺は右へ倣えな性格ではないけど、それでもいかにもなこの場所でのデートは心躍るものだ。 でも、ここには恋人の聖地であるが故の宿命か、別れのジンクスもあるらしい。そのジンクスは、突き詰めれば並ぶ時間が煩わしいからだったり、お互いの要領の悪さとか気の短さとかに嫌気が差す事が原因らしいが、そんな事でイライラする様なら元々相性が悪いか、若しくは相手をそんなに好きじゃないかだと思う。だから、そいつらはここへ来ようが来まいが遅かれ早かれ別れる運命なのだ。 俺とハル先輩は違う。だって俺は、アトラクションに並ぶ今の時間でさえ幸せだし楽しくて仕方がない。隣に大好きな人がいるんだから、当然だ。楽しみだね、と笑顔を見せられれば疲れも吹き飛ぶし、長い行列にうんざりする事なんて皆無で、アトラクションよりも寧ろ二人でこうしている時間の方が楽しいのかもとさえ思う。俺達は二人とも男で、どっちも特にお喋りな方でもないから、お互い無言でいる時間も長いけど、ハル先輩とのそれは居心地がいいし、俺は可愛いハル先輩を見ているだけで、勝手に元気になって、勝手に癒されて、幸せになれる。 ハル先輩が俺をどう思っているかはまだはっきりしないけれど、少なくとも長い行列を見てうんざりした様子もなければ、列が一向に進まない事にイライラしてる様子もなく、俺の隣で穏やかに笑ってくれている。 俺はハル先輩が大好きだから、もしもハル先輩が苛ついていたとしても、それはそれで可愛く思えてなだめ透かしてしまうんだろうなとは思うけど、でも、こうして同じ空気感を纏える事は幸せだな、と素直に思える。そして、こうだから俺はハル先輩に惹かれて止まないんだ、とも。 日が落ちてから始まったパレードは、要領が悪くて気づいたら見やすい所は人で埋め尽くされてしまっていた。でも、遠くからでも、多少見辛かったとしても、ハル先輩となら最高に楽しかった。 俺よりも背の低いハル先輩が、よく見える隙間を探して四苦八苦する姿は可愛くて、抱き上げて見せてあげたいくらいだった。ハル先輩のプライドの為に実行はしないけど。 俺達は最前列で見ているどのカップルよりも、誰よりも楽しんでるって断言できる程に、今日1日が幸せだった。だからこそ、パレードのフィナーレは哀愁を感じた。まだホテルでのお泊まりだって残されているけど、それでも指折り数えて楽しみにしていたこの日が、刻々と終わりに近づいている。

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