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confession 4

「ごめんハル先輩。俺、もっとハル先輩とこういう思い出作ればよかった」 「何で謝るんだ?俺は今日こんなに楽しい思いをさせて貰って、紫音にありがとうって気持ちしかないのに」 「もっと作ろう。これまで行けなかった所に沢山行って、俺といい思い出いっぱい作ろう!」 ハル先輩は俺の言葉に微笑んだけれど、ふと視線を下に向けた。なぜかどことなく悲しげで、そんな儚い雰囲気は綺麗過ぎて俺は今日何度目になるのか、また見惚れてしまっていた。 「紫音は、優しいな」 「え?」 ハル先輩が下を向いたままぽつりと言った。 「俺なんか……ただの部活の先輩ってだけなのに」 「それだけだって思いますか?」 反射的に返した俺の言葉に、ハル先輩は顔を上げて俺の目を見て、でもばつが悪そうにまた直ぐに俯いた。 「ハル先輩は知らないかもしれないけど、俺、誰にでも優しい訳じゃない」 「分かってる」 そう言うけど、ハル先輩は分かってないと思う。俺がどういう意味で、どういう理由でハル先輩にだけこんなに優しいのか。 「紫音はまた怒るかもしれないけど……」 俺が俺の気持ちをどう伝えようか……ありのままを伝えるのか、オブラートに包むのかを未だに女々しく悩んでる隙にハル先輩が口を開いた。でも、この出だしは、やっぱり分かっていないそれだ。 「俺は、紫音が俺を気遣ってくれてるのと同じ様に俺だって紫音を思い遣りたいんだ。もう、俺の為に紫音に犠牲になって欲しくない」 ほらやっぱり。やっぱりハル先輩は分かっていない。 「俺、オーナーに頼んだんだ」 「?」 「部屋、別々にして欲しいって」 「え?」 寝耳に水だった。どう自分の気持ちを告白すればよいか、という悩みが一気に吹き飛ぶ。 「なんで……?」 キスしたせいか?セクハラを受けるのはもう沢山だ、とか?それとも、もっとやばい、眠るハル先輩の隣でしてた行為が実はバレてて、気持ち悪いと思われていたとか……。 「俺が側にいたら、紫音に迷惑かけるから……」 ハル先輩の答えは俺の危惧していたものとは違った。けど、だからホッとするという訳でもなく、なんでこうも伝わらないんだろうってため息が出る様なもので。 「ごめん」 俺は無意識に実際ため息をついてしまったらしい。ハル先輩は視線を落とした。見るからに落ち込んでいる。 「オーナーは、なんて?」 「だめだって……」 その返答を聞いた俺はほんの少しほっとした。元々この同居は、オーナーの命令だった。それが今度は別居を指示されてしまったら、それを覆すのは多少面倒だ。当然そうなったとしても覆すつもりだが。 「でも、どうしてもそうしたいなら、二人で話し合えって……」 オーナーの奴、責任を丸投げしやがって。ハル先輩を拉致監禁した奴が未だに野放しな事も、俺がハル先輩を傍におかないとどうなるかも知っている癖に。 ハル先輩は俺の顔色を伺うように視線だけを上げている。俺はそんなに怖い顔をしているのだろうか。確かに腑に落ちない点はいくつもあるし、俺はこんなにいつもど直球ストレートなのに、どうして伝わらないんだろうって思いもあって、でも、大好きなハル先輩を脅えさせたい訳じゃないのに。 「俺は、一緒にいたい」 「でも、それじゃあ……」 ハル先輩が口をつぐむ。言いにくい事がある、というよりも、どう伝えようか考えあぐねている様な風に。 「俺は、ハル先輩と一緒にいて不利益なんて全く被ってないし、寧ろ一緒にいたいんです。ハル先輩が俺の為を思うんなら、そうしてください。お願いします」 我ながら俺はずるい男だ。ハル先輩に言葉を見つける隙を与えずに自分の気持ちだけを押し付けて。でも、いつもは口をつぐんだまま丸め込まれてくれるハル先輩は、今日は違った。 「紫音は気付いていないのか?そんな筈ない。気付いてて、知らないふりをしてるんだろ?」 顔を上げて真っ直ぐ俺を見たハル先輩の視線には、もう迷いがなかった。覚悟が決まっている様にも見えて、これはもう簡単には誤魔化されてはくれないかもしれないと思った。けど、言われている意味が俺には分からない。 俺が考えていたら、ハル先輩が意を決した様に口を開いた。 「紫音が彼女と別れたの、俺のせいだろ」 「それは……っ」 それはちがう。 「それに、バスケ以外の仕事が忙しいのだって、俺の分も働いてるからなんだろ。俺、もう何も分からない訳じゃない。色々知ってる。今まで気づかなかったのは悔しいし申し訳無いけど、もう知ってる……!」 「俺は紫音には頭が上がらない。本当に感謝してる。だからこそ、紫音の負担でいるだけなんて嫌なんだ。拐われて、ヒガイシャになって、紫音から見たら俺は不甲斐ないかもしれないけど、それでも、こんなんでも俺は男だ。守られて、大事にされてるだけなんてもう沢山だ。俺だって紫音を大事にしたい。もうこれ以上紫音の人生を邪魔したくない」 一気に言い切ったハル先輩に、俺は返す言葉を失っていた。言いたい事は沢山あるのに……。 ハル先輩が思っている「彼女」なんてそもそもいない。でも、俺が否定してあげられるのはその事だけで、それ以外は事実で、それを知られていたことにも驚いたけど、それ以上に、ハル先輩が実質俺に囲われている事に対しての想いが、俺の胸には一番堪えた。俺は、俺の思い通り、言い付け通りに囲われてくれるハル先輩にどこか牡としての優越感を得ていたのではないか。同じ男であるハル先輩を守る対象にして。そしてその事にハル先輩は屈辱を覚えていて、でも俺のハル先輩に対する想いはそれを否定できないもので。 もうなんだかんだ考えるのはやめて、全て話せばいいのか。 俺はハル先輩が好きで、記憶を失う前はお付き合いをしていて、結婚の約束だってしていて……。それが俺がハル先輩を守りたい理由、一緒にいたい理由、誰よりも何よりも優先したい理由。でも、それをハル先輩に伝える事は、ハル先輩の屈辱をより深く抉るものではないのか。だって俺は、ハル先輩を女として扱いたがっている事を否定できない………。 「ようやく会えた」 なんてタイミングだと思った。なんでこの人が、ここに。 「君にずっと会いたかったんだよ、椎名くん」 突然俺達の席にやってきた男に浅黒い手を差し出されたハル先輩は、いきなりの事に目を丸くして男を見上げている。 「映像で見るよりも実物は何倍も美しいじゃないか。この髪と瞳の美しい色合いは、ただスポーツを撮るだけのカメラには写し出せない様だ」 なあ紫音。そう続けた男の言葉を聞いて、面食らっていたハル先輩の丸い目がこちらに向けられた。 「こんな所で何してるんですか、新井田社長」 「何って、君たちを待っていたのさ」 「はあ?」 「紫音がなかなか君に会わせてくれなくてね。ここのスイートのチケットでもあげれば、紫音は絶対に君を誘うだろうと思ってたよ。この連休か、君の誕生日かでヤマを張ったんだが……予想が当たって何よりだ」 社長は格好つけながら、わざとらしく俺を無視してハル先輩に話しかけた。 「チケットを……って、もしかしてアウルムの……?」 「ああ、紫音に聞いていたかい?申し遅れたね、アウルムの社長をやらせて貰ってる、新井田です」 よろしく、と再び差し出した社長の手を、ハル先輩は慌てて立ち上がって握った。 「すみません!お顔を存じ上げていなくて……」 「そんなに堅くならなくて大丈夫だよ。それよりせっかく会えたんだ。あっちで一緒に飲まないか?」 あっち……とは、ラウンジの奥にあるバーだ。新井田の様なスーツならいいが、カジュアルな格好の俺達が行けば浮くだろう、そんな雰囲気の。 「遠慮しておきます」 浮く浮かないは関係なく断る気満々の俺が、返答に困っているハル先輩の代わりに答えるが、新井田はハル先輩の腕を強引に引いた。 ふざけんな! 一瞬でかっとなった俺は勢いよく立ち上がってハル先輩の腕を奪い返す。 ハル先輩はびっくりしたのか呆然としていた。新井田は、睨み付ける俺の視線に驚いた後に、にやりと笑った。 「ナイト様がお怒りの様だ」 ちょっと姫に触っただけなのに。 その言葉は、ただ俺達をちゃかしただけなのかもしれない。けど、それを聞いた俺とハル先輩が思い出したのは、もっと根の深い問題だ。ハル先輩はずっと悩んでうんざりしていて、俺にとってはついさっき自覚したばかりの。俺は咄嗟に返す言葉が見つからなくなって、新井田は不思議そうに眉を上げた。

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