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nightmare 1
色のない夢を見ていた。
寒気がするほど無機質で孤独な景色がどこまでも続いている。まるで綱渡りの様に不確かな足場。一歩誤れば暗い暗い奈落の底へ一直線だ。
そこへ落ちたらどうなるか?──腐るのだ。どす黒く塗りたくられて、身体の外側も内側も醜く腐っていく。
何で知ってるのかって?それはね───。
ザー…………。
───この音知ってる。アナログテレビの砂嵐だ。幼い頃は不気味で怖くて嫌いだった。今聞いても相変わらず不気味だな……。
目を閉じると、また色のない世界が迫ってきた。
眠りたい訳じゃない。気味の悪い砂嵐に閉じ込められたい訳でもない。ただ、覚醒と同時に大切な何かを喪った様な気がした。この胸を締め付ける、何かを。
もう一度眠れば、あの世界に戻れば、それを思い出せるんじゃないかと思った。けれど、さっきまで確かに見ていた筈のイメージが、揺さぶられた感情が、あの景色の記憶が霧状に粉々になって零れ落ちていってしまう。まるで逃げていく様に……。
だめ……!
ツーっと頬に涙が伝った。
俺は天井に向かって、空虚を掴むように手を伸ばしていた。
───悲しい。どうしようもなく悲しい。
なぜ……?
───なぜ?
涙が流れる。
霧が晴れていく。あの中に置き忘れた大切なものに、手が届かないまま…………。
ザー…………。
砂嵐。
───違う。これは雨音だ。ベッドの横にある大きな窓を雨が叩いているのだ。
瞼は、たった今開けたばかりという訳ではない気がするけど……分からない。それまで何をしていたんだっけ。
「え……?」
瞬きと同時に涙が零れ落ちて驚いた。
例によって内容は覚えていないけど、酷く辛い、悲しい夢を見ていた気がする。
身を起こす。また、涙が零れる。次から次と止めどなく溢れてくる。困った。
横たわっていたダブル以上に広いベッドの隣では、紫音が静かな寝息を立てて眠っている。
「紫音」
吐息だけで呟いた。紫音を起こそうとしたんじゃない。さっき確認した現在時刻は午前5時過ぎで、おはようと言うには非常識な時間だ。そうでなくとも、意味もなく人の睡眠を妨げるなんて嫌がらせ以外の何物でもない。
それなのに名前を呼んでしまったのは、「思わず」としか言いようがない。さっきから止まらない涙と同じ、無意識だ。今こうして、紫音をじっと見つめているのも。
数分そうしていて気付いた。紫音を見ていると悲しくなることに。
無意識から身体の自由を奪い返すと、そうっとベッドから下りた。忍び足で寝室を出る。
洗面所の鏡に写る自分の顔は、酷いものだった。泣き腫らして赤らんで浮腫んだ瞼に、なぜか青ざめた頬。
顔を洗ってみても、少しも改善しない。シャワーは……無理か。
シャワールームは寝室の奥。紫音を起こしかねないし、紫音の顔を見たら、漸く止まった涙がまた出てきそうだし。
リビングルームでバルコニーに続く窓のカーテンをほんの少し捲ってみる。空はぶ厚い雲に覆われていて、バルコニーの床を、想像以上に激しい雨粒が叩きつけている。
手持ちぶさたにソファに腰掛けると、視線の先のテーブルが滲んでいた。
またか。まだ泣くのか。一体なんなんだよ。
両手で目を覆う。早く止まってくれと念じながら。
暫くそうしていたら、願いが通じたのか目元に押し付けた掌が濡れなくなった。ほっとしたのも束の間、顔を上げると同時にまた涙が落ちた。
このままじゃだめだ。
乱暴に涙を拭うと、ソファから立ち上がった。
ここにいるのがよくないのかもしれない。ともかく、気分転換が必要だ。
何かに追われる様に部屋を出て、このフロアー専用のエレベーターに乗り込んだ。行き先ボタンとにらめっこする。
ホテルの外へ出るのは流石にやめておこう。酷い雨だし、紫音にバレないとしても一応自衛の義務もある。
どうしよう。どこへ行こうかな……。
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