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nightmare 6

「あの。もう紫音にはそういうのやめていただけませんか」 「ん?紫音?」 「人の恋愛に口出しするつもりはありません。けど、失礼を承知で申し上げますが、新井田さんはただの身体目当てに見えるんです。すみません、違ったら謝ります」 「ははは、参ったなぁ。身体目当てかぁ……。まあ、否定はしないよ。大人の恋愛とも言えると思うけどね」 「……そういうの、気にしないで割り切れる人もいると思いますが、俺はそういう誘いを受けるのは不快ですし、紫音も真面目なので、きっと……。だから紫音にはそういうアプローチするの、もうやめて欲しいんです」 「不快、か。直球だなぁ。けど紫音は俺との駆け引きを楽しんでるかもしれないじゃないか」 「そんな事は……ない、と思います。第一紫音にはちゃんと彼女がいましたし」 「彼女?それは初耳だ。紫音に女の影なんて微塵も感じたことないけど」 「プライベートと仕事をきちんと分けるタイプなんでしょう」 「いやあ、そういう感じじゃないよ紫音は。寧ろ逆だ。あいつは公私混同しまくりじゃないか」  そう言われると言い返せない。被害に遭った俺を心配し過ぎてバスケに集中出来ていなかったというエピソードを思い出してしまったから。 「ああ成る程。それで……紫音に女が居るって思って別れたの、君たち?」  新井田さんがしたり顔で聞いてくる。 「いえ。ですから別れるも何も、俺と紫音は何でもないんです。紫音は女の子が好きな普通の男です。同性にアプローチされて楽しんでるとかそういうの、考えられません」 「まあ確かに紫音がノンケ臭いってのは同意する。けど、だからって女の尻追い掛けてる風でもない。俺に言わせると、紫音は春以外男にも女にも興味ないって感じだな」 「それは勘違いです。紫音は俺の事なんか……」 「……お前たちってほんっと謎だな。紫音も春の事守ろうと必死だし、春も紫音を守ろうと思ってるから、俺のやり方にケチつけてるんだよな?」  新井田さんが少し棘のある言い方をした。不快だとか、紫音にアプローチするなって言ったのは、やはり新井田さんの堪に障っていた様だ。けど、俺も引く気はない。紫音が俺にバスケ以外のことをさせたがらなかったのは、自分が新井田さんにこういう嫌がらせを受けていたからなのかもしれない。俺はまた、知らない所で紫音に守って貰ってたんだ……。けど、俺だって────。 「……俺に守られる程、紫音が弱くない事は知ってます。けど、俺は紫音が大切だから……紫音には傷付いたり嫌な思いをして欲しくないんです。俺に出来ることなんてたかが知れてるけど、それでもせめて出来ることはしたいんです」 「へえ、それはご立派だ。けどそれってある意味我が儘だと思わない?春は紫音を守ったつもりになってさぞ気分がいいだろうさ。上手く行けば紫音から感謝されるかもしれないし。そうなれば紫音からの評価が上がって、一晩くらい抱いて貰えるかもな。けど俺は?俺は紫音を口説けなくなって、紫音との間に何の可能性もなくなる。当然紫音を抱くこともできない。それってフェアじゃない。そう思わないか?」 「俺は別に紫音から感謝されたくて言ってる訳じゃ、」 「そういう精神論は今関係ないんだよ。物事は結果が全てだ。分かる?そして、引き起こされる結果は俺がさっき言った通り。俺は損しかしない。そんな話に乗る気はないな」  言い返す言葉が見つからない。俺は損得の話をしてるんじゃなく、ただ紫音に嫌な思いをして欲しくないだけなのに……価値観が違いすぎるのだろうか。どう言えば分かってくれるんだろう……。  ない頭を捻っていると、新井田さんがにやっと笑った。 「けど、俺からの条件を春が飲んでくれるなら話は別だ」 「条件……?」 「春を抱かせて。今すぐにね。春が身体で代償を払ってくれるんなら、紫音との可能性は諦めることにしよう」  一瞬、頭が真っ白になった。そうか、そういう脅迫の仕方もあるのか…………。  つまり、いま俺がこの身を投げ出せば、紫音はもう嫌がらせを受けなくて済むという事だ。  紫音が俺の分のオファーも受けて仕事してた事は恐らく間違いない。その度毎に……少なくとも新井田さんと仕事する度に紫音はこういう思いをしてきた。俺の事を庇い、守る為に俺の分まで傷付いてきた紫音の事をほんの少しだけでも助けられるなら、守れるなら、一度くらい我慢することは容易いのではと思ってしまう。寧ろ、紫音が俺のせいで犠牲にしてきた事を考えれば釣り合わないくらいだ。だって紫音は俺を守るために大袈裟でなく全てを犠牲にしてきた。ただの学生時代の先輩ってだけの俺が紫音の大切な時間を奪ってきた罪は大きい。とても大きい。紫音は俺に時間を費やし過ぎたせいで、大事な彼女とも別れる事になってしまったのだから……。  ───決心が鈍らない内に。そう思いながら顔を上げる。口元に嫌な笑みを浮かべた新井田さんが俺の返事を待っていて、決心が早くも鈍りそうになる。 「ちゃんと約束してくれますか……?」  声が、ちょっと震えた。「抱かせて」って言うけど、一体何をするんだろう……。俺も新井田さんも男だから、普通の性交はできない。けどだからってまさか文字通り抱き締めるだけで終わる訳ではないだろう。そうであって欲しいけど、新井田さんさっきはっきりと「セックス」って言ってたし…………。 「……っぶ!」  想定してなかった声(音?)に視線を上げると、ずっとちょっと怒ったような顔をしていた筈の新井田さんが、嘘みたいに笑い転げていた。 「ぷくく……、冗談だろ春。バスケ捨てる覚悟で俺の誘い断った癖に、こんな事で落ちてくれるの?」 「こんな事じゃないです」 「こんな事だよ。春、君はガードが堅いんだか緩いんだかよく分からないねえ……」 「俺はただ、紫音の助けになりたいだけです……」  俺は紫音の役に立つんだ。自分にできる事をして、守るんだ。そう決心した癖に……怖い。果たして俺は耐えられるのだろうか。好きでもない相手に、男に、身体に触れられる事を我慢し続けられるだろうか……。  甦ったのは、握手会に来ていた人の事。握られた手の感触。じっとりとした目付き。暴言。Tシャツを汚された事。そして公園のトイレで────トイレ……?トイレで、何かあったっけ……?──あった様な気がする。何か、凄く怖いことが。なんだ……?思い出せない。モヤモヤしてる。気持ち悪い。けど、その霧を払おうとすると、決まって頭痛が起こるんだ。ほら、やっぱり。頭がズキズキし始めた……。 「春は綺麗だね。見た目の事じゃない、心が綺麗だ。凄く澄んでて濁りがない。俺もこれまで色んな子を見てきたけど、こんなに綺麗な子には初めて会ったよ。紫音があれだけゾッコンになるのも、分かる気がするな」  新井田さんが何か喋っている様だけど、声が、音が聞こえない。代わりに頭の中で、声がした。  ───忘れるな。忘れちゃだめだ。思い出せ。思い出すんだ。何があったのか。誰を恐れなければならないのかを───。 「それにしてもお前たち、呆れるくらい相思相愛じゃないか。ますます分からないんだけど、何でそんなに関係拗らしてるんだ?」  ダレヲ、オソレナケレバナナラナイカ───。

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