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nightmare 7
パチン。
大きな衝撃があって、夢から醒めたみたいに唐突に音が甦った。
「おい春、どうした?何で頭抱えてるんだよ。もしかして、さっきのも冗談だって通じてなかったりする?」
周囲の喧騒に、新井田さんの声。いつの間にやら顔を覗き込まれていて、目の前で手を振られる。さっきの音は、新井田さんが目の前で手を叩いた音かもしれない。
「春?……大丈夫か?」
「すみません。大丈夫です」
本当は大丈夫なんかじゃない。頭痛は止んだけど、頭はまた半分寝てるみたいにぼーっとしてるし、けど頭の片隅どころか大多数を占めてる「この後の事」を考えると物凄く気が重い。それに、さっき頭の中で響いてきた言葉も気になる。あれは、「春」の声……?
「顔色が悪いな……」
珍しく新井田さんの顔に笑顔が張り付いていない。どうやら本気で心配してくれているらしい。
「大丈夫です。それよりも、さっきの約束はきちんと守ってくれるんですよね?」
それをちゃんと約束してくれなきゃ、今後の事はそれこそ俺にとって損しかしない。出来れば書面にしてもらいたいくらいだ。
「さっきの約束?」
「……その、ですから……俺が新井田さんの部屋に行く代わりに、紫音を諦めるって約束です」
ちゃんと確認してよかった。全部終わった後にのらりくらりかわされても泣き寝入りしか出来ないから。けど───。
「あれ、聞こえなかった?さっきのは冗談だって。春が部屋に来てくれるのは大歓迎だけど、春ほど綺麗な子を無理矢理抱くのは流石の俺も気が引けるからね。ちゃんと正攻法で口説き落とすことにするよ。何よりもその方が美味しそうだし」
───脱力した。思わずテーブルに突っ伏しそうになるくらい。冗談、だったのか……。よかった……。けど、と言うことは話はまた振り出しって事か。
しつこい様だけどまた紫音の事をお願いしようと顔を上げたら、新井田さんの視線が横に逸れていることに気づいた。
釣られて追ったその視線の先には、制服のホテルマンが立っていた。ちょうど、俺の斜め後ろだ。
「お話の所大変失礼致します。スイートにご宿泊の椎名様でいらっしゃいますか?」
俺たちの視線を集めたホテルマンが恭しく一礼してから、俺に向かって言った。急いでいるのか、丁寧ながらも少し早口だ。よく見ると、ラウンジの入り口に立ってた人だった。入るときにルームナンバーを告げた。
「そうですけど……」
何だろう?そう言えばルームキーとか、あの部屋に泊まってる事を証明するものを持っていなかったから疑われているのだろうか……?
「お連れ様がお探しです」
どうやら疑われていた訳ではなかった様でほっとしたけど、お連れ様って紫音……?
紫音が来たのかと出入り口を振り返った俺に、ホテルマンが続けた。
「お連れ様はお客様を捜しに外へ出て行かれた様で……」
「え、外……?」
「はい。この雨なのでフロントでもお止めしたみたいなんですが、どうもお連れ様は大変お慌てになっていた様で、制止も振り切って飛び出して行かれたと……」
窓の向こうの雨の勢いは先程と少しも変わっていない。この雨の中外に飛び出して行くなんて紫音は一体何を───。
「俺、紫音を連れ戻して来ます!」
どうして。どうして今の今まで俺は自分の行動が紫音に及ぼすであろう混乱を予測できなかったんだろう。
居ても立ってもいられず威勢よく立ち上がった──のはいいものの──。
「おっと危ない。大丈夫?体調が悪いんだろう。無理するな、春」
いつ傍まで来ていたのか、新井田さんがふらついた俺の身体を支えてくれた。───さっきから頭の中がおかしいせいだ。一歩踏み出した途端目眩がして、新井田さんの助けがなかったら倒れ込むところだった。
「すみません。けど、俺が行かないと……」
俺のせいで紫音は……。
「……分かったよ。俺も付き添おう」
新井田さんの手から離れ、一歩踏み出す。まだ足元がグニャリとした変な感覚ではあったけど、こういうものだと分かっていればなんて事はない。今度は転ばずに行けそうだ。
可能な限りの急ぎ足でラウンジを出ると、ホテルマンのお兄さんが先回りしてエレベーターを呼んでくれていた。お礼を告げて即座に乗り込む。さっきの言葉通りついてきてくれた新井田さんも一緒に。
「紫音は何でこんな事……」
篭の中で、新井田さんは腕組みをして首を傾げた。
「俺のせいなんです。俺が心配させてしまったせいで……」
新井田さんの首が更に捻られた。追求の視線を向けられたけど、これ以上何をどう言えばいいのか……。
俺と紫音の間に横たわる問題が、この篭が1階に到着するまでのわずかな時間で端的に説明できるようなものではない事だけは確かだ。
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