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nightmare 10

「ハル先輩、ごめん。嫌な思いさせて、ほんとに……」  紫音は、俺が泣き出したのは自分が告白したせいだと勘違いをしているらしい。俺は直ちに首を横に振った。  この感情と涙の理由が、今なら分かる。俺の記憶がそうさせているのだと。俺は紫音の事を忘れてしまうのが、紫音を失う事が辛かったのだ。こんなに、胸が張り裂けそうな程に……。 「けど、それでも、どうか……どうか、俺にハル先輩を守らせてください。ハル先輩の記憶を、思い出を取り戻す手伝いをさせてください。辛い道のりになるのは間違いないけど……。けど俺、ハル先輩の言葉を聞いてようやく決心がつきました。ずっと本心を隠してきたけど……俺はハル先輩の記憶を取り戻したい。俺の事、思い出して欲しいんです……」 「…………どうして、今まで言ってくれなかったんだよ」 「え……」  驚いて絶句した紫音の表情が、ほんのりと期待を帯びたものに変わるのは早かった。俺は慌てて首を振る。 「違うよ、ごめん、思い出した訳じゃない。けど、分かるから」  不思議なくらい、すっと涙が引いて胸が晴れた。ああやっぱり間違いない。今度は絶対に。ボタンの掛け違いでも勘違いでも何でもない───。 「俺と紫音は、特別な関係だったんだな」  紫音が目を見開いた。そんな事言われるなんて思ってもみなかったって顔だ。 「言って欲しかった。俺も紫音のことが好きで、けど、まさか紫音が俺を好きになる筈ないと思って……結構悩んだり苦しんだりしてたから」  紫音がさっきよりも大きく目を見開いた。口まであんぐり開けて。 「……まさかそんな。ハル先輩が、俺を……?」 「そんなに驚くことないだろ。元々そういう関係だったんなら」 「そ、そりゃあ。期待したことはありましたけど、今のハル先輩から好かれるのは殆ど奇跡だなって思ってたし、いや今でも信じられないんだけど……ていうか、あれ……?じゃあ、『都合の悪いこと』ってどういう……?」 「昨夜の話?」  紫音が頷く。 「紫音に振られたんだって思い込んでた。だから忘れちゃったんだなって」  紫音がまた口をあんぐりと開けて愕然としている。 「そ、そんな、あり得ないです!俺がハル先輩を振るなんて……!」 「俺にとってはあり得なくなかったから」 「いや。いや、分かるでしょ!態度で!好きでもない相手にこんだけ粘着してたら、確かにハル先輩の言うように病的ですよ!」 「だから、俺は紫音にトラウマを背負わせてしまったんだって思って……」 「なんでそう思うんですか?」 「だって普通俺を好きなんて思わないよ。第一、紫音は彼女がいるって言ってたし……」 「あ……。けどあれは、ハル先輩の事なんです!」 「俺……?けど、他のチームメイトも知ってる様だったけど……」 「それは、ハル先輩が女装してチームの飲み会に来たからで……」 「じょ、女装!?」 「その話は後でまたゆっくり」 「いや、凄い気になるんだけど」 「長くなりそうですから。それよりももう一度確認してもいいですか。ハル先輩、ほ、本当に俺の事好きなの……?」  女装の件は後で絶対に問い質す。そう心に誓いながら頷く。 「好きだよ」 「────!!」  紫音が言葉にならない声を上げて頭を抱えた。その様は一見苦悩してるみたいで、俺は一瞬不安を覚えた。けど、がばっと頭を上げて一瞬で俺のすぐ隣まで移動してきた紫音は満面の笑みだった。  「嬉しい!嬉しすぎます……!こんな日が来るなんて……!ハル先輩!好きです!好きです!大好きです!」  その熱量にはちょっと圧倒されたけど、妙な懐かしさも覚えた。知らないけど知ってる。これはなんとも不思議な感覚だ。

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