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remind 1

「春くん!」  チームを二つに分けた練習試合の直後、汗がだらだら流れ続ける顔にタオルを押し付けていると、体育館の入り口の方から声がした。正直ギクリとしたけれど、平静を装って駆け寄った。 「刑事さん、お久しぶりです」 「本当に久しぶりだね、春くん」 「はい。あの……何か進展でも……?」 「ごめん、そうじゃないんだ。近くに来る用事があったから、春くんの顔が見たくなって」 「そうですか。相変わらずお忙しそうですね……」  刑事さんの顔つきは少しげっそりして見えた。  少し前、管轄内でセンセーショナルな事件が起こって、現在進行形で世間を賑わしている。その事件の捜査に小野寺さんも駆り出されることになり、ここ最近彼はかなり忙しくしている様だ。実際会うのも数週間ぶりだった。 「マスコミにあれだけ騒がれてしまうと、どうしても。早く成果を出せってせっつかれるものだから、下の人間は大変だよ。……あ、けど、だからって春くんの事件を疎かになんかしてないから安心して」 「すみません。けど、無理はしないでくださいね」  刑事さんはありがとう、と微笑んでから体育館の中を見渡した。 「あ、紫音に用事でした……?」 「う、ううん、用事はないけど、今日はいないんだ?」 「急遽、遠征が入ってしまって」 「どこに?」 「台湾です」  ふうん。そう頷いた一瞬、刑事さんの雰囲気が変わった気がした。 「じゃあ今夜は、春くん一人なんだね」  刑事さんの微笑が酷く歪に見えて、ズキンとこめかみが脈打つみたいに痛んだ───。 「……くん、春くん、大丈夫……?」  俺はまた、「固まって」しまっていたのだろうか。気が付くと目の前に刑事さんの心配そうな顔があって、ぞっとした。  どうしてなのか分からない。どうして、刑事さんに対して「ぞっとする」なんて感情を抱いてしまうのか。  これは紫音にはまだ話していないけれど、過去の記憶に混じって、時々断片的な「今」の記憶も蘇るのだ。過去ではなく、大人になった現在の自分が、望まない相手に身体を触られたりしている記憶。それが過去のものじゃないと言い切れるのは、記憶に現れる場所が、今現在紫音と暮らしているあの家の自分の部屋だからだ。  もしかしたら、色んな記憶が混ざりあって、頭が混乱して、正しくない記憶を見ているのかもしれない。けれど、そうだと言い切れないのは、自分の「今」の記憶にもいまいち自信がないからだ。  俺は、今でも時々記憶を失っている。どうも、自分にとって都合の悪い記憶をなかったことにして、弱い心を守るのが癖になってしまっているみたいだから……。  「椎名くん、どうした?」  頭が割れるように痛い。薄目を開けると、駆け付けてきてくれたのか、頭上に勝瀬さんの姿が見えた。いつの間にか蹲ってしまっていたらしい。 「春くん、頭が痛いの?」  なるべく、刑事さんの顔を見ない様にしながら頷く。 「もう今日は練習続けるの、無理じゃないでしょうか?」 「ですね。椎名くん、家に帰って休もう。俺、送ってくよ」 「い……いえ……少し、休めば……落ち着きます……から……」  練習の途中なのに勝瀬さんに迷惑をかけるわけにはいかない。まだ意識を保てるレベルだから、少し休めばなんとかなりそうだし……。 「だめだめだめ。無理は禁物だよ、椎名くん。いつもより大分酷そうだし、こんな状態の君を練習に参加させたって知られたら、俺が紫音にどやされるんだから」 「どうかしたのか?」 「ああ、豊田いいところに。椎名くんがちょっと調子悪いみたいで。俺これから家まで送ってくからさ、コーチに伝えといてくんない?」 「椎名、大丈夫か?」 「多分。いつものあれ、の酷い版だと思う」 「ああ、あれか。了解。コーチに言っとく」  俺の意志置いてきぼりで勝手に話が進んでいる気がする。  大丈夫です。ここで休んでます。そう言いたいのに、治まらないどころかどんどん酷くなる頭痛のせいで意識が朦朧としてきた。心苦しいけれど、家まで送ってもらう、という迷惑をかけるのはもう仕方ないかもしれない。けどせめて、自分の足で歩かないと───。 「いつものあれ……って?」 「ほら、椎名くん最近少しずつ記憶が戻ってるじゃないですか。そのせいで練習中でも突然体調崩しちゃうことがあって。ここにいる全員が椎名くんの事件の事とか記憶喪失を知ってるわけじゃないけど、上の人間と一部のチームメイトは把握してるんで、そういう時は知ってる俺らが助けになろうって話になってまして」 「春くんの、記憶……」 「え、あれっ、もしかして刑事さん、知らされてなかった……?」 「……い、いえ、知ってましたよ。当然じゃないですか」 「そう、ですよね。よかったー。焦ったー。また紫音にキレられるとこだったー」 「勝瀬さん、でしたよね?」 「はい」 「春くんは僕が家まで送っていきますよ。練習、行ってください」 「え、けど……」 「僕じゃ心配ですか?」 「い、いえいえいえ、滅相もないです。刑事さんに向かってそんなこと……」 「春くんもきっと、勝瀬さんの貴重な練習の時間を奪うのは本意じゃないと思うので」 「……確かに。椎名くんって、ほんっとに遠慮する子だから」 「ええ。後で謝り倒されるのは、勝瀬さんも本意じゃないでしょう?」 「……ですね。じゃあ、お願いしちゃってもいいですか?」 「もちろんです」  ───身体が持ち上がった浮遊感に、一瞬意識が引き戻される。勝瀬さんかな……。本当、申し訳ないな…………。  浮上した意識を長く保っていることはできなかった。強い力で引っ張られる様に、闇に落ちていく───。

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