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remind 2

「小野寺さんが怖い!?」  最後の面会相手となる人は、刑事さんだった。刑事さんが一番最後になったのは、どちらの意図でもなく、忙しいであろう刑事さんとアポを取るのが難しかったからだ。その間に色んな人と会って、色んな場所に行って、俺の過去の記憶は少しずつ増えてきた。  そんな中、今のものと思われる苦痛の記憶を時折見るようになって、もしかしたら俺には今現在も何かが起こっていて、現在進行形でその記憶も無くしてしまってるのではないかと思うようになった。  現在の記憶と思われるものは過去のものと比べるとすごくぼんやりとしていて、俺に伸し掛かってくる相手の顔も体格も何も分からない。その相手は───俺にとって今現在の脅威は一体誰なのか。紫音に知り合い全員との面会を希望したのは、それを探るためでもあった。  一番怪しいと睨んでいた柚季は、結果シロだった。過去には色々あったけれど、今は違う。柚季は変わった。もう俺に無理やり何かをしてきたりはしない。  そうなると、俺の周囲にいる人物で、まだ会っていないのは刑事さんだけ、という事になる。まさか刑事さんが俺におかしなことなんてしない筈。そうは思うけれど、どうしてだろうか。刑事さんの事を考えると頭痛がしてくるのだ。最後の一人が刑事さんだから、彼が犯人だと思い込んでいるせいなのだろうか、それとも……。 「何かされたんですか?」  真剣な表情で俺の肩を掴む紫音の瞳は、心配と憤りとに二分されている。 「ううん、何も。別に、刑事さんに何かされたとか、そんなんじゃないんだけど……ごめん、自分でもよく分からないんだ」  よく分からないのに、説明できないのに、あの記憶が本当に正しいものなのかも定かでないのに、漠然と不安だけを口にするんじゃなかった。だって紫音はやっぱり俺以上に心が乱れている様だ。いたずらに、紫音の不安や心配を掻き立てるんじゃなかった。 「確かに小野寺さんは、八割の人間だ……」 「え?」 「あ、すみません、こっちの話です。ともかく、理由は分からなくともハル先輩がそんな風に思うなら、その気持ちに従ったほうがいい。俺も、そのつもりで警戒します」 「俺の、ただの思い込みかもしれないけど……」 「そうならそうでいいじゃないですか。けど、火のない所に煙は立たないって言うでしょ?俺も一度思ったことがあるんです。小野寺さん、ハル先輩に特別な感情を抱いてるんじゃないかって」  特別な感情……?  詳しく聞いてみると、どうやら紫音は刑事さんが俺に好意を抱いていると思っているようだった。俺はそんなふわふわした感情を受け取って不安を感じているわけではないけれど、「火のない所に……」は言えてるかもしれない。その「火」が、ただの消去法で「最後の一人だから」ってだけの可能性もあるけれど。 「会った時に話そうと思ってて、小野寺さんにはまだハル先輩の記憶が戻ってきている事は話してないんです。事件の時の記憶が戻れば別ですけど、まだ刑事さんには黙っていることにしましょう。もし腹ん中に何か抱えてるとしたら、俺の事思い出したって知って……ほら、嫉妬とかで暴走されても怖いですし」  紫音とそんな話をしたのがつい三日前だ。  本当は、今日の台湾での交流戦は宏樹さんが行く筈だった。その宏樹さんが今朝食中毒で入院することになってしまい、白羽の矢が立ったのが紫音だった。  紫音は即断で行かないと言っていたけど、うちのチームのスタープレーヤーは紫音と宏樹さんだ。宏樹さんの代わりになれるのは、誰がどう考えても紫音しかいなかった。「楽しみにしている現地の子供たちをがっかりさせるわけにはいかない」というオーナーの弁に俺も一緒に説得に回って、飛行機の時間ギリギリになってようやく渋々受け入れてくれたのだ。  三日前に刑事さんの話をしたせいで、余計な心配を与えてしまったかもしれないけれど、以前、俺が何の記憶もなかった頃に比べると、紫音は大分俺の「大丈夫」を信じてくれるようになった。過去の記憶が戻った俺に自衛の自覚が芽生えたことで、少しは信用できるようになったのだと思う。  それは、俺にとっても、紫音にとってもいい事だった。このままゆっくり、俺たちは事件が起こる前の元の二人に戻っていける。そんな予感が確信に向かうほど、ここ最近の俺と紫音の関係性は安定していた。  だから、その全部をひっくり返してしまうようなことは、絶対に。絶対に避けなければならなかったのに───。

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