225 / 236

remind 3

 目が覚めたら、俺は見慣れないベッドの上だった。  一番初めに視界に入ってきたのは天井でも壁でもなく刑事さんのドアップで、俺は起き抜けに心臓が止まるかと思った。 「おはよう春」  飛び起きてベッドの端までずり上がり、怖いほどの笑顔を向ける刑事さんから距離をとる。 「体調はどう?良くなった?」  刑事さんは身動ぎひとつせずベッドに腰掛けたままだけど、目だけは油断なく俺の動きを追っている。  俺は勝瀬さんに家に運んで貰ったと思っていたのに、一体どうして……。訳が分からない上に刑事さんは雰囲気がいつもと違って怖いし、半ばパニック状態だ。  落ち着け、落ち着け。そう自分に言い聞かせ、状況を少しでも把握しようと周囲に視線をやる。  薄暗く狭い部屋だ。部屋の大きさの割にベッドが大きい。息苦しくて空気が悪い感じがするのは、窓がないせいだろうか……。  前に一度、目を覚ましたらここと同じ様な部屋で知らない男と二人きり、という事があった。柚季との面会で思い出した、割と酷い記憶だ。 「春はこういう所に来るのは初めてなんじゃない?」 「…………」 「ここはね、ラブホテルだよ。どういう場所なのかは、流石の春も知ってるよね?」  厭らしい、と表現して差し支えない笑みを見せる刑事さんに、全身緊張が走った。 「ごめんね。もう少しいいホテルに連れてきたかったんだけど、気を失ってる相手を連れ込んでも怪しまれないのはここぐらいで」 「どういうことですか……」  声が震える。頭を通り過ぎるのは嫌な予感ばかりだ。 「やっと喋ってくれた。そう緊張しないでよ。僕はただ、誰にも邪魔されない所でじっくりと春と話がしたいだけなんだから」  言いながら刑事さんがベッドに座り直した。ギシリと俺のすぐ傍が軋む。話をするだけなら、わざわざこんな風に近付いてくる必要はないのに……。  このままだとまずいと思い、そっとポケットを探った。けど、目当てのもの──スマホは入っていなかった。そう言えば練習着のTシャツ短パン姿のままだから、身に付けている筈もなかったのだ。 「春のスマホは荷物ごとちゃんと部屋に置いてきたから心配いらないよ。……青木くんにはここにいることはバレない」  背中を冷や汗が伝った。  刑事さんの目敏さが恐ろしい。ほんの一瞬の動きだった筈なのに、スマホを探していたことがバレているなんて。 「GPS見て春がラブホにいるなんて知ったら、青木くん泳いででも台湾から帰って来ちゃいそうだよね」  能天気に笑いながらも、刑事さんは俺から絶対に視線を外そうとしない。今すぐにでも逃げ出したいけど、こちらが何か動きを見せたら、その途端牙を剥いて飛び掛かってくるのではないか。そんな得体の知れない緊張感に支配され、身動きが取れない。 「話って、何ですか……」  逃げ出せないのなら、一刻も早く用事を済ませて解放されたかった。いつもとは別人みたいな刑事さんと二人きりでこの閉鎖空間にいる苦痛は耐えがたい。 「もう本題?……まあいいや。話って言うのはね、春の記憶のことだよ」  ギクリとした。刑事さんには告げていなかった筈だけど、さっきの体育館での騒動でチームの誰かからそのことを耳にしていてもおかしくはない。 「記憶、ですか……」  身体が震え出しそうなのを抑えながら、誤魔化しが通用することを祈って最後の悪あがきをしてみる。 「とぼけないで。勝瀬って奴に全部聞いたんだよ?春、記憶戻ってるんだってね。どうして僕に、何も教えてくれなかったのかなあ?」  苛立ちを表すように、刑事さんの声が一言ずつ大きくなる。  刑事さんの目つき、やっぱり尋常じゃない。俺の予感は悲しいかな当たっていたのだ。俺が警戒しなければならなかったのは、やっぱり刑事さんだった……。  怖くて堪らないけれど、だからこそ身を引き締めなければ。  ともかく、刺激を与えないように、なるべくいつも通りを装う。それぐらいしか今の俺にはできない。 「ごめんなさい。刑事さん忙しそうだったから、次会った時に話そうと思ってて……」 「ふうん。じゃあ、今話して」 「……あの、けど、刑事さんの役に立てるような事はまだ何も思い出せてなくて……」 「事件のことじゃなくて、もっと過去の記憶が戻ったってこと?」 「全部じゃ、ありませんけど……」 「そうなんだ。じゃあ、向田孝市に毎日犯されてた事、思い出したんだ?」  今さら期待なんてしていなかったけれど、それでも何の躊躇いも遠慮もなくそう言われて、刑事さん=脅威の図式が完璧に完成してしまう。

ともだちにシェアしよう!