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remind 7
『あ………っ、や、だめえ……ッ』
『違うだろ。何て言うんだった?』
『ぃ……あっ』
『ねえ。何度も教えただろう?また一日中電動バイブ突っ込まれたい?』
『やッ、……ぃ、きもち、い、です……』
『何がいいの?』
『こういち、さんの……っ』
『なに?』
『こういち、さん、の……お、ちんちん、が……』
『本当に変態だね、春は。おちんちんもっと欲しい?』
『は、い……っ、……もっと……おれの、ぃい、ところ、……ついて……ください……ッ』
闇に沈んでいた意識が浮上して初めて知覚したのは、妙に生々しい最悪な記憶だった。最低な悪夢から早く醒めたくて重い瞼を開く。これで確実に、悪夢は止むはずだった。もうあんな記憶を見なくて済むはずだった。なのに───。
『や、……あッ……だめ、ッ、も、でちゃ……ッ』
『だめ。勝手にイかないの』
『あっ、ああっ……、あ…………ッ!』
『……あーあ。またご主人様より先にイっちゃった。今日のお仕置きは何にしようか、な』
『ひゃ……ッ……あ……ッま、だ……、あ、あッ』
─────
──────。
流れ続ける耳を塞ぎたくなる声は、まるで悪夢の現実だった。
文字通り耳を塞ごうとしたけどできなかった俺の身動ぎに、傍らで椅子に腰掛け熱心に机の上のノートパソコンに見入っていた刑事さんが気付いて振り向いた。
「春、ようやく起きたの。身体の調子はどう?」
まるでデジャヴュだ。目が覚めたら知らないベッドで、刑事さんがいて。
───唐突に、ついさっき起こった出来事が呼び起こされた。
俺、生きてる……?
ちゃんと存在を確かめたくて再び腕を下ろそうとしたが、やはりそれは叶わない。
───拘束されてる。ベッドの上で。
自分の置かれた状況に気付いた瞬間、全身に寒気が走った。
耳を塞げなかったのは、身体に触れられなかったのは、両手を万歳の状態で拘束されているせいだ。腕だけじゃない。足も大の字に縛り付けられている。
俺の記憶がちゃんと繋がっているのだとしたら、そしてここがあの世でないのであれば、俺は刑事さんに首を絞められて気を失って今に至っている。刑事さんの声色に全く悪びれる様子がない事に今更驚いたりはしないけれど、そんな事より訳が分からないのは、一体どうして刑事さんがあの映像を所有しているのかという、
「あ……恥ずかしいところ見られちゃった」
俺の視線に気付いて、刑事さんはえへへ、と笑った。俺がぎょっとして思わず思考すら止めてしまったのは、刑事さんが下半身を寛げて勃ち上がった自身を握っていたからだ。
「春には他のを見せるつもりだったのに、なかなか起きないから。僕、特にこの辺の春の動画がお気に入りなんだ。これ、ヤられ始めてから1年以上経ってるよね。なんていうか、完全調教済って感じで、凄い従順でしょ?こんな春に涙目で『こういちさん』なんて呼ばれたら、もう可愛くて堪らないんだよね。僕ね、いつも春の動画でオナニーしてるんだよ。ふふ、一途でしょ?今日もつい我慢できなくなっちゃって……。本人が目の前にいるっていうのに、こんなの失礼だよね。ごめんね」
刑事さんは気色悪い事を山ほど言いながらノートパソコンを手に立ち上がると、こっちに近付いてきた。寛げた下半身を隠そうともせずに。今すぐ逃げ出したいけど、縛られた俺は身動きが取れない。
「こ、来ないでください!」
「どうして?一緒に見ようよ」
刑事さんがベッドに膝を乗り上げた。俺は少しでも刑事さんから、動画から距離を取りたくて、首をあっちに向けて目をぎゅっとつむった。
「やめて!嫌です!止めてください!どうしてあなたがそれを……!それにここは一体……」
ラブホテルではない。広いし、カーテンは閉まっているものの、大きな窓もある。何より内装に高級感と落ち着きがある。さっきまでとは違って、そこ事態に淫靡な雰囲気がある訳でもないのに、「ここにいたくない」という気持ちはさっきよりもずっと強い。それは今の方が俺自身が追い詰められているからなのだろうか。それとも───。
何にせよ考えがまとまらない。
顔を背けても、目を閉じても、再生され続けている動画の声や音が暴力的なまでに容赦なく脳に届くからだ。
「中に出してください」と舌っ足らずに懇願する声。向田の荒い息遣いの中に潜む満足そうな含み笑い。パンパン、と肌と肌がぶつかる音が段々と激しくなっていく。
過去の記憶が色を持ち、はっきりとした輪郭を作り出す。胸が気持ち悪くてむかむかして、頭痛が酷い。
「そっぽ向いてないで、ちゃんと見たら?春、すごくえっちで素敵だよ。とても未成年とは思えないな。春って純粋で淡白そうなのに、本当はこんなにスケベで変態なんだね。無理矢理やられてるはずなのにこーんなに感じて、こーんなに数え切れないくらいイって。こんな身体に開発されるまでの経過がつくづく見たかった……。あ、ほら見て。イった後もずっと痙攣しちゃってる。もうこれずっとイキっぱなしってやつだよ。ドスケベのど変態じゃん。こんなの見せられて、春に落ちない男っているのかな?ごめんね、しこるのやめられないや。すっごい興奮するよ。早く僕も春とひとつになりたい。ねえ春。早く狂って」
「いやあっ!」
刑事さんの手が、ベッドのシーツに頬がくっつく程背けていた俺の顔をむんずと掴んで正面を向かせた。
「ほら目開けて。ちゃんと見てよ」
言われたのとは逆に、閉じた瞼にぎゅっと力を込める。
「ふーんそう。じゃあ、仕方ないね」
ベッドが大きく軋んだ。刑事さんがベッドに乗り上げたのだろう。俺の身体を挟むようにして刑事さんが真上にいることが、マットレスのたわみで分かる。薄い瞼ごしに、顔の上に影が出来た。
「ぅん……っ!」
あまりの苦しさに、思わず目を開ける。いきなりだった。
「春が見ないからだよ。見ないなら、同じことして教えてあげなきゃね?」
「ぐ……う……ヴっ!」
顔の上に、刑事さんが跨がっている。そしてさっきからずっと勃ち上がっていたものを俺の口の中に捩じ込んで、容赦なく腰を振っているのだ。
「今動画ではお掃除フェラ中なんだ。春がイキ過ぎてぐったりしてるから、ほとんどイラマ状態」
あはは。刑事さんが楽しそうに笑って喉奥を突いた。苦しい。息ができない。嘔吐しそうだ。
「結構いい感じで再現できてるよ。僕は本当は、大好きな春にこんな酷いことしたくないんだよ。春が動画見てくれないから……。ねえ、こういう扱い受けると思い出す?辛いよね?苦しいよね?」
喉の奥を容赦なく突かれる度に嘔吐反射が出て、喉がおえおえ鳴る。顔中涙と涎にまみれて酷い有り様だ。
動画の「俺」は、今の俺ほど酷いうめき声をあげていない。あの頃は毎日の様にこういう目に遭っていて、いつの間にか慣らされてしまっていたのだ。
───そうだった。今みたいに拒絶しようとしないで、飲み込む様に受け入れた方が嘔吐反射が出づらくて楽なのだ。何をされる時だってそうだった。拒絶しようとすると、何もかもが痛くて苦しかった。痛い思いをしたくなければ、苦しみたくなければ、全身の力を抜いてるのが一番なのだ。だから、どんなに嫌でも、逃げ出したくても、抵抗したくても、その気持ちを圧し殺して必死に身体の力を抜いていた。俺は尊厳を棄てて、あいつを受け入れた。そうして、あんなにおぞましい行為を悦ぶ様な身体になって、こんなに恥ずかしい声であられもなく啼いて───「俺」という存在は地に堕ちた。
俺が見たくないのは、思い出したくなかったのは、忘れてしまいたくて、消してしまいたいほどに憎かったのは、向田なんかじゃない。「俺」だ。「俺自身」なんだ。
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