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remind 9

「もう絶対、何があっても忘れてくれないの……?」  今の今まで泣きわめいていた刑事さんが、頭を上げたと思ったら急に静かにそう言った。不気味に感じたけど、怖いと思ったら負けだ。そう思い気丈に頷く。 「絶対に」 「あいつの……死体を見ても……?」  死体。そのワードを聞いて、心音が早まった。やっぱりあの二人は死んだんだ。そしてまだこの屋敷の中に───。 「臭いとか、あんまりしないでしょ?発見したときは凄かったんだけどね、すぐに厳重に目張りをしたから」  リアルな情景が浮かびそうな表現に卒倒しそうになった。  『お前のせいだ!』  あの日聞いた叫び声が、再び幻聴となって襲いかかってくる。 「春くん、動揺してる」  気付いたら刑事さんに顔を覗き込まれていた。 「春くんが一番辛い記憶って、やっぱりこれなんだもんね。自分が凌辱されてるとこよりも、凌辱してたあいつらが死ぬとこ」    あいつら。死。  ダレノセイデ 「けど、おまじないだけじゃ、もうおかしくなってくれないんだ……」  正直、それを自覚すると消えてしまいたくなる。けれど、俺は受け入れなければならないのだ。もう、紫音の前から消える訳にはいかないから。  刑事さんが俺の上から退いて、ずっと流れ続けていた動画を消してくれた。ようやく諦めてくれるのかと思ったのは、ほんの束の間だった。 「っ……」  息をのんだ。パソコンの画面に、さっきとは違う動画が流れ始めたのだ。そこに映っているのは今いる部屋とほとんど同じ内装の部屋。家具の配置と窓の位置で、この部屋とは少し違うことが分かる。画面のちょうど真ん中に位置するベッドで、二人の人影がまぐわっている。 「ごめんね、僕諦めが悪いんだ。春に見せたかった動画ってこれのことだよ。これ見ても、本当に狂わずにいられる?」  反射的に目を逸らすと、髪を鷲掴みにされて無理矢理画面の方を向かされた。酷い嫌悪感に瞼を閉じると───。 「春、見て。ちゃんと見て」  カチャ。足に冷たいものが触れた。異質な感覚にゾッとして思わず目をやる。するとそこには黒い塊───拳銃があった。銃口は俺の膝頭に向けられている。 「もう二度とバスケができない身体になりたくないよね?」  背筋を凍らせながら、俺は言われた通りにした。ドラマとか映画の世界でしか目にしたことのない拳銃が実際に今目の前にあって、自分に向けられているのだ。恐怖に叫び出しそうになるのを抑えるのに必死だ。  画面の中では相変わらず二人がまぐわっている。いや、俺が組み敷かれている。さっきの映像よりも年老いた向田に。  今みたいにベッドに拘束されている訳じゃないけど、俺は全く抵抗していない。諦めたみたいに足を開かされ、あいつのもので突き刺される度に力なく呻いている。  こんな風に自分がヤられているところを見るのはさっきも含めて初めてじゃない。けど、昔のじゃなく「今の」自分を見るのはきつかった。身長はあの頃からそう変わっていなくとも、体格は違う。子供の未発達な身体ではなくて、細くても大人の男の体格だ。もっと必死で暴れれば、抵抗して逃げようとすれば、こんな無様にヤられなかったかもしれないのに───。  この最中に何度もスタンガンを使われていたこと、この時の自分の精神状態がまともでなかったことだって、覚えてはいる。けど、それでも、自分を責めずにいられない。俺の上で無心に腰を振る向田に対してよりも、情けなく喘ぐ自分自身に嫌悪感を抱かずにいられない。  激しく肌がぶつかり合う音と、向田の息遣い。俺の喘ぎ声。永遠に続くとも思われた嫌悪の募る時間は、唐突に終わりを告げた。  カチャン……。  これまで鳴っていたものとは異質の小さな音に、俺の心臓は止まりかけた。  画面の奥の方でゆっくりとドアが開き、そこから人影が───。 『あぁ春……もうすぐイキそうだよ……。また一緒にイこう。イイトコ沢山突いてあげるから……』  人影はどんどん近付いてくる。向田は間もなく自分の身に降りかかる惨劇に微塵も気付く様子はない。  ───だめ。逃げろ……! 「ちゃんと見てて!」  膝に硬く冷たいものを押し付けられて初めて、自分が思わず目を閉じてしまっていたのに気付いた。慌てて開けたその目に飛び込んできたのは、真っ赤に染まったあいつの背中。そして、血で汚れたナイフ。それを握っているのは───。 『お前のせいだからな。お前のせいで、孝市は死んだ。お前さえいなければ……!お前が孝市を殺したんだ!!私もお前のせいで死ぬしかない……!全部!全部お前が悪いんだ!お前がやったんだ……!!』  志垣先生が握っていたナイフは、今度は彼自身に向けられた。その首元へ。そして───。 『「ああぁああ!!」』  耳をつんざくような不快な叫び声は、映像の中のものか、それとも今俺の口から漏れ出たのか。  血が、噴き出す。大量の真っ赤な血が、志垣先生の頸から。  カタカタカタカタ。  その音が、映像ではなく俺の歯が鳴らしていると気付くまで少し時間がかかった。いつの間にか動画は切られていた。 「春」  刑事さんが俺の顔を見下ろす。 「可哀想に。忘れればいいんだよ、こんな辛い記憶」  俺にこんなものを見せて、俺をこんな風にしたのは紛れもなく刑事さんなのに、優しく額を撫でられればその甘言に従いたくなってしまう。 「覚えてる必要なんてないんだよ。忘れようね。大丈夫だから」  目を閉じると涙が零れ落ちた。あの時、俺の記憶を一瞬で奪い去っていった出来事をこうして再び見せられるのは、想像以上にきつかった。俺のせいで、あの二人は死んだ。俺に出会わなければ、二人の命が失われる事はなかった。俺さえ生まれてこなければ───。  このまま、あの記憶を葬ってしまうのは簡単だ。辛い。苦しい。消えてしまいたい。この気持ちに従えば、俺の中の防衛本能が勝手に仕事をする。俺が、罪悪感と自責の念から自分で自分を消さない為に───自分を殺してしまわない為に、嫌な記憶を全て、再び忘れてしまうだろう。過去のことも、現在のことも、文字通り全てだ。刑事さんの思惑通りに───。

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