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第3話

 青は膝を抱えてテレビの前にずっと座っていた。この部屋にはテレビ以外何もない。仕方がなく見ているのだと思った高田は、面白くもなんともないテレビを消そうとした。リモコンを取り上げた瞬間にさっと奪い去られる。青がちらりとこちらを見て、またテレビに視線を戻した。動物の生態を説明している番組。あくびがでそうだった高田だが、青は真剣に見ていたようだ。  ごろりと床に寝転がって天井を見つめる。そのままふいと首をそらせて台所を見ると、昨日の青年が立っていた。ひっと息を飲んで起き上がる。青がそれに気づいてはっとしたように高田の陰に隠れた。 「お前ら驚きすぎだろ。また来るって言ったじゃねえか」 「急にいたら誰だってびっくりするだろ!」 「そりゃ悪かったね」  青はふるふると震えて高田にしがみついている。青年は青をじろりと見ると、手を伸ばした。 「体よこせよ」 「嫌だ……」  かすれた声で弱々しく抵抗する青につかつかと近寄ってくる。じりじりと後ろに下がり、とにかく青年と距離を取ろうとした。 「死にたいんだろ。俺に体渡したら楽に死ねるかもしれないぜ」  どうなるのかは本人もわかっていないらしい。そんな不確定要素をさも得があるように言われても。 「死にたくない」 「は?」 「僕もう、死にたくない」  青の言葉に感動すら覚えた高田を青年はじろりと睨みつけた。 「お前! なんか余計な事しただろ!」 「初めから嫌がってただろ!」 「僕が、殺す」 「あ?」 「僕が殺す」  一瞬静寂が訪れた。青年がひくりと唇の端を引きつらせる。高田は険しい顔をして青を見つめた。青はただ、ふるふると震えていた。 「やれるもんならやってみろよ」  吐き捨てるように言った青年の言葉は死ぬことを拒否しているように聞こえた。高田は青の肩を掴む。 「こいつは生きたいって言ってるだろ! お前の体が無理でも誰かほかの……」 「ほかの人ならいいの?」  その言葉に高田はうっと詰まった。確かにそんな理屈はおかしい。しかし自分でなければいいと思うのも人間ではないか。 「僕が」 「お前は死にたいのか?」 「死にたいわけねえだろ!」  青年は目をぎゅっと閉じて全身で叫ぶように声を放った。「でも」と言いつなぐ。 「でも、あんな状態でしか生きられないなら死んだ方がましだ」  彼の言葉は絶望に包まれていた。青は表情が変わらないので何を思っているのかわからない。しかしもう一度、「僕が殺す」と少し大きな声で言った。  はっと吐き捨てるように笑った青年は「じゃあやれよ」と小さく呟くように言葉をこぼす。 「俺は桜ケ丘病院の503号室にいる。やれるもんならやってみろ」  そう言って、彼はすっと消えてしまった。  高田が青の肩を強く掴む。体を何度も揺さぶって、こちらに視線を向けさせた。 「お前! 人を殺すってどういうことかわかってるのか?」 「うん」 「わかってねえよ! 人を殺したら、一生そいつを背負って生きて行かなきゃいけないんだ。そいつが生きるはずだった人生そのものを。そんな覚悟がお前にあるのか?」 「僕は犬だから」 「は?」 「僕は犬だから、人間を殺しても大丈夫」 「何言ってるんだよ」 「大丈夫」 「……犬が人間殺したら殺処分だ」 「それでもいい」 「よくねえよ!」  せっかく死にたくないと言う青の言葉を聞けたのに。そんなに簡単に前言を撤回するのか。高田は激しく憤り、青を突き飛ばした。 「死にたくないんだろ? さっきそう言ったじゃねえか!」  肩を押さえてのしかかるように床に体を押さえつけると、青の口がひくりと震えた。やがて体ががくがくと震えだす。目をぎゅっと閉じて小さな声で「ごめんなさい」と許しを請うようにつぶやいた。  高田ははっとして体をどかした。背中をさするように撫でて抱き起こしてやる。「悪かった」と言ってぎゅっと抱きしめた。青はふるふると首を振った。自分を殺してやりたくなった。  青が暴力を受けていた事は知っていたじゃないか。それなのに、こんな、こんな……。 「俺がやるよ」  青が無言で高田を見上げる。高田はそっと青の頭に手を置くと髪をぐしゃぐしゃとかき回した。 「俺がやる。お前はやらなくていい」 「でも」 「いいんだ。お前にやらせるぐらいなら自分でやった方がいい」  青はじっと高田を見つめていたが、高田がふっと笑うとぱちりと瞬きをして頷いた。

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