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第4話

 青の髪と瞳の色は目立つので帽子とメガネで隠すと、高田は彼の手を取り握り締めたまま駅へと向かった。  青の存在は外に出るとより希薄で、人ごみの中に紛れるとひらひらとどこかへ飛んで行ってしまいそうな危うさがあった。  高田は青が人とぶつからないよう慎重に歩きながら何度も確認するように青の手を握りなおす。そのたびに青も握り返してくるのだが、急にいなくなってしまいそうで何故かひどく恐ろしかった。  そしてたかが昨日おかしな出会い方をした見知らぬ少年にそこまで執着している自分を薄気味悪く思う。しかしどうしても、彼を失ってはいけない気がするのだ。  電車に揺られて一時間余り。郊外のなだらかな丘の上にあるその病院は、何だか古ぼけていた。大きくも小さくもない中途半端な規模で、敷地だけは広大にある。あまり人気のない廊下を歩き503号室を目指す。  目当ての病室はすぐに見つかった。しかしなぜかネームプレートが貼られていない。高田は訝しく思いながらもそっとドアを開けて中に入った。青も静かに後ろからついてくる。  そこには機械とコードでがんじがらめにされた、あの幽霊の青年がいた。家で見た時よりもだいぶ痩せてはいるが、あの青年に間違いなかった。規則正しく機械が音を鳴らし呼吸音が響く。部屋は薄暗く誰もいない。  彼を殺すのは簡単だ。どれかを一つ引っこ抜けばいいのだ。  しかし高田は躊躇した。  あの幽霊が幻覚じゃないと、誰が証明できるというのだ。確かにそっくりな青年がここに横たわっているが、それが彼だとなぜ言える。それに、彼は殺して欲しいとは言っていなかったのだ。やれるものならやってみろ。そう言っただけだ。生きたいとも言っていた。今彼を殺すことが、許されるのだろうか。  いや、人を殺しておいて許すも許さないもない。絶対に許されない。そんな事はわかっている。しかし。  高田が青年の姿を見ながらぐるぐると考えていると、つないだままだった青の手が離された。はっとして青を見ると、彼はじっと青年を見つめながら少し近づく。手を伸ばした時にはもう遅かった。青が最も確実に死ねるであろう、呼吸器のチューブを引き抜いたのだ。そしてぽとりとそれを床に落とすと、再びじっと青年を見つめていた。  青年の様子は何も変わらなかったが、周りに置いてある機械が騒ぎ始めた。「青、行こう」そう言って肩を押す。しかしぐっと一回抵抗して青はまだ青年を見つめている。  周りの様子があわただしくなってきて、高田は無理やり青の手を引っ張って病室を出ようとした。  自分の犯してしまった罪の大きさを確認するように、高田は彼を振り返る。青年の目から、一筋涙がこぼれているように見えた。  すぐそばにあった休憩室に座り込んで、高田は青の背中を撫でた。彼は何も言わず、ただ俯いている。しかし看護士が駆けつけて病室が騒がしくなってくると、急に立ち上がり廊下へ出てそちらをじっと見つめた。  医者が慌てたように病室へ入り、家族なのか女性の悲鳴のような泣き声が聞こえる。乱暴に器具がぶつかり合う音。何かを持って走ってくる看護士。  青の顔は血の気が失せて白に近い色になっていた。ふるふると唇を震わせて呆然とその混乱を見ている。  ひと際大きい女性の叫び声が聞こえて、青は背を向けて走り出した。高田が驚いて後を追うと、青はトイレに飛び込んで吐いていた。慌てて背に手を置くとさするようにして青に声をかける。しかし彼はただひたすら胃の中身を吐き戻していた。生理的な涙は浮かんでいるものの、泣いてはいない。表情も苦しそうですらない。でも彼は。 「お前は十分に人間だ。犬なんかじゃない」  高田の言葉に、ひくりと指をひきつらせた。そっと顔を上げて高田を見上げてくる。紙のように白くなってしまった青の頰をさすり、強く抱きしめた。  それ以外、出来る事が何もなかった。

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