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第1話-2
高田が少年を振り返る。
「ありがとう」
見上げてそう言われても、高田は何もしていなかった。
そして手ひどい提案をする。
「死にたいんならあいつに体あげれば?」
少年は衝撃を受けたようにびくりと体を跳ねさせた。ふるふると頭を振る。
「嫌だ……」
「でも死ぬんだろ?」
「…………」
あ、死ぬんだ。
高田は大きくため息をつくと、床に腰を下ろした。少年の腕を引っ張って前に座らせる。説教をするつもりはないが、死にたいのに死にたくないとは。
「名前は?」
「……青」
「嘘だろ?」
「…………」
「まあいいや、青。何でもするんだよな?」
こくりと頭をうなずかせたのを見て、両肩を掴んだ。
「じゃあ死ね」
青はびくりと体を震わせて、高田の腕から逃れようとした。しかし思い切り掴んでいるので非力そうな彼には高田の手は振りほどけない。大きな目を上下左右に動かして何とか逃れるすべを探そうとしている様に見えた。
「冗談だよ」
無言のままそっと青が顔を上げた。高田を見上げて真意を問うような顔をする。大きくため息をつくと、肩から両手を離した。
「抱きしめさせてくれ」
今度の要望には抵抗することなくそっと体を近づけてくる。高田は青の体を後ろ向かせると膝にのせて背中から抱きかかえた。
温かい。何年ぶりだよ。
頭に頰を寄せるようにして彼を見下ろすと、シャツの胸元から覗く鎖骨のあたりにどす黒い痣があった。そんなところに痣ができる理由がわからない。よく見れば首筋にも変色しかけの痣が見えた。
「ちょっと脱げ」
少年は高田を振り仰ぐと、さっと立ち上がってシャツを脱ぐ。違う事を要求されたのだと思ったのか、しなだれかかるように高田に正面から抱き着いた。それを引き離して上半身を見る。痣だらけだった。後ろを向かせると、背中も傷だらけだ。ぐっと押すとわずかに体を硬直させた。
「痛いのか?」
青はふるふると首を振る。
もう一度押すとやはりびくりとわずかに体が強張る。
「痛いんだろ」
青はもう一度首を振った。
服を着させるとまた後ろから抱え込む。
「何で嘘つくんだ?」
「本当に痛くない」
「…………」
「本当に」
ぐっと首元の痣を思い切り押した。今までにない強さだったので、青の体が跳ねた。びくりと背中を引きつらせてぎゅっと手を握る。
「ここが痛いんだろ?」
それでも青は首を振った。
高田は大きくため息をつく。
「わからない」
「あ?」
「どこが痛いのかわからない」
「じゃあ痛いんじゃねえか。押したら痛そうにするんだからそこが痛いんだろ」
「体全部が痛くて、もうどこが痛いのかわからない。だからもう、痛くない」
「……理由はそれか?」
青がもう一度高田を振り仰いだ。表情で疑問を投げかける。
「あいつに体渡したくないの、それが原因だろ」
青は高田の言葉に俯いた。肯定するでも否定するでもなく、ただじっと俯いている。高田が黙っていると小さな口をそっと開いた。
「あの人も地獄かもしれないけど、僕の体をもらっても、結局地獄」
「…………」
「地獄から地獄に移動するぐらいなら、きっと死んだ方がまし」
「そうか」
「うん」
高田は青の肩に顎を乗せるとぼんやりと考えた。
こいつは本当に死にたいのだろうかと。
「逃げてきたのか?」
青は振り仰いで首をかしげるという器用なことをする。
「その痣の原因から逃げてきたんだろ」
こくりと頷く青。
「じゃあ、逃げてれば死ぬ必要はない」
「でも」
「ここにいろ」
「…………」
「ちょうど抱き枕が欲しかったんだよ」
そう言うと、初めて青が笑顔を見せた。とてもぎこちない、かすかな笑顔。綺麗な顔がよく映える。
いいじゃないか。ずっと笑ってろ。
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