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第7話
僕は、初めて仮病を使って学校を休んだ。母親は滅多に体調不良を言わない僕が言ってきた事に驚いたらしく、狼狽えて自分まで会社を休むと言ってきた時はちゃんと愛されていたんだなと実感してむず痒い気持ちになった。
寝てれば大丈夫だからと言いくるめて、何かあればすぐ連絡してねと不安そうな顔の母親を玄関先で見送った。
自分の部屋へ戻り、ベッドに腰掛けそのまま横に倒れる。
今日はどうせ修了式だけだし……。
でも春休み中に先生のとこに行って通知表とか貰いに行かないといけないのは面倒だなあ、とため息をついて目を瞑る。明日先生が顧問してる部活動があるって言ってたから、明日行こうと決めて目を開ける。
つーっと、雫が落ちた。
涙は全然枯れる気配がなく、気を抜くと壊れた蛇口のようにずっと流れたまま。まるで僕が知らんぷりした好きという感情が、諦めるのを許さないと訴えているようで胸が苦しくなる。
でも、僕が好きになったのは僕と同じ男で。誰からも好かれて慕われる、カッコイイ人で。そんな人が男を恋愛対象になんてしないし、ましてやくせっ毛でそばかすもあって、なんの取り柄もないこんな不細工な奴を好きになるなんて可能性はゼロだ。というよりマイナスに違いない。だから、僕は……諦めないといけないんだ。
モゾモゾと布団に潜り込んで、少しだけ何も考えたくないと布団を頭まですっぽり被って目を瞑る。
そして気付けば僕は、深い眠りについていた。
――――――――――
ぱちりと部屋の電気が点いたのか、眩しさに目を覚ます。
「あ、ごめんね?起こしちゃったわね」
具合どう?と顔を覗き込んで聞いてきた母親に、何度か瞬きをしてから大丈夫と答えればほっとしたように微笑んだ。覗いた大きな前歯を見て、親子だなあと変なところで思ってしまう。
「良かった。ちょっと早めに仕事上がらせてもらって、学校に通知表と壱也(いちや)のロッカーにあった物とか代わりに受け取ってきたから」
ここに置いておくわね、と机に置いてくれた母親に申し訳なさ満載でお礼を言えば、いいのよと優しく笑ってから部屋を出て行った。
枕元に置いていた携帯で時間を確認すれば、もう17時になろうとしているところだった。さすがに寝すぎたと、ボーッとする頭と重たい体に鞭打って起き上がり、通知表でも見ようと机に近付く。
「……あ、れ?」
通知表の下に一冊、ノートがあった。
全部持って帰って来てたつもりが、これだけ忘れてたのかな?と深く考えずにノートを開いて、手が震えた。
「これって……」
それは徹夜で作って渡した――直海くん専用ノートだった。
なんでそれが、ここにあるの…?
あげた物が自分の元に返ってきた意味がわからずノートを開いたまま暫く固まっていたけど、意味を理解すると自然と笑いが込み上げてきた。
「あは、…ははっ、ハハハ!」
……そっか、気持ち悪い僕の物なんかいらないって事か。そっかそっか。
「アハハ!…っ、ハハ…ッ……」
直海くん、ひどいなあ。こんな追い討ち、かけなくてもちゃんと諦めるのに…。
「はは……っ……ふっ、く、うう~…っ…」
なのに、なんで……っ
「…んなっ、…好き、なの…っ!」
直海くんのひどい一面を知ったのに嫌いになれない自分に苛立ち、感情のままにノートを壁に向かって投げる。
もう、やだ……。
肩で息をしながら俯き、少し落ち着いてから涙を拭いて顔を上げた。壁にぶつかったノートは最後のページを開いて力なく床に横たわっていて、まるで今の僕みたいだと思ってしまった。
「……?」
あれ?と首を捻る。真っ白なはずのそのページに何かが書かれている事に気付いて、僕に対する悪口かなと自暴自棄になりながらノートを拾い上げようとした手が、止まった。
「………え?」
――晴山へ
初めて話した場所で待ってる。
来るまで待ってるから、来いよ?
――直海
達筆で書かれた文字を見て、僕は弾かれたように部屋を飛び出していた。
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