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if tiny valentine 2020

Amaro8%Dolce92% 甘い香りと溢れる熱気、すれ違う人達は皆浮足立って見えた。 「凄い・・・・・・」 紫苑色の大きな瞳を丸くさせてアリーシャは辺りを見回す。 今日は2月14日、バレンタイン当日。商業施設の一区画はチョコレート売り場へと装いを変えていた。その規模の大きさと隙間なく配置された店舗の多さに驚きを隠せない。 ここに来た理由は勿論チョコレートを買うためだ。決してもみじ饅頭の列に並ぶ為では無い。さて、その渡す相手はと言えば。 「八雲とレオンとフィオナ・・・・・あと誰かいたかなぁ・・・・・」 確かめるように名前を反芻する。バレンタイン商戦も苛烈を極め、今や女性から男性だけでなく男性から女性へまたは同姓同士、自分用。意味合いも様々で恋人用から友達用、社交辞令やご褒美など数えたらキリがないくらいある。最早バレンタインと銘打てば何でも出来そうだ。 その中でもアリーシャが引っ張り出して来たのは感謝とお礼の気持ちだ。以前読んだ本に子供が感謝の気持ちを込めて親にチョコレートと花束を渡す話が出てきた、それを思い出したからだ。 今まで受けてきた仕打ちが嘘のように最近出会う人は良い人ばかりだ。だから改めてお礼がしたい。特に八雲とレオンには、二人とも拭えないアリーシャの罪深い過去を知って尚好きだと言ってくれる。愛していると囁いてくれる。だから。 (お礼・・・・お礼だよ!?) 頬が僅かに熱くなるのを感じて慌てて首を振る。 「とにかく、見て回らないと」 予想はしていたが女性客ばかりだ。一瞬躊躇ってしまうが、それでもぽつんぽつんと見られる男性の姿に後押しされ会場へ足を踏み入れる。 電車で30分程揺られた先にあるこの商業施設のバレンタインは有名らしい。近くの商店街でもバレンタインイベントはやっていたのだが矢張り知り合いに見られると恥ずかしい。そもそも二人にばれてしまうかもしれない。今日は二人とも家に居たけれど報告書の山に追われた八雲とそれに付き合わされたレオンで朝からリビングに籠りきりだ。この世の終わりが来たような顔で書類と向き合う八雲とタブレット端末を前に明らかに苛立ちを隠せないレオンを放っておくのは少し心苦しい気もしたがそのおかげで勘繰られることなく外出できたのだ。 (えっと・・・八雲あんまり甘いの食べないんだよね。だったら小さい方がいいかな?) (レオンは逆にお菓子好きだから質より量かな?あ、でも色々食べてるから逆に舌が肥えてるかも・・・・) 人波に揉まれながらガラスケースの中のチョコと睨めっこする。一応考えては来たのだがいざチョコを前にすると考えが纏まらなくなる。何が良いのか分からなくて、どれも美味しそうだけれど一番喜んでくれるのは何かを探して広い会場を3回も4回もぐるぐると見て回る。 ようやく決まった頃には着いてから2時間も経過した後だった。 「喜んでくれる、かな?」 ほわほわとした気持ちと一緒にチョコを鞄にしまい家路に着いた。 「これ・・・・・・・何?」 リビングのドアを開けたアリーシャが目をぱちくりとさせる。理由は今朝からテーブルにかじりついたまま何一つ変わってない八雲とレオン、ではなくあちこちに置かれた大小の段ボールや大きな紙袋だ。 不思議そうに二人を見ると開けて良いよと手のひらで合図された。何気なく近くにあった箱を開けると煌びやかな包みがいくつも現れる。 「・・・チョコ?」 もう一度室内を見回す。もしやこれ全部がそうなのか。レオンの方に首を傾けると苦笑いをしながら頷かれた。 「仕事先とか、あと近所の人からとか差出人不明とか?」 何しろやたら顔立ちの良い4人が住んでいる屋敷だ、女性も男性も放っておかないのだろう。一度冗談で何でも屋よりもアイドル事務所にした方が儲かると言われたくらいだ。勿論社交辞令的な物も含まれているのだろうがそれにしても量が多い。 「・・・・はぁ・・・・・」 終わらない書類と処理しきれない量のチョコレートに八雲が幸せもカタパルトで飛んでいきそうなくらい大きなため息を吐く。 けれど今のアリーシャにはその声すら届いていない。 (どうしよう・・・・) 思考が停止する。動かそうにもまるで駄々をこねた子供の様に意識の一つ一つが繋がるのを拒んでいる。 「これはアリーシャの分、な」 そう言って渡された紙袋は一抱えもある大きさだ。受け取ってもまだぼんやりとしているアリーシャを不思議そうにレオンが覗き込む。 「代わりに食べようか?」 「だっ・・・・・ダメ!!体悪くするからっ!」 ようやく神経が繋がった。レオンだって相当量貰っただろう、いくら甘党でも大量摂取は控えさせなければ。 レオンの手を避けるように踵を返すと逃げるようにリビングを飛び出した。 「・・・・・・今の会話、新婚っぽく無かった?」 「世話焼き母ちゃんと駄目息子の会話に聞こえた」 何故か嬉しそうなレオンの言葉に八雲はもう一度大きなため息を吐いた。 自室に戻ると鞄と上着を投げ捨てる様に地面に置きベッドにばたりと倒れこむ。身体が鉛のように重くて酷く疲れが出た。けれど今のアリーシャの頭を占めているのはもっと別の事だ。 (・・・・何で・・・・) 渡せなかったのだろう。タイミングを逃したから?沢山貰ってこれ以上はきっと迷惑だから?いくつも浮かんだ理由に一つずつバツを付けていく。 あれだけ沢山あるのだから一つ増えても差異は無いのだろう。 「あ・・・・・・・」 だから渡せなかったのだ。沢山ある中の一つ、それが嫌で二人の中の特別であって欲しくて、その気持ちが躊躇わせたのだ。渡しても他のチョコに紛れて蔑ろにされてしまうのではないかという怖さ。 「・・・・・・・っ」 自分の驕傲さに嫌気が差す。リビングに所狭しと置かれたチョコ、それだって一つ一つに色々な意味や気持ちが込められていただろうに。それに二人だっていつも自分の事を考えて第一に想ってくれているのにそれ以上を求めるなんて。いつからこんな貪婪になったのだろう。 大体こうなる事を予測していなかった自分が悪い、少し考えれば予想出来たのに勝手に浮かれて勝手に傷ついて。 忸怩たる思いが今からでも渡そうとする考えを羽交い絞めにして閉じ込める。 茜色の西日を眺めながらいくらでも出てくる自分への叱責を繰り返しているといつの間にか瞼が落ちていく。昨日は渡すチョコの事をあれこれ考えて殆ど寝ていないのが災いしたのだろう程なく意識は暗闇の中へ落ちて行った。 「・・・・・・あれ?」 室内が暗い。随分長い間眠っていたみたいだ。時計を見ると12時半を回っている、記憶のない毛布が掛けられていたので一度は誰かが見に来たということなのだろうか。 「ご飯・・・」 まだ少しふらふらする頭で考える。今日はアリーシャが当番だった筈なのだが二人ともちゃんとご飯を食べただろうか。無理にでも起こしてくれれば良かったのに。最近は二人の優しさにべったり甘えてしまっている。 「後で謝らないと」 反省しながら床に散らばった荷物を片付けていく。上着を仕舞い転がっていた鞄を開けると小さな包みが二つ顔を覗かせる。 「・・・・・・あ」 包みをそっと膝の上に乗せて座り込む。大切な人の事を考えて選ぶ贈り物はとても難しくて、けれどその時間がとても楽しくて不安と期待が混じり合った感情。それを感じれるのはとても幸福な事なのだろう。 馬鹿な事を考えてないで早く渡してしまえば良かったのに。2月15日、意味の無いチョコレートになってしまった。 「ごめんなさい」 誰に向かって何の為に呟いたのか分からないまま謝罪の言葉を口にする。 不意にチョコを持つ手に温かい滴が落ちた。 それが自分の零した涙だと気付くのにしばらく時間が掛かった。 「・・・っ!何で?」 何度拭っても止めどなく涙が溢れてくる。理由も分からないまま零れ落ちる涙を落ち着かせるのにはまた暫く時間がかかった。 こっそりとダイニングに顔を覗かせる。明かりは付いているのに人の気配は無い、今のアリーシャにとっては好都合な状態だ。 気配を消して室内に滑り込む。チョコの群れはすっかり片付いていたがテーブルの脇にまだ一山残っている。これが多分八雲の分なのだろう。チョコの入った鞄の紐をぎゅっと握る。卑屈な考えだけれど残念ながらこれ上の方法を思いつかなかった。 このチョコの山に買ったチョコを紛れ込ませる。自分で食べてしまう事も考えたがやっぱり形だけでも渡したい。とは言え今更面と向かって渡すのもおかしな気がした。 (ごめんなさい) 八雲にとっては一個増えるだけでも苦痛かもしれないが、最悪捨てられても文句は言えない。 「何してんだ?」 「ふみっ!!」 突如背中に掛けられた声に素っ頓狂な声を上げてしまう。驚いてつんのめった身体を後ろから伸びた手が支える。 自分の気配を消すのに必死で相手の気配に気付かないとは、何とも情けない。 「・・・・・ありがとう」 お礼を言うと八雲は直ぐに腕を離してくれた。けれど顔を覗かれると今度は正面から抱き締められる。 「また悪い夢でも見たか?」 目尻を指の腹で撫でられる。泣いていたのを気付かれてしまい恥ずかしくてその腕から逃げ出す。 少し残念そうな八雲の手にはマグカップを持っているので台所でコーヒーを淹れて来たみたいだ。朝から飲みっぱなしのような気もするが大丈夫だろうか。 そんな事を考えながら相手を目で追うと今日何度目か分からない溜息を吐きながら八雲はテーブルの上の書類と格闘を再開する。報告書ってそんなに難しいものだったろうか。 「こいつアホ過ぎ」 アリーシャの疑問に答えるように今度はレオンが後ろから抱き着く。その声には若干の疲れの色が見えた。こちらは手にファイルを持っているので何かしらの資料を探してきたのだろう。 「あ?」 アリーシャに抱き着いている事と小馬鹿にされた事に八雲も苛立ちの声を上げたがレオンは無視する。 「よく寝てたから起こさなかったけど、アリーシャの分キッチンにあるよ。食べる?」 優しく注がれた言葉に少し考えてから頭を振る。流石に夜中に食べるのは体に悪いだろう。後は寝るだけだし少しくらいお腹が空いていても我慢できる。 「明日の朝食べるね」 それはつまり朝ごはんプラス晩ごはんを一緒に食べる事であって中々それも胃にハードだが若さが成せる技だろうか。 それよりももっと大事な問題がアリーシャにはある。二人とも戻って来てしまった今どうやってチョコを置くか。 焦りが冷静さを蝕んでゆく。その所為で視線はチラチラとチョコの山を追ってしまう。これに八雲とレオンが気付かない筈もなく、不思議そうな顔をされてしまう。 「欲しけりゃ持っていけ」 手を休めていた八雲にそう声をかけられる。どうやらチョコが欲しくてもじもじしていたように思われたらしい。チョコを置きに来たのに貰っては本末転倒だ。慌てて首を横に振る。 こうなれば八雲の方は今は諦めて出直すしかない。 「・・・レオンの分は?」 見た所リビングにはない、自分の部屋にあるのならまだチャンスがある。申し訳ないけれど部屋に忍び込んで置かせて貰おう。 「んー?捨てた」 「うん捨て・・・・・・ってええっっ!!」 予想もしなかった答えに夜中だと言うのに大声を上げてしまう。あれだけ甘いお菓子が好きでよく食べているのに何故そんな事を、心境の変化かダイエットか味覚が変調したのか。浮かんだ理由はどれも彼には相応しくないように思えた。いや、それよりも。 「何もったいない事してるんだ!ってか食べ物に謝れ!!」 レオンも同じ孤児院の出だ。おやつが食べられない寂しさもひもじさも知っている筈なのに。 (小型のおかんがいる) 声を荒げてべしべしとレオンの腕を叩くアリーシャを何となく懐かしい気分で八雲は眺める。 「アリーシャから貰えなきゃ全部意味が、無いんだ」 拘束していた腕に更に力が込められる。その腕を振りほどけなかったのは低く呟かれたその声に淋しさと悲哀が含まれていたからだ。 「なにガキみてーに拗ねてアリーシャ困らせてんだよ」 見兼ねた八雲がアリーシャをべりべりと引っぺがす。 「そもそもそんなに欲しけりゃ自分から渡せば良かったじゃねーか」 「作ろとしたんだよ!どっかの馬鹿がトラブった所為でまる一日無駄にして。ヒトの計画邪魔して楽しいのか?」 「テメーが作るんじゃどうせ碌なの入れねーだろ」 「自分だって貰えなくて苛立ってる癖に」 「一緒にすんなっ!」 二人ともチョコが欲しかった?予想もしていなかった結論に頭がぼんやりとしてしまう。暫くテニスのラリー観戦の様にそのやりとりを見ていたが取っ組み合いの喧嘩になりそうなので慌てて止めに入る。 「あーもう!チョコなら買ってあるからケンカするな!!」 意図せず出てしまった言葉に後悔する。これでもう後に引けなくなってしまった。驚いたような視線を向ける八雲とレオンに思わず俯いてしまう。 けれど直ぐに頬をレオンの両手で挟まれて上を向かされる。 「マジ?」 驚いているのに目の奥は喜びを隠せずに光に満ちている。彼にとっても予想外の出来事だったようだ。そんな姿に絆されそうになるが見過ごせない事が一つある。 「その前にレオンは捨てたチョコ回収して来て」 小型のおかんは強い。何か言いたそうなレオンだったが渋々とリビングを出ていく。 残された八雲は心ここに非ずと言った感じだ。 「?」 朝から書類の山と格闘して疲れが出たのだろうか。心配になって近づくと急に腕を掴まれた。 「無理しなくていいぞ」 どうやら喧嘩を止める為についた嘘だと思われているらしい。それなのに何故こんなに空気が張り詰めているのか。 「ううん。本当にあるよ」 急いで鞄からチョコを取り出す。改めて面と向かって渡すと恥ずかしいがそれでも憑き物が落ちたようにもやもやした気持ちは無くなっていた。 「貰っていいのか?」 小さく頷くと張り詰めていた空気が和らいだ気がした。 一緒にソファに座ると八雲が包みを開けるのを待つ。シンプルな包装の中には矢張りシンプルなそれでいて上品なビターチョコが並んで箱に収められている。 その中の一つを取り口に運ぶ。 感情の起伏が少ない男の心の内を読み取るのは難しい。固唾を飲んで見守っていると二個、三個と立て続けに食べてしまう。美味しいからと言うよりは無理やり口に収めている様にも見える。 「あの・・・・・・・美味しくなかったら無理しなくても・・・・んむっっ!」 摘まんでいた四個目のチョコを八雲がアリーシャの口に押し込める。ひんやりとした舌ざわりに柔らかい甘さが重なる。苦いというよりは深いカカオの味わいが口に広がったかと思うと淡雪のように舌の上で溶けてなくなってしまう。 「美味いよ」 そう言った八雲の顔が僅かに綻ぶ。その笑顔は「アリーシャがくれたのだから」と言っているようにも見えた。 「おいしい、ね」 つられてアリーシャも笑顔になる。 「終わった~」 甘い雰囲気も味わっていた八雲の気持ちを破壊するように戻ってきたレオンがアリーシャに覆いかぶさるように抱き締める。 「狭えよ!」 「だったら自分の部屋に戻れば?」 流石に三人で座るにはこのソファはきつい。そんな事を考えていると瀟洒な動きでレオンの膝の上に乗せられてしまう。 「っおい!」 怒った八雲が取り返そうとするが今度はレオンも引かない。 「馬鹿はさっさと報告書かけ」 書類を顔面に突き付けられて八雲は奥歯を噛み締める。 「・・・・・これ以上ヘンなマネすんなよ」 引っ手繰るように書類を掴むとテーブルに向き直る。終わらなければ甘い雰囲気はおあずけ、そう判断したようだ。とは言え朝から格闘していても終わる気配のない様子に不安を覚えたアリーシャは手伝おうとレオンの腕から離れようとする。 「そんなヤツの事ほっておいて良いから、ね」 顎に手をかけられてレオンの方を向かされる。その目は子供みたいにキラキラと期待に満ちている。 「ちゃんと回収したし全部食べるよ?」 宥めすかしている様なのに声音はおねだりしているように聞こえて耳がくすぐったくなる。何だか恥ずかしさが倍増したみたいでおずおずと今度はレオンにチョコを渡す。チョコを渡すのにもなかなか気力がいる。 受け取ったレオンは愛おしそうにアリーシャとチョコを交互に見つめる。 「ヤバい。もったいなくて食べらんないかも」 「日持ちしないよ?」 買いに行って分かったのだがチョコの賞味期限は意外と短い。特に高いもの程日持ちしない気がした。 「それって『僕のチョコ一番に食べて』って事?」 「なんでそうなるっ!」 ペンを握る八雲の手に力が入る。アリーシャは意図していないのだろうが二人の会話はまるでいちゃついているように聞こえる。 「開けていい?」 了承を得てレオンが包みを開く。中に入っていたのは色とりどりの形をしたオーソドックスなアソートチョコだ。どうもアリーシャ自身が選ぶとシンプルなものになってしまう。それでもレオンは嬉しそうだ。 「ね、食べさせて」 「え??」 ペンを握る八雲の手に益々力が入る。殺意の波動に目覚めるまでもう一押しだ。 戸惑っているとレオンは更に食い下がる。 「アリーシャの分も食べるから」 それはダメだ。さっきも言ったが体に悪い。逡巡していると回された腕に力が込められる。食べさせて貰うまで離さないという事か。 そう言えば眠ってしまったアリーシャの代わりに夕飯を作ってくれたのはレオンだろう。八雲は台所に立てない、必然的にレオンが作る羽目になる。 そのお礼なら。言い訳じみた理由を頭の中で考えながら手前のチョコを摘まむ。 意図はしていなかったのだが形がハートのものを取ってしまい気が付いて真っ赤になる。震える手でチョコをレオンの口元まで運ぶ。 (あ・・・・れ・・・・?) 頭の中が真っ白になる。チョコを食べる筈のレオンの口は何故かアリーシャの口を塞いでいる。 何でキスされているのだろう。 「いいかげんにしろ!!」 アリーシャの小さな舌をレオンの口へ誘うよりも先に怒った八雲がアリーシャを引き離す。 「な・・・・・な・・・・」 まだ頭が回転しない、あわあわと八雲の腕の中で過呼吸を起こす。 「だって、どっちも美味しそうだったから」 まるで悪びれた様子もなくレオンは下唇を赤い舌で舐める。 「そうだ。今日お家デートしない?アリーシャにも美味しいチョコ食べさせたいし」 「今日仕事無いんだろ?だったら出かけようぜ?」 益々頭が混乱する。何でチョコを渡したら二人からデートのお誘いを受けているのだろう。 「馬鹿は一生報告書書いてろ」 「変態は一人でチョコでも食ってろ!」 バチバチと火花を散らしてまたも喧嘩を始めようとする二人。その二人の袖を不意にアリーシャが掴む。また怒られるのかと身構えたが様子が違う。 「あの・・・・・・ね・・・・・・」 恥ずかし気に口を開いたのは混乱した頭で大事な事を思い出したからだ。本当はチョコを買った時から頭に止めて置いたのだが色々ありすぎてずっと躊躇っていた言葉。 「いつもありがとう」 優しくしてくれて、気にかけてくれて、こんな自分を好きでいてくれて。 恥ずかしいけれどどうしても言葉にしておきたかった。 「大好き、だよ」 二人とも沢山愛を囁いてくれる、だから自分も伝えたいチョコと一緒にこの気持ちを。 言い終えて満足したのかアリーシャはチョコよりも甘い笑みを二人に向ける。 「かわいい・・・」 (ヤバいっ) さっきの威勢はどこへ行ったのか大好きな恋人に愛の言葉と笑顔を向けられて完全にハートを射抜かれてしまう。 「?」 口元を抑えて固まる二人を見てアリーシャは不安になる。やっぱり迷惑だったろうか。 「わっ!!」 二人の顔を覗き込もうとすると急にソファに押し倒される。訳が分からなくて押し返そうとするが大の男二人にのしかかられて思うように身動きが取れない。 「ホワイトデーまで待ってらんないよ。今すぐ襲・・・・・とと、お礼してあげる」 「覚悟しとけ」 何でこういう時だけ仲良しなのか。抵抗しようにも既に二人の腕の中だ。それでも頭を撫でられると緊張が解れていく。 (今日は・・・特別な日だから・・・・) 一日遅れてしまったけど。 恥ずかしさも怖さもまだあるけれど、それでも大好きな二人だから。 チョコも溶けそうな位熱い体温を感じながらアリーシャはゆっくりと力を抜いていった。

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