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Antipasto書き留めるまでも無い日常
『寝ない子だれだ』
それは何気ない日の夜のこと。
「2時か…………」
報告書とにらめっこしていた八雲が呟く。あくびを一つすると椅子から立ち上がる。
「水飲んで寝るか」
伸びをしながら部屋から出る。報告書は小さな山を作っていたが明日の自分に任せることにした。
「ん…………?」
台所から出ると同じく書庫から出てきた相手と目が合う。それは見間違うことのない愛しい姿。
「わっ………八雲?」
一方のアリーシャは驚いたようでぴょんと小さく跳ねてしまう。
八雲としてはそんな姿も愛しいので直ぐにでも抱き締めたくなったが不思議に思うことがあったので先に首を傾げる。
アリーシャは意味もなく夜更かしする子ではない。こんな夜中にウロウロしているのは珍しいのだ。
アリーシャの方もそれに気付いたようでわたわたと話し出す。
「あ、えええと……レオンに教えてもらった本がおもしろくて……それで」
全てを言い終わらない内に八雲がアリーシャの肩を掴む。
「嫌な夢でも見たか?」
そっとアリーシャの目尻をなぞる。涙の痕は無いがそれでも曇った表情は隠しきれないようだ。
「あの…………うん…………」
アリーシャが観念したように頷く。暗い過去を沢山抱えるこの子は時折酷い悪夢にうなされる。
それは想像も出来ない程辛そうな夢で八雲も何度か起こしてしまった程だ。
「俺の部屋に居ろ……」
アリーシャが小さく頷いたのを見届けて八雲は台所に戻って行った。
自室に戻るとアリーシャはベットの縁にちょこんと座っていた。
「可愛…………じゃねえ…………ほら」
マグカップに入ったホットミルクを渡す。
「ありがとう」
アリーシャはちょっと驚いた様だが直ぐに嬉しそうにホットミルクを受けとる。両手でマグカップを持ってゆっくりと飲むと白かった頬に赤みが差していく。
「眠れそうか?」
「うん、もう大丈夫だよ。ありがとう」
にっこりと微笑むが誰がどう見てもそれは無理しているように見えた。マグカップを取り上げてナイトテーブルに置くとアリーシャを抱き締めたままベットに寝転ぶ。
「わぁっ………や、八雲!そこまでしなくても大丈夫だよ?」
腕の中でもぞもぞと暴れるアリーシャを強く抱き締める。どうすれば悪夢の荊からこの子を救えるのだろうか。
落ち着いて眠れる方法。
「羊が一匹、羊が二匹…………」
「ど………どうしたの?」
突然羊を数えだした八雲に目を丸くする。
「いや、眠れるかと思って」
古典的な方法だが他に思い付かなかったのだ。
「急に数えだしたらびっくりするよ」
至極まっとうな返しに八雲はバツが悪そうに頭をかく。
「でも何で羊なんだ」
話題を反らすようにふと感じた疑問を洩らす。
「え?羊(sheep)と眠り(sleep)をかけてるからだよ?」
「そうなのか?」
ふわふわして暖かい羊を想像して眠くなるのかと思っていたがまさか駄洒落だったとは。
「眠れ、眠れ眠れ………」
「急にどうしたの!?」
「いや、洒落なら直接言っても変わらないかと思って」
驚くアリーシャに八雲は何かおかしいか、と言った顔をする。
「余計眠れないよ!」
ツッコミを入れたアリーシャだったが堪えきれず吹き出してしまう。
体を震わせて笑いを押さえようとするがどうにも笑い声が漏れる。
八雲にしてみれば何がおかしいのか分からないがそれでもアリーシャが笑顔になってくれたなら良いだろう。
ひとしきり笑った後2人で見つめ合う。覗くアリーシャの目にはもう影は無かった。
「眠れそうか?」
アリーシャの頬に手をあててもう一度八雲が聞く。
小さく頷いたあとアリーシャが遠慮がちに口を開く。
「やっぱり羊数えて欲しい…………な」
優しく抱き締めて背中を撫でながら羊を数えるとアリーシャが八雲の胸に頭を預ける。
「八雲の声、安心する」
腕の中でアリーシャが言葉通り安心した声で話す。八雲としては自覚が無いのだがどうなのだろうか。
「あのね、八雲がここにいるって感じられるから落ち着くよ」
半分眠りに落ちながらアリーシャが付け加える。その言葉に思わず腕に力を入れたくなったが何とか堪えた。
(消えたりしねーよ)
代わりにそっと胸の中で誓う。
暖かい温もりをお互い感じながら八雲もいつの間にか眠りへと落ちて言った。
翌朝「八雲、羊数えながら自分で寝ちゃってたよ」とアリーシャが笑うのはまた別のお話。
『日だまりの天使』
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『箱いっぱいの愛情と』
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『寝ない子だれだ2』
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