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if Halloween Night考えたのは2018
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それは10月も終わりに差し掛かったある日の午後だった。
「ハロウィンパーティー?」
紫苑色の瞳を不思議そうに見開いてアリーシャが首を傾げる。
「そう。好意にさせて貰ってる仕事先がくれたんだけど」
そう言ってレオンが一枚の手紙を見せる。わざと褪 せたような色合いの封筒に
手書き風の印刷がされている。ご丁寧に封蝋までされている辺り拘 りと気合いの入り具合が伺えた。
内容は10月31日の夕方から邸宅でパーティーを開くと言うものだ。
「ハロウィンかぁ……懐かしいね」
少しだけ昔、孤児院にいた頃を思い出す。特に何か大規模なイベントをしていた訳では無いがそれでも収穫祭の時期と合間ってその日はご飯が沢山食べられた。
慎ましやかな生活を送る中でハロウィンとクリスマスはちょっとだけ特別なイベントだった。
「まぁ、アリーシャが考えているような内容じゃないかもしれないけど」
昨今ハロウィンと言っても子供だけのイベントでは無くなりつつある。おそらく今回は大人が日々のストレスを仮装で発散したいが為のものと社交的な繋がりを太くしたいが為のものなのだろう。
「でも、甘いお菓子はあるかもな?」
そう言われてアリーシャは複雑な顔をしてしまう。子供扱いされるのは嫌だがお菓子の誘惑には後ろ髪が引かれる。
「でもそれって僕も行っていいものなの?」
招待されたのはレオンなのだ。ほいほい着いていくのも何かおかしな気がした。
「招待状があれば同伴も大丈夫だよ」
事も無げにレオンが笑う。
「オレと一緒はイヤ?」
今度は悲しげな顔をされてしまう。嫌ではない、31日の予定を頭の中で展開させる。仕事は入っていない、夕方からだから買い出しなどは昼間の内にやっておけば大丈夫だろう。そうなれば後は。
「アリーシャ…」
「あ、八雲」
考えていた相手が来てアリーシャが笑う。その姿を見たレオンの方はかなり不服そうだ。冷ややかな視線で追い出そうとするが八雲も慣れたものであっさりとスルーする。
「これ…」
そう言って八雲が差し出したのは褪せた封筒だ。
「八雲も貰ったの?」
「?」
お互い不思議そうに顔を合わせているとレオンが間に割ってはいる。
「空気読めよ莫迦。アリーシャと二人っきりで行こうとしてたのに」
睨むレオンの手に自分と同じ封筒があるのを見て八雲も事情を察して睨み返す。
「お前と二人っきりじゃ淫行パーティーになるだろうが」
水と油、相容れない二人だがことアリーシャの事になると一歩も引かない。お互いが想像していたハロウィンパーティーに三人目はいない、唯唯相手が邪魔なだけだ。
そんな危険な愛情が注がれているなどアリーシャは気付かず嬉しそうに笑う。
「良かった。みんなで行けるね」
「え゛っ」
「ぐっ」
パーティーには行って見たかったが八雲を残しては行きたくなかった、けれど彼も招待されていたなら話は早い。
「フィオナも一緒なら良かったのにな…」
生憎と出張の多いフィオナは31日も仕事で不在だ。楽しそうなアリーシャとは反対に八雲とレオンは肩を落とす。折角二人きりで大人な雰囲気を味わいたかったのだが。
(だから子供扱いされるんだよ)
思わず出かかった皮肉を八雲はどうにか飲み込む。
「ある意味小悪魔ではあるね」
どっちも選べないから二人とも、と言うとまるで恋愛上級者のようだがアリーシャにそんな気は更々ない。ただ楽しい時間を皆と共有したい気持ちから出た台詞なのだろう。無邪気は時にヒトを傷付ける。
「まあ、アリーシャが嬉しいなら良い、か」
「…む。行かねぇって言われるよりは…か」
楽しそうな雰囲気がこちらにまで伝わってくる位喜んでいるのだ、こちらが大人になって我慢するしかない。
溢 れる欲望をどうにか内ポケットにしまう。
「じゃあ31日ね。あ、ドレスコードは仮装だから」
「かそう?」
アリーシャがきょとんとする、一瞬火葬と変換してしまった位聞きなれない言葉がだったのだ。
「仮装……ってどうすれば」
口に手を当てて考え込んでしまう。今から何かを作ろうにも時間が無い、かと言って購入すればそこそこの値段になってしまう。
そもそもハロウィンの仮装とはどんなものなのだろう。
もともとのハロウィンのことを考えれば現世に蘇った死者に襲われない為に擬態して回避するための装いの筈だ。
そうなれば矢張り死者の格好をするのが基本なのだろう、だか改めて考えてみると死者だと分かる格好とは如何なるものなのか。
「むー…」
「ぜってー小難しいこと考えてるだろ」
身体ごと傾げそうな勢いで悩むアリーシャを八雲が呆れて見詰める。
恋人だから八雲もレオンも考えていることは何となく分かる。ハロウィンの仮装一つでここまで困窮するのはアリーシャらしい。
「ま、衣装はオレが何とかするよ」
苦笑いしたレオンが助け船を出す。悩んでいる姿も可愛いがこのままだとオーバーヒートしてパーティー前に熱を出しかねない。
「うん……ありが…………っっ」
そこまで言ってアリーシャがはたと気が付く。
「ヒラヒラしたのダメ!!フリフリしたのもダメだからね!!」
どういう訳だかレオンは事ある毎にアリーシャに女の子の格好をさせようとする。それも彼が好むのはレースやシフォンをふんだんに使った愛くるしい洋服ばかりだ。
頼んで貰っておいて我が儘を言うのはどうかと思ったがこればかりは譲れない。
「はいはい。分かりました」
食い下がるかと思っていたレオンがあっさりと了承する。まるで駄々っ子の相手をしているお母さんのようだ。
笑顔を除き込んでも真意は分からない。きっとレオンの頭の中には31日の計画がクルクルと回転しているのだろう。
釈然としないがそう言われてしまってはこちらも引くしかない、一抹の不安を残しながらアリーシャは掴んでいたレオンの手を離した。
そして31日の夕方。
リビングには着飾った三人の姿があった。
「着方分かった?」
訪ねられたアリーシャは無言で震える。理由は寒いからではない。
「騙された……」
絞り出すようにそう言うとレオンを睨みつける。
「ん?ヒラヒラもフリフリもしてないだろ?」
確かに何処にもレースもフリルも着いていない。けれどその代わりにフワフワの耳と長い尻尾、首には大きな鈴が着いている。
八雲とレオンの目の前には小さな黒猫に扮したアリーシャが立っていた。
「何ならオレ達の方がヒラヒラしてるよ?」
そう言ってレオンはローブの裾をひらりと翻 してみせる。大きな帽子を被っている所こちらは魔法使いだろうか、鈍色 のゆったりとした衣装をハイラインで留めて長い袖をヒラヒラさせると妖艶な顔立ちがより一層妖しく見えた。
「露出が多い!!」
袖の無い洋服は裾が短くて背伸びをするとお腹が見えてしまう。ズボンも丈が短くて腿の辺りまでしかない、それを補うように用意されたストライプのニーハイは最後まで着るか本気で悩んだ。
怒りに任せてレオンを叩くがポスリと軽い音を立てるばかりで全くダメージを与えられない、何しろ手には猫の手のグローブがつけられているのだ。ご丁寧に肉球までついている。
「アリーシャは気にしすぎなんだって」
再び駄々っ子を諌めるお母さんモードになったレオンが頭を撫でて落ち着かせようとする。
(絶対気にしすぎじゃない!)
そこまで押し問答をしているとふと八雲が何も言ってこないのに気付く。普段から口数は少ないがそれでもこう言う時はアリーシャを擁護したり最悪レオンと意気投合したりする。
何となく嫌な予感がして振り返るとアリーシャのズボンに付いている尻尾を何故か八雲がふみふみと揉みしだいていた。
「何してるの?」
虚を突かれたアリーシャが尋ねる。
「ん?あぁ。悪い、何と言うか……その」
そこまで言うとまた尻尾を揉み始める。余程触り心地が良いのか一向に離そうとしない。
犬の方が好きだと以前言っていた筈なのにそれすらも凌駕する魅力がこの猫尻尾にはあるのだろうか。
「何かくすぐったくなってきた」
神経は繋がっていない筈なのにこうも真剣に揉まれると身体がむず痒くなってしまう。
「発情しちゃダメだよ」
「しないよ!」
レオンにからかわれて毛を逆立てる辺りは本当の猫っぽい。思い通りの格好をアリーシャにさせて満足なのだろうか、レオンはいつも以上に楽しそうだ。
そこがまた癪でたまらない、いつも彼の手の上で操られているようで。
「さ、て。そろそろ行こうか」
「うぅ…。やっぱこれじゃなきゃダメ?」
行かないという選択肢は最早無い、せめて上着の一枚でも欲しいが流麗に手を差し出すレオンはそれも許してくれそうにない。
諦めて行くしかないのだがアリーシャにはやるべき事が一つあった。
「八雲……そろそろ尻尾離して」
招かれた会場にはうっかりすると人波に飲まれそうになる程かなりの人数が集まっていた。
けれどそれすらも収用してしまう程広い邸宅の広間にアリーシャは立っていた。近代的な屋敷は製造方法が分からない程巨大な硝子が壁の代わりに張られ矢張り製造方法が分からない程大きなシャンデリアが天井を覆っていた。
普段アリーシャが暮らしている屋敷でさえ四人でも広く感じているのにこの建物はそれを軽く凌駕している。
言い方が悪いがばら蒔きに近い形で招待状を出して同伴者まで許可するだけのことはある。
圧倒されながらもレオンに着いて受け付けに向かう。八雲の方は屋敷に着いて早々写真撮影を頼まれてしまい足止めを食らっていた。しばらく待っていたのだが撮影をお願いする人は何故か減るどころか増えていきちょっとした人集りになってしまっていた。
仕方なく八雲は二人に先に行くように促したのだ。あまり感情の起伏も無く口数も少ない八雲は一見恐く見られがちだがここに集まった大人達はさして気にしないようだ。
「ようこそ」
受け付けの女性が一瞬レオンの顔を見て頬を赤らめる。
「こんばんは愛らしい妖精さん」
こう言う時のレオンは愛想が恐ろしく良い。優美な仕草で立ち回り社交辞令の一つでも溢せばたちまち人目を惹いてしまう。
忘れがちだがレオンは良い所の養子なのだこう言った社交場にも慣れているのだろう。
「ちっちゃな使い魔は一緒でも大丈夫かな?ダメなら魔法で隠さなきゃだけど」
一瞬なんの事か分からなかったが自分の事だと分かるとアリーシャはびっくりして深々とお辞儀をする。
(いつからレオンの使い魔になったんだ!)
心の中で思い切りツッコむが受け付けの女性はそんな事など気付く筈も無くニコニコとしていた。
「まぁ、かわいらしい!どうぞお庭も見ていって下さいね」
社交辞令とは言え可愛いと言われるのは心中複雑だ、だからと言って無下にするのも失礼なのでもう一度深々とお辞儀をすると早々に受け付けを後にした。
それにしてもこの衣装、動く度に鈴がチリンチリンと鳴って目立ってしまいそうだ。
「ああ、先日はどうも」
不意に見知らぬ男性から声をかけられる。誰だか分からずに困惑したが声をかけられたのは自分ではなく隣にいたレオンだと気付いた。
レオンもその男性の方に向き直って何やら話し出す。
この場合待っているべきなのだろうか、会話の内容を聞くのは失礼かもしれないが黙って一人で行くのもおかしいのかもしれない。
色々と逡巡しているとレオンがウィンクで合図を寄越す、先に行けという事だろう小さく頷くとホールへと向かう。
待っていれば八雲もレオンも後から来るだろう。
メインホールには赤い絨毯が敷き詰められ行き交う人達はきらびやかな衣装を纏っている。仮装とは言えどれも仕立てが良い。人の事は言えないが道楽が過ぎるのも考えものだとレオンは感じていた。
立食形式なのでテーブルの上の軽食をつまみながらお目当ての人影を探す。
喧騒の中で軽やかな鈴の音が耳に届いた。矢張り首輪に着けておいて正解だった、音の方へ歩いていくと会場の隅でぽつんと佇む黒猫を発見した。
「アリーシャ」
声をかけてレオンはふと考える。アリーシャの様子がどう見ても元気がないのだ。
「レオン」
一人で寂しかったのかとも思ったのだがレオンの姿を目に留めてもしょんぼりしている辺りそうではないらしい。
「変なのにからまれた?」
仕事の話とは言え数十分も話込んでしまったのだ。可愛い子猫を一人で置いておくべきでは無かったのかもしれない。
心配になって聞いたがアリーシャは小さく首を降る。
会場に集まった大人達は自分達の凝った衣装を見て貰いたい気持ちの方が強く意外にもアリーシャの事を気に留める人は殆どいなかった。
「ご飯おいしくなかった?」
先程いくつか食べてみたが味は悪くなかった筈だ。それでも幼い口には合わなかったのかもしれない。
「食べてない」
アリーシャが小さくそう言う。どういう事だろうか、パーティーに行くのを楽しみにしていたのはご飯に釣られたせいでもある筈なのに。
「ん…」
首を傾げるレオンにアリーシャが手を差し出す。猫の手を模したグローブは間接が無くスプーンやフォークを持つことはおろかコップを掴むことさえ難しい。
何度か試してはみたようだがお皿を取り落としそうになってしまい結局諦めざるを得なかったようだ。
(外して食べれば良いのに…)
口に出かかった言葉をどうにか飲み込む。真面目というか真正直というか、あるいは意外とこの姿を気に入っているのか。
真っ直ぐな恋人にちょっとだけ脱力したが直ぐに口角を上げてアリーシャに向き直る。
「食べさせてあげようか?」
「なっ…!」
レオンの申し出にアリーシャは顔を真っ赤にしたあと凄い勢いで首を降る。
「食べたいんだろ?」
近くにあったテーブルからグラスを取るとアリーシャの前にちらつかせる。
「だって…誰かに見られたら…」
「誰も見てないよ?」
ちょうどホール中央のステージで催し物が始まったらしく殆どの人はそちらへ行ってしまっていた。
それでもアリーシャは辺りを見回して躊躇っている。
「ほら」
グラスのカクテルゼリーをスプーンで掬うとアリーシャの口元まで持っていく。
シャンデリアの明かりをキラキラと反射して美味しそうなゼリーが誘惑するとアリーシャの気持ちが揺らぐのが見て分かった。そして最後の一押しは小さく鳴ったアリーシャのお腹の音だった。
「……」
震える唇を小さく開きアリーシャがゼリーを食べようとする。
けれど口に入る寸での所でレオンはスプーンを遠ざけてしまう。
「え?」
まさかお預けを受けるとは思わずアリーシャは困った表情をレオンに向ける。
「ダーメ。今日はネコちゃんなんだから、ちゃんと語尾ににゃあって付けなきゃ」
悪戯なリクエストをするレオンをアリーシャは恨みがましい目で睨み付ける。それでも逃げ出さなかったのは矢張りお腹の虫が鳴いていたからだろう。
パーティーの食事を楽しみにしていたのは昼食をちょっとしか食べていない事からも分かったし夕食の支度もしてこなかったのをレオンはちゃんと記憶していた。
つまり此処で食べるしか空腹を満たす術は無いのだ。
「食べたい?」
再度聞き直す。一度取り逃がした獲物は大きく感じる事もレオンは理解していた。
「食べたい…です…にゃあ」
歯噛みしていたが声を押し出すようにしてアリーシャは何とか言葉にする。
恋人を可愛いネコにして満足したのだろう今度はちゃんとスプーンが口へ運ばれる。
「おいしい?」
「おいしい…です…にゃあ」
言葉使いも語尾もおかしいのにレオンは嬉しそうに笑う。それとは対照的にアリーシャはしおれていた。只でさえ食べさせて貰って恥ずかしいのに語尾まで変えさせられて、こんな姿八雲にだって見せたくは無い。
「ほら、もっと口開けないと零れちゃうよ?」
「ごめんなさい……にゃあ」
グラスは小さい筈なのに食べさせて貰ってる時間は永遠に続くような気がした。
「おいしかった?」
何とかグラスが空になるがアリーシャの方は恥ずかしさで今にも倒れてしまいそうだ。
レオンの問いに無言で頷く。
(そうきたか)
必要以上は喋らない、アリーシャの苦肉の策なのだろう。そんな抵抗さえもレオンにとってはいとおしい。
「じゃ、味見!」
そう言うとレオンは素早くゼリーで濡れたアリーシャの唇を音を立てて啄む。
「ふにゃああ…」
俯いていたアリーシャが目を丸くして驚く、丁度余興でも盛り上がりがあったのだろう舞台の方で歓声が上がり更にびっくりしたようだ。
口をパクパクさせ混乱と怒りざ混じった瞳でレオンを見るが当の本人はまるで悪びれた感じもなく笑う。
「あっちにおいしそうなケーキもあったけど?」
「もういい!レオンなんか知らない!!にゃあ」
食べさせられる度にキスをされたのでは堪らない、ただでさえおかしな語尾に参っているのに。
踵 を返すとアリーシャはチリンチリンと音を立ててホールから駆け出してしまっていた。
残されたレオンはそれでも楽しそうにその後ろ姿を眺めていた。
(ネコなのに脱兎とはこれ如何に?)
「はぁ…はぁ…」
まだバクバクする心臓を押さえてアリーシャは石畳の上を駆ける。思わずホールから飛びだしてしまった。とにかくレオンに見つからない所、そう思って勝手の分からない屋敷内をうろうろしている内に庭へと出てしまったようだ。
夜風を吸い込んで呼吸を落ち着ける。
追いかけてくる様子はないが今屋敷に戻ればレオンに見つかってしまうかもしれない。気分転換も兼ねて庭を散策することにした。
手入れされた低木やトピアリー、花壇の花はきっと季節毎に植え替えられているのだろう。奥の方には噴水や東屋も見える。庭も開放するだけあって屋敷と同様贅を凝らした作りになっているのが見てとれた。
外灯に照らされた庭は十分美しいが昼間に見ていたらもっと綺麗だったに違いない。
少し残念な気持ちも抱えて歩いていると石造りのベンチに見知った顔が見えた。
「八雲!」
駆け寄ると八雲はちょっと驚いたような顔をしたがびっくりしたのはアリーシャも同じだった。
「どうしてここに?」
尋ねたのはアリーシャの方だ。てっきり屋敷内のどこかにいると思っていたのだが。
「人の多いとこ苦手なんだよ」
素っ気なく八雲が答える。
(じゃあなんで来たんだろう?)
極当たり前の疑問がアリーシャの頭に浮かんだが敢えて口にはしなかった。
八雲にも思う所はあるのだろう。
「じゃあ八雲はずっとここにーっくしゅん!」
一陣の風が吹いてアリーシャの髪を撫でるとくしゃみが出た。今まで歩いていたから感じなかったが立ち止まると寒さが身に染みてくる。
「何やってんだよ」
10月末の寒空の下でウロウロしていい格好ではない。グローブで肌を擦るアリーシャを呆れながらも八雲は羽織っていたマントの中へ入れた。
八雲に後ろから抱き抱えられる格好で二人ベンチに座って庭を眺める。寒いせいか庭に出ている人は殆どおらず広い庭園で二人を見咎める相手はいなかった。
少し恥ずかしかったけれど伝わる体温と鼓動が心地良くて身体の力を抜いてしまう。ネコが人間の膝が好きな訳がちょっとだけ分かった。
「八雲は何の格好?」
ふと家にいる時から気になっていた疑問をぶつける。二人がくるまっているマントは生地が厚手で温かいが何を意図して装備されているのかはよく分からなかった。
「さぁ?」
素っ気なく答えられてアリーシャはびっくりしてしまう。
「分からないで着てるの?」
「アイツが用意したんだ」
苦々し気に八雲が洩らす。アイツとはレオンの事だろうお互いを毛嫌いしている二人は名前を呼ぶことすら稀だ。
「レオンそんなにパーティー楽しみだったのかな?」
「何か裏がありそうだがな」
アリーシャにとってレオンは優しい「お兄ちゃん」で警戒などしていないが八雲にとっては違う。
得体も腹の底も知れない相手だ、敵に塩を送るようなタイプとも思えないし借りなど作っておきたくはない。
「うーん。ちょっとだけ分かるかも」
アリーシャもこれには苦笑いする。優しい笑顔と甘言で何度も騙された経験があるからだ。幼馴染みのアリーシャでさえレオンの底を見通すことは難しい。
「ま、吸血鬼か何かだろ」
アリーシャの思考がレオンの事で埋まりそうになっているのに気付いて話を元に戻す。
折角二人くっついているのに別の男の事を考えるなんてごめんだ。
「吸血鬼…………って……何だっけ?」
紫苑色の瞳をぱちくりとさせ考える込むアリーシャを見て八雲は言葉を失う。
からかったり八雲を試しているようには見えない、頭はそこいらの大人より良いし機転も効くのに変な所が抜けている。
「満月…は関係ある?」
「いや関係ないだろ?」
二人で白いまんまるの月を見上げる。八雲も詳しい訳では無いので頭をフル回転させて記憶を辿る。満月はたしか別の怪物だった気がする。
「夜に血を吸ったりとか」
読んで字の如くだが、辿々 しく八雲が説明する。
「口吻で?」
「いや蚊かよ」
このままでいくとアリーシャの中で吸血鬼がモスマンのようなUMAになりかねない。どう説明したら良いか悩むレオンを見てアリーシャはにっこり笑う。
「でも八雲格好いいよ」
マントも白いジャボもひだ飾りの着いた袖も長身で端麗な顔立ちの魅力を引き立たせている。普段しない格好だから余計に新鮮に見える。
真っ直ぐに格好いいと言われて思わず八雲は目を反らしてしまう。恋人に誉められて嬉しくない筈がなく感情の置き場に困窮したからだ。
それにしてもアリーシャは相手をその気にさせるのが上手い。その気、とは主にいやらしい方向だが無意識で煽るのだから困ったものだ。
ニコニコと笑う愛らしい恋人を見て一つだけ吸血鬼に関して八雲は思い出した事がある。
逃げられないように抱き締めていた腕に力を入れる。
「八雲?」
「体験してみるか?」
今夜の月に劣らない位白く華奢な首筋を見て喉が鳴りそうになる。まるで本当に吸血鬼が乗り移ったようだ。
温かい首筋に唇を当てると歯を立てる。
「え?」
アリーシャの理解が追い付くよりも先に歯は柔らかな肉に食い込む。ゾクリと恐怖とは違う妖しい衝撃がアリーシャの背筋を這う。
「…っや!」
このままではいけないと本能が告げ突き飛ばすように八雲の腕から脱出し距離を取る。
「吸血鬼 のこと知りたいんだろ?」
そう言って月を背に立つ姿は妖しいまでに格好いい。月明かりがアッシュの髪をキラキラと輝かせるとまるで別人のように見えた。
「こいよ」
手を差し伸べられるとまた妖しい衝撃が身体に走る。
「ダメ!!」
魅了されそうになる頭を何とか降ってアリーシャはその場から走り去る。
一人残された八雲は小さくため息を吐いた。
「何やってんだ、俺」
頬に冷たい夜風が当たる。
「頭冷やすか」
「酷い目にあった……」
パーティーから帰ってきたアリーシャは玄関で崩れ落ちそうになる。結局八雲からもレオンからも逃げ出したアリーシャは宴が終わるまで屋敷内を逃げ回る羽目になったのだ。
食事など取れる筈も無く鬼ごっことかくれんぼを繰り返した身体は疲労困憊になってしまった。
ハロウィンとはこんな辛いイベントだっただろうか。
「んー。アリーシャにはちょっと早かったね」
からかうようにレオンが言えば八雲も慰めるようにアリーシャの頭を叩く。それがまた子供扱いされていて腹が立つ。
ただでさえ空腹でピリピリしているのに。グローブの中の手をギュっとさせ二人を睨む。
「じゃあ。アリーシャの機嫌が治る魔法を掛けようかな?」
アリーシャの口に指をあててレオンが悪戯っぽく笑う。
「魔法?」
「今日のオレは魔法使いだからね」
芝居掛かった動きでレオンは恭しく一礼をする。
「詐欺師の間違いだろ」
呆れる八雲を無視してレオンは「おいで」と手を引いてアリーシャを誘う。
レオンに連れられてリビングのドアを開ける、暗闇の中明かりをつけようとしたアリーシャをレオンが肩を押さえて制した。
「フフッ」
指をパチリと鳴らすと部屋の至る所に置かれた大小様々なキャンドルが順に灯りを灯していく。
「えっ!?」
けれどアリーシャが驚いたのはそこではない。
リビングの大きなテーブルには色とりどりのお菓子が所狭しと並んでいたのだ。
ハロウィンをイメージした赤やオレンジ、黒のケーキはホールと手のりサイズのものが揃えられている。お皿にはメレンゲ菓子が山になっているし銀のトレーにはチョコやマドレーヌ、フィナンシェが並べられている。他にもクッキーやマカロン、ロリポップなどがありキャンドルの灯りに照らされて幻想的な姿を揺らめかせていた。
「流石に全部作ってる時間が無かったから幾つかは取り寄せたけど」
レオンの言葉にアリーシャは更にびっくりする。レオンの作るお菓子は美味しいが今日1日そんな素振りなど見せなかったのにいつの間に用意したのだろう。
彼の言うように本当に魔法のようだ。甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「二人で食べようね」
「まだ食う気か」
会場の食べ物はハロウィンと言うだけあって甘い物が多かった、それをお腹に入れて尚且つこの菓子の山を食べようとは甘党恐るべし。
とはいえツッコんだのは八雲だけでアリーシャの方は嬉しそうにお菓子を眺める。飾りの筈のミミと尻尾がピコピコと動いているように見えるほどその楽しさは二人にも伝わって来ていた。
「ん」
夢中になって眺めるアリーシャの頭に八雲が白い箱をぽすんと置く。
「?」
一抱え程ある箱を頭から下ろしてアリーシャは不思議そうに八雲を見上げる。
「残ったヤツだが……………会場にあったの貰ってきた」
少し照れたような、バツが悪そうな表情をして八雲が答える。その言葉にアリーシャの胸が熱くなる。
まさか食べたくても食べられなかったあの食事が手の中にあるとは。けれどそれ以上に人の多い所が苦手だと言っていた八雲が会場に戻って頼んでまでくれた事に胸が熱くなった。
「機嫌治った?」
レオンの問いに深く頷く。二人ともこんなにも思ってくれて嬉しさと同時に避けてしまっていた事に申し訳なさを感じる。唇を噛んで熱くなった目尻を押さえる。
「じゃあ、笑って。アリーシャが笑ってくれた方がオレ達も嬉しい」
温かい言葉に何度も頷く。
「八雲、レオン……ありがとう」
愛してくれて、二人が側にいてくれてこれ以上ないくらい幸せだ。
幼い、けれど年相応の笑顔を二人に向ける。
(…あ)
(ヤバ…)
その瞬間二人にスイッチが入ってしまった。
テーブルに近づこうとしたアリーシャを後ろから伸びたレオンの手が抱き締める。
「にゃ?」
今度こそ美味しいご飯が食べられると思ったのに、困惑の表情を二人に向ける。
「アリーシャ。TrickorTreat!」
ハロウィンの決まり文句を言ってレオンが胡散臭いまでの笑みを向ける。
けれど言われた方のアリーシャは困ってしまう。何と答えれば良いのか、そもそもTrickorTreatの意味は。
(お菓子か、イタズラか…)
そこまで考えて背筋に冷たいものが走る。嫌な予感がする。
「お菓子ないのー?」
茶化すように言われて心臓が跳ね上がる。パーティーの事に気が行ってしまいお菓子を用意していなかった、買い食いなんてしないから手持ちにもないし。
八雲もレオンもお菓子を用意した何もしてないのはアリーシャだけだ。
「じゃあイタズラだね」
的中した嫌な予感に逃げ出そうと手足をバタバタさせるが既にレオンの腕の中だ。
「イタズラならさっきされた!」
「何したんだ?」
「そっちこそ」
顔を見合わせる八雲とレオンだが自分のしたことには無自覚らしい。必死の訴えも空しく今度は八雲に抱え上げられてしまう。
「エロいことしてると幽霊寄って来ないって言うしな」
「じゃあ試してみないとね。仮装より効果的かもしれないし」
だから何でこう言う時だけ意気投合するのだろうか。先程感動した自分が情けなくなってくる。
「HappyHalloweenだね」
(happyなのは二人だけだ!!)
八雲の肩でフーフー怒るアリーシャだが二人は気にせずにリビングから連れ出そうとする。
嗚呼、またお菓子が遠ざかる。
どんなに抵抗しても二人は離してくれず結局アリーシャが解放されたのはハロウィンを過ぎて夜も明けた頃だった。
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