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kitty fight
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「で・・・何なんだこれは・・・」
リビングルームのドアを開けた八雲が憮然と口を開く。
窓から差し込む穏やかな日差しと愛する人と、どうでもいい男。いつもと何一つ変わらない筈なのに一か所だけおかしな所がある。
「何でアリーシャが食器棚の上に乗っかってんだ」
大好きな恋人は何故かアンティーク調の家具のてっぺんにちょこんと座っている。平素からおしとやかとは言わないが突拍子も無い事をするような子ではない。何故こんな事をするのか皆目見当もつかない。
「フーーッ!」
理由を問いただそうとしても当のアリーシャは紫苑色の瞳を大きく開いて小さく唸るばかりで埒が明かない。となればやる事は一つだ。
「何をした・・・・・!」
傍らにいた明らかに原因を知ってそうな男の胸倉を掴む。
「いきなり犯人扱いとか・・・」
揺さぶられたレオンは呆れたような声を漏らす。
「お前しかいねーんだよ」
アリーシャがいつもおかしくなる原因は十中八九この男だ。
「まあ、否定はしないけど」
掴まれた手を払いのけるとレオンは事も無げに言う。やっぱりこの男が元凶だったか。
「今のアリーシャはね、子ネコなんだよ」
「は・・・・?猫・・・・?」
突拍子もない言葉に思考が固まる。確かに威嚇の仕方や座り方はネコっぽいが何故ネコなのか。
「そう。にゃんこ!可愛いでしょ」
可愛いとか可愛くないとかの次元ではない。いや、どんなアリーシャでも可愛いのは間違いないが。でもどちらかと言えば自分は犬派だ。
「訳が分かんねー」
思考を纏め上げようとするほど余計な雑念が混じってしまう。
「これで全部察すると思ったんだけどな?」
「無茶言うな」
不思議そうに首を傾げるレオンに八雲が呆れた声を上げる。何をどうすれば今ので全部理解できると言うのか。掴みかかりそうな勢いで睨むとレオンは溜息を一つ吐く。
「あのね・・・・」
レオンが事の顛末を話し出す。きっかけはアリーシャからの相談だった。
アリスだった事イヴに壊された事、見知らぬ相手に蹂躙された事とにかくアリーシャの生きていた道のりには禍難 が多い。本に書き留めれば何冊になるか知れない程だ。それ故にトラウマも多い、何かの拍子にフラッシュバックを起こして錯乱したり気を失ったりしてしまう。一度など性行為が出来ない状態に陥った程だ。
アリーシャ自身それを気に病んでいたらしくレオンに話を持ち掛けた。
『催眠魔法による精神治療』深層から意識を呼び覚まし過去と対峙しょうとしたのだ。
「オレも止めたよ?」
アリーシャに刻まれた闇は深淵の様に深い。無下に呼び戻して下手を打てば傷を更に広げて取り返しのつかない事になるかもしれない。
だがらあくまで緩和する程度に、悲しい記憶が安らぐ程度の軽い催眠魔法をかけたようだ。
「まあ、オレも最初はちゃんとやってたよ」
ただあまりにも魔法が素直に効いてしまってイタズラ心が芽生えてしまったのだ。真っ白な意識に自分がネコだと思うように暗示を掛けたらしい。
(コイツは・・・・・)
普段頭が良い癖に時々とてつもなく阿保な事をする。
「ミミと尻尾つけてかまったら戻そうと思ったんだけどねー」
ネコになったアリーシャは想像以上にアグレッシブだったらしい。レオンの腕をすり抜け屋敷中を駆け回り今に至ると言うのだ。
「はぁ・・・・・・・・」
説明を全部聞き終えて八雲は脱力するのを感じた。3日ぶりに仕事から疲れて帰ってくれば。本当ならアリーシャとまったり、出来るならイチャイチャしたかったのに。
「とにかく戻せ」
「んー?まだミミと尻尾着けてないんだけどな」
この期に及んでまだ渋るレオンに怒りが沸き立つ。
「いいから戻せ」
今度は胸倉を掴むのではなくチョークスリーパーをおみまいしようとしたがあっさりかわされてしまった。
「とりあえず、危ないから降りといでー」
「フシャー!」
レオンが腕を広げて抱えようとするが当のアリーシャは甲高い唸りを上げて怒るばかりだ。こんな状況を巻き起こしたレオンはもとより八雲まで不倶戴天の敵とみなしたらしい。
「どうすんだよ。これ」
棚は壁に打ち付けていないので力を入れれば棚ごと倒れてしまいかねない、それでなくても不安定な足場にいつバランスを崩すとも分からない。
無理矢理にでも引き摺りだすか、棚は178㎝ある八雲でも一番上は届かない。そもそもどうやって登ったのやら。
「にゃっ!」
考えあぐねていると瞳をきらりと光らせたアリーシャが勢いよく棚からジャンプする。
「危ねぇっ!」
八雲とレオンの声が重なる。慌てて手を伸ばすがアリーシャは器用に身を翻し三角飛びの要領でレオンの腹を蹴ると地面に難なく着地する。
「っつー………」
蹴られた方のレオンが珍しく痛そうに蹲 る。肋 の下の筋肉の無い柔らかい部分を蹴られたのだろう自業自得だかそれを笑っている場合では無い。
「大人しくしろって」
どうにか暴れるアリーシャを抱え上げる。尤もそんな事で大人しくなるようなネコでは無い。
「にゃっ!!」
「いって!」
八雲の腕にアリーシャが思い切り噛み付く。甘噛みではない、筋繊維に歯が食い込むのが分かる位容赦の無い一撃に思わずアリーシャを取り落としてしまう。
「何やってんだよ」
「お前が言うな」
互いに悪態を吐いている間にもアリーシャは止まらない。
テーブルの上に乗ってコップの水を溢したり棚の上に登って飾ってある物を落としたり、カーテンを引っ張って壊したり捲 れていた壁紙を剥がしたりと屋敷内を縦横無尽に駆け回っているのだ。
慌てて追いかけるが愚鈍だと言わんばかりに二人の腕を簡単にすり抜けてしまう。下手に捕まえようものなら引っ掻いたり噛み付いたりと容赦無く暴れた。
そんな訳でどうにかリビングに追い詰める頃には八雲もレオンも疲労困憊で床に経たり混んでしまう程だった。
「猫って寝るからネコなんじゃねーのか?」
「まぁ、あくまでもアリーシャの中のネコだからねぇ…」
お互い荒い息を繰り返しながらアリーシャの方を見る。当のアリーシャは楽しそうにティッシュケースからティッシュを引き出している。
催眠魔法は憑依では無い、あくまでアリーシャがイメージした姿にしかならないのだ。
「それがコレかよ」
傍若無人で我が儘で我を貫き通す。残念な事にそれを可能にする高い身体能力もアリーシャは兼ね備えているのだ、よく四足歩行であそこまで走れるものだと追いかけながら八雲は呆れていた。
「ストレスたまってるんじゃない?」
誰のせいだ。そう漏らそうとした時アリーシャがぴくんと身体を揺らした。
「にゃあ」
トコトコと八雲の方に寄ってくるとズボンの裾を引っ張って甘えたような声をだす。
「何だよ、遊んで欲しいのか?」
「にゃっ!」
「痛って!」
抱き上げると強烈なネコパンチが飛んで来た。お陰で今日何度目か分からないがアリーシャを腕から取り落としてしまった。
「にゃ~~」
床に降りたアリーシャは今度は不機嫌そうな声を上げてぽすぽすとレオンの足を叩く。
分からない、矢張言葉を発してくれないと何が何だかさっぱりだ。
「ひょっとしてお腹空いたんじゃない?」
確かにあれだけ暴れれば腹も減るだろう。
「よしよし。イイ子だね、おいしいご飯あげようね♪」
極力優しい声音でレオンがアリーシャを撫でるとその腕に気持ち良さそうに収まる。
今度は成功したようだ。
自分の欲しいモノがある時だけ甘えて事を成そうとさせる。それもまたネコなのだろう。
「でもどうすんだ?」
流石に猫缶をやる訳にはいかない。かといって普通の食事を用意した所でご飯と認識してくれるだろうか?
不安を覚えて八雲は眉根を寄せるがレオンは楽しそうに笑うばかりだ。そのまま階段を上がって行ってしまう。
慌てて八雲も追いかける。ダイニングとは別方向に向かうレオンの後姿に不安を覚えずにはいられなかった。
「着いたよ~」
「にゃっ」
ベッドルームに着くとレオンの腕の中にいたアリーシャは広いシーツの上へと転がされてしまう。
「にゃう~~」
手足をパタパタさせてアリーシャが唸る。ご飯を貰えると思ったら訳の分からない場所に転がされて、かなりご立腹のようだ。
「大丈夫。ちゃんとご飯あげるよ?」
「どうするつもりだ?」
この部屋に来たらやる事は一つなのだがそれがアリーシャの空腹とどう繋がるのかは分からない。
腕を組んだ八雲が説明を求めるとレオンは優しげな笑みをアリーシャに向ける。そんな事をしても八雲には胡散臭く見えるだけだが。
「子ネコのご飯って言ったらミルクでしょ」
楽しそうに吐かれた言葉に漸く理解した八雲が額を押さえる。
(コイツは………)
何でも解釈を歪曲させてそっちの方面に持っていこうとさせる思考回路には呆れる。つまりこの場合のミルクはただの牛乳では無くて熱を帯びた欲望の塊、それをアリーシャに与えようと言うのだ。
「頭痛くなってきた」
「別に良いよオレ一人で。何かそっちの栄養なさそうだし」
レオンが小馬鹿にして笑うがその手は既にアリーシャの上着を脱がしてしまっている。
「なに体良く追い出そうとしてんだよ」
いがみ合う二人の間からアリーシャが這って逃げ出そうとする、どうやら動物的な本能が危険を察知したらしい。
そのアリーシャを八雲が伸し掛かるように押さえ付けてしまう。
「にゃう……にゃう!」
二人の男にあっという間にシャツ一枚だけにされてアリーシャも何とか抵抗を試みる。
けれどいくら二人を引っ掻いても今度は怯んでくれない。
さっきとは意味合いが違うのだ、こんな状況で噛まれたり引っ掻いたりしてもご褒美でしかない。
「にゃう~?」
顔を歪ませて口から弱々しい声が漏れる。お腹は空いたし身体はスースーするしで散々な状態だ。
それでも抵抗しようと二人の間でもう一度体制を立て直す。四足歩行なので必然的に四つん這いとなり小さなお尻が八雲に向けられる。
「……………………」
その姿に八雲の精神は一気に情欲の方へと傾く。レオンに押し付けられた仕事のせいでもう何日もしていない。
そう言う意味では八雲も空腹だ、極限の誘惑の前では理性など無いに等しい。
少なくともこの体制で、本当はアリーシャが誘っているのではと錯覚する位には蝕まれてしまっていた。
尻肉を両手で割ると一気に刺し貫いてしまう。
「にゃ~~っっ!?」
子ネコが苦痛に顔を歪ませる。いきなり襲ってきた痛みと熱に半ばパニックになってしまう。
逃げだそうにも痛みで思うように動けずおまけに腰を八雲に押さえられてしまっている。
「みゃう!みゃう!」
苦し気な吐息が鳴き声と共に漏れる。その様子を見てレオンは危うく舌打ちをしそうになる。
最初を取られた事よりもアリーシャが痛がっている事の方に苛立ちを覚える。
コイツはいつもそうだ。前戯も殆んどしないで事に及んでしまう、そんな事をしてもアリーシャが萎縮してしまって気持ち良さが減ってしまうのに。加虐趣味があるのではと疑ってしまう程だ。
「あーあ。アリーシャ痛がっているじゃん。早漏、もっとゆっくりしてあげないと。ちゃんとペニスも弄ってあげなよ?」
いくらアリーシャが可哀想でも止める、と言う判断は毛頭にないので出来る限り気持ち良くなるように助言する。
「誰がだ…」
八雲の方も文句は言うがアリーシャが苦しそうにしているのは分かったのでその言葉に従う。
「にゃ……にゃ……」
少し落ち着いたのだろう、まだ苦しそうではあるが乱れていた呼吸が落ち着いて来る。
「にゃう~~」
それでも圧迫感と熱が不快なのだろうレオンを見上げるアリーシャの瞳は助けを求めている。
先程まで不倶戴天の敵であれだけ暴れていた相手にあっさり掌を返して助けを求める、普段のアリーシャからは想像も出来ない姿だがレオンは内心楽しくてしかたがない、やっぱりネコはこうでないと。
とはいえ散々引っ掻かれた『お礼』はたっぷり受け取らせるつもりではいた。
「歯、立てちゃダメだよ?」
それだけ言うと自分の熱を帯びた性器を幼い口に押し込む。
「んむっ!むーっ!!」
柔らかい唇が括 れの部分に当たる。また噛まれるのではと少し警戒したが小さな舌が口の中の異物を押し戻そうと抵抗をみせる位だ。
(それじゃあ男を悦ばせるだけだよ?)
意図はしていないのだろうが舌先が先端を突っつくような動きにレオンは性器を更に大きくさせてしまう。
「んんっ。んー」
前も後も収まる事を知らない熱と膨張にアリーシャはパニックになってしまう。何よりも自分の中で起き始めていた変化に一番混乱する。
「フフッ。気持ち良くなって来ちゃった?」
レオンの言葉は理解出来ていないのだろうがアリーシャはまるでそれに答えるように自分の性器から甘い蜜を溢して八雲の手を濡らしていく。
「アリーシャ……」
アリーシャも感じている、その事が八雲の情欲を加速させ腰を打つ速度を速めさせる。
「にゃっ…………にゃっ……」
呼吸を促す為に一度レオンが性器を外すと甘い鳴き声が突かれる度に漏れる。
「・・・・コレ、交尾じゃねえの?」
ふと気付いた八雲が言葉を漏らす。艶声を上げて腰を揺らす姿は食事と言うよりも獣のソレに近い。
「まさか、アリーシャはちっちゃなネコだよ?」
アリーシャに自分の指をしゃぶらせていたレオンが笑う。子ネコを囲う男達は盛りを覚えた獣 の様にアリーシャを弄ぶ。
「赤ちゃん作るのはまだ早いよねー」
「なっ…」
何気無く吐かれた言葉に八雲が思い切り動揺する。アリーシャと赤ちゃん作り。愛する人が自分の遺伝子を半分持った命を宿してくれる。もしそんな事が叶うならネコでも犬でもハシビロコウでも自分もなるのに。
夢見るような事はしないがそれでも火の付いた欲望を加速させるには十分だった。
「にゃう~~!!」
抉るように更に激しく抽送が繰り返される。
甘い痺れに身体を支配されてさっきとは違う意味でアリーシャは息も絶え絶えになる。この状況で更にレオンもフェラを再開させようとする。
「にゃっ!」
シーツに爪を立ててアリーシャはそれを拒もうとする。けれどもう思うようには身体に力が入らない。
「だーめ。ちゃんとちゅうちゅうしないとミルク出ないよ」
「みゃう!みゃう!」
心からの叫びだったのだろう。鳴き声は「そんなのいらない!いいから離して!」と八雲にもレオンにも聞こえた。
「こらこら好き嫌いしちゃダメだよー。栄養あるんだから」
確かにたんぱく質は取れそうだが。八雲がそんな事を考えている内に再びアリーシャの口内をレオンの性器が蹂躙する。
「ほらほら。おいしいね」
美味しくは無いだろう。むしろ男二人に良いように弄ばれて屈辱の味を噛み締めているのではないか、少し不安を感じたがそれよりも八雲には気になる事があった。
「さっきから言葉遣いおかしくねーか?」
「別にいいじゃん」
「萎える…」
勃たなくなる程では無いがどうにも興が削がれてしまう。
「ネコはね、赤ちゃん言葉で話しかけると落ち着くんだよ?」
腰をかくかくと揺らして快楽を堪える姿はどう見ても落ち着いているようには見えないが。
「・・・・・」
それでもアリーシャが心地良くなるなら馬鹿みたいに甘ったるい言葉をかけたくなる。
(…………やめた)
開きかけた口を八雲は再び結んでしまう。二人きりならまだしもこの男の前で緩んだ姿を見せる気は無い。
それに言葉をかける以外にも愛情を示す事はできる。
性器をギリギリまで引き抜くと一気に奥まで刺し貫く。
「みゃうっっ」
悲鳴とも喘ぎともつかない鳴き声が子ネコの口から上がる。
繰り返し、乱暴とも思えるくらい激しく突かれてアリーシャの瞳は焦点を失っていく。
「とろっとろでちゅねー」
アリーシャの顎に指をかけてその表情をじっくりと味わうように見ていたレオンが満足そうに笑う。レオンにとって情欲に囚われた恋人の姿は自慰よりも気持ちの良いものなのだろう。
「みゃふ」
両の口を塞いでいた性器がビクビクと脈を打ち始める。何か怖い事が起きようとしているのが何も知らない子ネコにも理解できた。けれど全身をぐるぐると回る快感に支配されて抵抗する事ができない。
「ほらほら、アリちゃんの大好きなミルクだよ」
熱を帯びたレオンの声に反応して小さな手がシーツを掴む。堪えようとしているのか、それとも快楽を長続きさせようとしているのか小さなネコにはもう分からない。
瞳から沢山涙を溢して最後の抗いを見せる。けれど激しく身体を揺さぶられてその抵抗もあっさりと瓦解してしまう。
「上のお口も・・・・下のお口もいーっぱい飲んで、はやくおっきくなろうね」
「ふにゃああぁぁーー!!」
熱い飛沫を両方の口で受け止めながらアリーシャも絶頂の悲鳴を上げて果てていく。
欲望を全て受け止めるとシーツの上に踞 ってしまう。
「アリーシャ…」
目尻に涙を湛えて身体を震わせている姿はどうにも愛しい。
「おかわり、かな?」
「あんま飲むと腹壊すぞ」
二人とも気遣いながらも行為をやめる気はさらさら無いらしい、けれど体制を変えた一瞬をついてアリーシャがベッドから逃げ出してしまう。
「あ!」
再び八雲とレオンの声が重なる。するりと抜け出した子ネコは開け放たれたドアから振り返ることもなく出ていってしまった。
慌てて追いかけるが部屋を飛び出した時にはもうアリーシャの姿はどこにも見当たらない。
「マジかよ」
あれだけ激しく快楽を与えられた後だと言うのによくそこまで機敏な動きが出来るものだと思ってしまう。
それだけ嫌われてしまったということだろうか。
「あー…。夜フィオナ帰ってくるんじゃなかったっけ?」
レオンのその言葉を聞いて八雲の背中に冷たいものが走る。ネコになったアリーシャがシャツ一枚で屋敷内を走り回っている、なんて言った日にはどうなることか。
アリーシャの父親代わりでもあるフィオナだ、説教2時間では済まされないだろう。最悪屋敷から叩き出されるかもしれない。
「早く探さないとヤバいねー」
口調は軽いがレオンも恐々としている事が気配で分かる。手分けして屋敷内を探すがまるで霞みの様にアリーシャはその姿を消してしまった。
ネコと一緒に暮らした事などないからどこを探せば良いのかもわからずに手当たり次第部屋を覗くがその姿はどこにも無い。最悪外に出てしまったのではと嫌な考えが頭を過る。
あんな可愛らしい子ネコが裸も同然で外をふらふらしていたら絶対に襲われる。
幸いにも玄関も窓も開かれた形跡は無いがそれでも不安は解消されない。
方々を探し回って疲労困憊になる頃には日もだいぶ傾いていた。
「いいかげんにしてほしい」
物置の前でばったりとレオンと出くわした八雲から苦々しく言う。それはアリーシャにではなく目の前の男に向かって吐かれた言葉だ。
「だってカワイイんだもん」
飄々と答える素振りはこんな状況を作り出した張本人だと言うのにまるで悪びれた様子が無い。
「それに、好きなら色々な姿を見たいと思うのは当然だろ?」
平然と悪事を罷 り通すかのような口振りに苛立ちは頂点に達する。
「俺は…」
けれども不思議と頭は冷静になっていく。
「俺はアリーシャが望んだアリーシャが好きだ」
真っ直ぐにレオンを睨むと深紅の目が睨み返してくる。
お互いが相手の言いたい事が分かる。
好きだから相手の全部を見たい。好きだから束縛したくない。
相反する思いが拮抗してジレンマを起こしている、お互いそれが分かるからこそ余計に腹立たしい。コイツとは違うと思いながらも根底は同じだとは認めたくない。
「嫌われるのが恐くて萎縮してるとかカッコ悪くね?」
苦々しく笑うレオンが物置のドアを開ける。
「我を通して評価落としまくってるお前よりマシだ」
お互いがお互い相手の痛い所をつく。二人の間にバチバチと火花が散る、そろそろ口喧嘩だけではすまなくなってきた。互いに掴みかかろうとした瞬間、気配が自分達だけでないことに二人とも気が付く。
引っ越した際の荷物を取り敢えず詰め込んだこの部屋はもう何度も調べた筈なのだが。
喧嘩を破棄して慌てて部屋の中を探し回る。
「…………」
ふと部屋の中央にある大きめのダンボールを覗き混むとそこには器用に丸まって眠るアリーシャの姿があった。
いったい何時から居たのだろう、八雲が抱き上げても起きる素振りを見せないほどぐっすり眠っている。
ここまで熟睡していたからこそ気配を感じ取ることができたのだろう。
「ちゃんと戻せよ」
「はいはい」
ネコのアリーシャが可愛く無かったと言えば嘘になる。それでもやっぱり鳴き声で無く自分の名前を呼んで欲しい。会話をして笑い合ってコミュニケーションの取れるアリーシャが好きだ。
レオンも同じ事を思ったようで素直に応じる。
(もうこんなことしないでくれ)
これはレオンでは無くアリーシャに向けた思いだ。一番最初に振り返ればアリーシャがレオンに催眠療法を頼んだのが切っ掛けだ。
そんな事をしなくても闇も疵も受け止めるから。一人で抱え込まないで欲しい。好きになった時からその覚悟は出来ているのだから。
心地よさそうに腕の中で眠る恋人を見ながらそんな事が頭に浮かんでいた。
日もすかっかり暮れ台所でフィオナと夕食作りをしていたアリーシャが首を傾げる。
「うーん…」
「どうかしたのか?」
フィオナに聞かれたアリーシャは腕を伸ばしたり肩を回したりしながらもう一度首を傾げる。
「寝違えたのかなぁ。何か起きたら体中が痛くて」
(そりゃあんな体制で寝てりゃあな…)
(四つん這いで走ったりするから)
その様子をダイニングテーブルで眺めていた八雲とレオンがため息を吐く。
催眠魔法から目覚めたアリーシャは都合の良い事にネコになっていたこともレオンに治療を頼んだことも忘れていたのだ。
ならば、と八雲もレオンも黙っていることを決めた。フィオナに説教をされるのも嫌だが怒ったアリーシャは更に怖い。
「それにしても珍しいな。煮魚が食べたいなんて」
「んー。なんだか急に魚が食べたくなっちゃって」
夕食の当番はフィオナなのだが料理を覚えたいアリーシャも手伝う形で台所に立っている。ほのぼのと料理をする二人とは対照的に八雲とレオンは気が気で無い。
「後遺症残ってないか?あれ」
「んーー…」
仮に催眠魔法の解除が中途半端になってしまった場合ネコに戻ってしまうこともあり得るのではないか、そう思うと平常心ではいられない。
妙にギクシャクしている八雲とレオンをフィオナが訝 しむ。
「さっきから何なんだ。あの二人は」
「また喧嘩したのかなぁ」
アリーシャが起きてからずっとあの調子だ。妙によそよそしくて見れば二人とも絆創膏を至る所に貼っている、心配して理由を尋ねてもはぐらかされてしまう。
性格が真逆の二人はよくぶつかり合う、口喧嘩だけならまだしも殴り合いに発展することもしばしばだ。
だいたいその場合はアリーシャの渾身の一撃で納めるのだが、今日は寝ていたから止める事ができなかったのかもしれない。
「家が壊れるからやめて欲しいなぁ…」
まさか原因が自分にあるとは露知らずアリーシャは二人の保護者のようなため息を吐いた。
落ち着かない二人を余所にほかほかで美味しい食事はできてゆく。四人で食べる夕食は久しぶりなのでアリーシャは嬉しそうだ。少しはにかんだ様に微笑みながらご飯を食べる姿はすごく可愛らしいし何なら写真に収めたいくらいなのだがどうにもネコに戻ってしまうのでは無いかと不安が過 る。
「アリーシャ・・・」
「ん?」
「どっかおかしな所ないか?」
超ストレートな八雲の物言いにレオンが味噌汁を喉に詰まらせてしまう。
(・・・莫迦!)
聞き方があるだろうにそんな質問ではアリーシャどころかフィオナまで不思議そうな顔をされてしまうではないか。
「おかしなって・・・・」
「さっき全然起きて来なかったから具合悪いのかなーって」
慌ててレオンがテーブルの下で八雲の脛を蹴りながらフォローを入れる。こうすることで八雲の質問の焦点をずらしてネコでいた時間を寝ていたと思い込ませることにする。
(お前はもうしゃべるな・・・!)
憎々し気にレオンが八雲を睨む。流石にこれには八雲もバツが悪そうに視線を逸らす。
「あ、ごめんね。なんとも無いよ?ただ・・・・・」
そこまで言うと少し恥ずかしそうにアリーシャは俯く。
「お魚探してる夢を観て、起きたらお腹いっぱいなのにどうしてかお魚が食べたくなっちゃって・・・・・・・って、ごめん。何言ってるか分からないよね」
「まあ・・・夢って説明しにくいよな」
当たり障りのない返答をレオンがするが八雲もレオンも思い当たる節がありすぎて黙ってしまう。そんな二人をさして気にも留める事なくアリーシャは食事に戻ってしまう。
「お魚、おいしい・・・・・って何で二人とも煮魚僕の皿に乗せるの!?」
八雲とレオンが箸で寄せた所為でアリーシャの目の前には煮魚が山のようになってしまった。
罪悪感からとネコに戻らないようにと願いを込めて供えたのだがアリーシャは肩を落としてしまう。
「おいしく無かったかなぁ・・・?」
フィオナの作る料理は和食がこと美味しい、けれど自分が手伝った所為でおかしな味付けになってしまったのかもしれない、そう感じたからだ。
「好き嫌いするな」
「痛っ・・・・!」
「いやそうじゃな・・・っ」
間髪入れず今度はフィオナに後頭部を殴られてしまう。こちらは食べたくなくてアリーシャに寄越したのだと思われたらしい。
いつもの事ながらだが今夜はいつも以上に意思疎通が取れない。
「じゃなくて、夢に観る程食べたかったんだろ?」
後頭部をさすりながらレオンが笑う。けれどもその言葉に今度は八雲が緑茶を吹き出しそうになる。
(コイツは・・・・・)
アリーシャの気を逸らしただけでなく恩まで売るつもりらしい。
(サイアクだ・・・・)
矢張りこの男とは相容れない。冷ややかな視線を送るがレオンは気にしない。
「嬉しい?」
そういわれて一瞬不思議そうに紫苑色の瞳が魚の山を映したが直ぐに笑顔になる。
「にゃあ!」
「はっ・・・・・」
「うぇ?」
元気よく答えたアリーシャの『鳴き声』にその場にいた全員が固まる。暫しの沈黙の後、石像のように固まっていたアリーシャが真っ赤になって首を振る。
「ちっ・・・・違うよ!!えっ!?何で・・・・僕・・・ふえぇ!」
完全にパニックになってしまったアリーシャが誤解を解こうとするがそもそも何が間違いでどうしてこうなってしまったのか本人も皆目見当がつかない。
「・・・・・・・」
「ごちそうさまー」
白々しく席を立とうとする二人を縋るようにアリーシャが引き留める。
「待って!本当にこれは違って・・・・僕も、どうしてこんな・・・・・!」
「うんうん。アリーシャがそう言うならそうなんだろうねー」
あやすように宥めていた二人に射るような視線がフィオナから飛んでくる。いきなり席を立ったのがマズかったのだろうその表情は何かを察している。
「詳しく聞かせてもらおうか」
ただ静かに、けれど怒りを孕んだ声に最早逃げ場は無くなってしまった。体格のいい男が二人揃ってがっくりと項垂れる。
アリーシャをネコにしてしまったこと、そのネコが屋敷中を奔走して暴れまわったこと。さすがに性行為をしたことまでは話せなかったがそれでもフィオナの説教が朝まで続く位にには絞られた。
加えると怒ったアリーシャに暫く接近禁止を言い渡されるという踏んだり蹴ったりな顛末を二人とも迎えるのだった。
尤も、それを一言で言い表すなら自業自得と言えるのかもしれない。
蛇足的に話を続けると感情が高ぶった際に『鳴き声』を上げるアリーシャの癖は数日続いたとか。
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