Ａｍａｒｏ2％Ｄｏｌｃｅ98％ それは珍しくアリーシャ、八雲とレオン。３人が揃った昼食時の事。 「どうかしたか？」 窓の外を眺めていたアリーシャに八雲が声をかけると驚いた様に首を振る。 「ううん。まだ降ってるなって思って」 そう言ってまたアリーシャは窓の方を向く。硝子の向こうにはチラチラと白い雪が舞っている。深夜から振りだした雪は時計の針が昼の12時を指しても止む気配を見せない。 「そうだな」 八雲がぼんやりとした返事を返す。こちらの視線は窓では無くアリーシャに向けられている。 本人は隠している積もりなのかも知れないが先程から何度も窓の外を眺めている。昼食にもあまり箸をつけておらず瞳もいつも以上にキラキラしている。 他人なら見過ごしてしまう様な変化もそこは大好きな恋人だ、アリーシャが雪に興奮している事は手に取るように分かった。 その変化にはもう一人の恋人、レオンも気付いているようで胡散臭い笑みを先程から浮かべている。 「アリーシャ、食べたら外行って来たら？」 楽しそうにレオンが言うとアリーシャはまた驚いたような顔をする。 「えっ？でも…」 子供扱いされるのが嫌いなアリーシャは顔を曇らせる、雪遊びがしたいなんて子供っぽいと思っているのだろう。 「ついでに庭の雪纏めておいてくれると助かるなー」 然り気無くレオンが助け船を出す。雪かきついでなら色々と出来るだろう。 「うん」 小さく返事をしながらアリーシャは何度も頷く。その頬が少しだけ赤らんだのを八雲もレオンも見逃さなかった。 「あ、ポチもお供にするといいよ」 食事のスピードが上がったアリーシャを眺めながらレオンが出した提案に今度は八雲が驚く。 「何でだよ」 「だって犬は喜んで庭を走り回るのが習性でしょ？」 小馬鹿にされて八雲はレオンを睨みつけるが相手は全く意に介して無いようだ。 とは言えこの辺りは背の高い木も多い落雪でアリーシャが埋もれては問題だ。 「レオンは？」 いつの間にか昼食を食べ終えたアリーシャが小首を傾げる。 「んー。仕事残ってるからパス」 手をヒラヒラさせながらレオンが笑う。体よく寒さから逃れたように見えて八雲は余計に腹立たしさを覚える。 でもアリーシャと２人きりになれる時間が出来たのだ。雪かきの労があるとは言え普段とは違う庭で邪魔が入らないと言うのはなかなか魅力的ではないだろうか。 八雲は小さくため息を吐くと上着を取りに席を立った。 「あれはネコだな」 庭先に出ながら八雲が屋敷を振り返る。彼の頭の中にはこたつでゴロゴロするレオンが見えた。 一方のアリーシャは小さな手を合わせて雪が降るのを楽しそうに見上げている。 雪遊びがしたいと言うよりは雪が降っていること事態が楽しくて仕方がないと言った感じだ。 これが大人になると寒さと雪かきの面倒さが合間って楽しくはあまり無いのだが。 そんなことを考えているとアリーシャがちょっと躊躇いがちに雪を転がし始めた。 雪だるまでも作るのかとぼんやり考えていた八雲だがある事を思い出して背筋に冷たいものが走った。 アリーシャの描く絵は控えめに言ってもかなり独創的だ。もしその芸術性が造形にまで及んでいたら。 近代アートのような雪だるまを前に「これ、なーんだ？」なんて問われた日にはどう答えたら泣かせずに済むか雪が降っているのに汗が出てくるのを感じる。 「八雲、平気？」 アリーシャが心配そうに尋ねる。雪の中で身じろぎもせずに青ざめていたのだ具合でも悪くなったかと思われたのだろう。 「いや、何でもない」 我に帰ると雪だるまは既に出来上がっていた。それは少しだけ歪な丸を２つ重ねた何の変哲も無い雪だるまだった。 取り越し苦労に八雲は大きく息を吐き出した。それにしても絵だけ何故あそこまでアレなのか。 疑問は沸いたが口に出すことはしない、代わりに別の疑問をアリーシャにぶつける。 「雪遊び、知ってたんだな」 殺戮兵器として育てられておおよそ子供らしい遊びをして来なかったアリーシャだ、雪遊びもした事がないと困惑するのではと思っていたのだ。 「むかし、ね」 雪を転がしながらちょっとだけアリーシャが恥ずかしそうに話す。アリーシャ達が居た孤児院は北の山頂近くに合った。だから冬になれば雪はたくさ降るし遊び道具も乏しい暮らしだ。必然的に自然が遊び相手になるし工夫して遊ぶようにもなる。 短い間とは言えアリーシャも雪が降れば皆と一緒に色々な遊びをした。 「そっか…」 幼い頃の楽しい記憶、その終わりはあまりにも残酷だったがそれでもアリーシャの中に暖かいものを残した。 雪だるまを作りながらアリーシャは寂しげな笑みをこぼす。 「できた！」 どう声をかけて良いか八雲が逡巡していると今度はアリーシャが満足そうに笑う。 「3つもか？」 いつの間にか庭先には雪だるまが3体鎮座していてなかなか壮観な眺めだ。 「八雲とレオン、とフィオナ」 違いが分からないがアリーシャが満足しているなら良いだろう。 「フィオナもうちょっとゴツくした方がぽくないか？」 「そうかな？」 折角なのでフィオナと名付けられた雪だるまに２人で雪を足していく。 「自分のは作らないのか？」 一回り大きくなった雪だるまを前に八雲が尋ねる。アリーシャの方はまだ雪を足している、いったい何処まで大きくするつもりなのか。 「それは……恥ずかしいよ」 家族の分は何の気なしに作れても自分のは作れない、アリーシャの恥ずかしさの境界線が何処にあるのか今一つ分からないがこのままでは華が無い。 八雲は雪をかき集めると手で押し固める。 手乗りサイズの雪玉を作ると葉っぱと小石で装飾する。 「じゃあこれがアリーシャな」 然り気無く出来上がった雪ウサギを自分の雪だるまの上に乗せる。 「僕ウサギなの？」 目を丸くしてピョコピョコしている辺りウサギにも白オコジョにもシマエナガにも見える。 「アリーシャ」 構い倒したくて名前を呼ぶのと同時に雪を投げてみる。 「わっ」 ギリギリの所でアリーシャが避ける。流石は『アリス』と言った所か。 「いきなり投げちゃダメ！」 「じゃあ、投げる」 今度は宣言と共に投げた雪をアリーシャはまたもや屈んで避ける。 「それもヘン」 体制を持ち上げる瞬間に今度はアリーシャが雪を投げる。 広い庭でいつしか２人とも雪を投げ合う遊びに夢中になる。静かな世界に思わず漏れたアリーシャの楽しそうな笑い声が響いた。 「アリーシャ体力あり過ぎだろ」 それだけ言うと八雲は雪の上にバッタリと倒れてしまう。 雪遊びに明確な判定など無く先に音を上げた方が負けだ。雪合戦を30分も続けていればいくら体力に自信のある八雲でも力尽きる。 「クッソ」 悪態をついても体は動かない自分を覆う雪の冷たさが心地よかった。 「八雲ごめん。大丈夫？」 慌ててアリーシャが駆け寄って手を伸ばす。こちらはまだまだ元気なように見える。 差し出された手を掴むと八雲は思い切り引っ張っる。 「あっ」 バランスを崩したアリーシャが八雲の上に倒れる。その細い身体を八雲は強く抱き締めた。 「ベッドの上だと逆なのにな」 いつも泣き出して気を失うのはアリーシャが先だ。不思議そうに首を傾げていたアリーシャがその言葉を理解して顔を赤くした瞬間に八雲は唇を重ねる。 まるで世界に２人しかいなくなってしまったように静かな空間でお互いの熱を交わし合う。 八雲は抱き締めた腕に力を込めた。 「そろそろ戻るか」 唇が離れると八雲が呟く。早く帰って続きをしたい所だ。 「だっダメだよ！雪かきしないと」 慌てて飛び起きたアリーシャに嗜められて八雲はがっくりと肩を落とす。どうせまだ雪は降っているのだ、止んでからの方がまとめて出来るのではと思う。 それなのにアリーシャは首を振る。 小まめに除雪をしないとアイスバーンになったり閉じ込められたりと思わぬ事故が起こるのだ。雪を甘く見てはいけない。 雪に慣れているのはアリーシャだ、意見を折られた八雲はまだ雪の降り続ける広い庭を見回して盛大なため息を吐いた。 「お疲れ様」 リビングのソファーに座るアリーシャにレオンがココアの入ったカップを渡す。 「ありがとう」 「楽しかった？」 頬を赤くして目をキラキラさせている辺り聞くまでも無い質問だがそれでもレオンが尋ねる。 アリーシャの方も恥ずかしそうにしながらも小さく頷いた。 そのアリーシャに寄りかかるように八雲が倒れている。こちらはコーヒーのカップに手も付けられない程疲労困憊している。雪などしばらくは拝みたくないと言った所か。 「八雲、ありがとう」 雪遊びも雪かきも何だかんだ言いながら最後まで付き合ってくれたのだ。 蕩けそうな程柔らかい笑みを浮かべてお礼を言うと頭を乱暴に撫でられた。 八雲の手が外れるとアリーシャはココアの入ったカップに口を付ける。牛乳に溶かしたココアはこくがあってマシュマロも浮かんでいる。 いまだに降り続ける雪は音もなく空から落ちてきて辺りの音色を吸収しているようだ。 静かな景色に３人は黙って窓の外を眺めている。 「明日も振るかな？」 「勘弁してくれ」 何気なくこぼしたアリーシャに八雲が唸る。 「アリーシャは昔から雪が好きだもんね」 「そうだっけ？」 懐かしそうに話すレオンをアリーシャは見上げる。自分の知らない部分を教えられるのは何だかくすぐったい。 「オレもアリーシャと雪あそびしたいな」 言うが早くレオンがアリーシャの唇を奪う。 「ふざけるなっー」 引き剥がそうと起き上がった八雲の体に痛みが走る。ギシギシと軋むような痛みに再び崩れ落ちてしまう。雪かきと雪遊びの筋肉痛が今来たらしい。 （クソッこれが狙いかよ） アリーシャと２人きりで甘い時間を過ごした代償。この男は敵に塩を送って兵糧丸ごと奪うつもりだ。声は無くてもレオンがざまぁみろと言っている様に聞こえた。 「なっ…あっ…」 唇が離れてもアリーシャは目をぱちくりさせて混乱している。雪遊びをするレオンは想像出来ないしそもそも何故遊ぶのにキスをするのか。 「さすがに雪の中では霜焼けになっちゃうから出来ないけどー」 レオンがアリーシャを抱き抱える。 「窓辺なら雪の中でしてるように感じられるよ」 何を、と聞く程アリーシャの感は鈍っていない。レオンのしようとする事がようやく理解出来たアリーシャが慌ててその腕から逃げ出そうとする。 「しない！しないよ……ふにゅう…」 バタバタと暴れていた身体が急に力が入らなくなる。意識がぼんやりとしてきて身体が熱い。 訳が分からなくてレオンを見上げると楽しそうに笑われた。 「身体あっためるのにブランデーちょびっと入れたからね。でも、美味しかったでしょ？」 その言葉にアリーシャは青ざめる。酒に酷く弱い自分にはちょびっとでも一大事だ。 酩酊しているアリーシャをレオンは窓辺まで運ぼうとする。 「しにゃい…しにゃい！」 身体の動きが鈍くなって呂律が回らなくなってもアリーシャは逃げようとする。リビングの大きな窓近くで何かしたら外から丸見えだ。 あやすように抱き抱えるレオンの腕を八雲掴む。 「待ちやがれ」 痛みに苛まれてカクカクした動きだがそれでも強い力で掴むとレオンを睨みつける。 「うわー。エロゾンビ…」 思わず棒読みになってしまう程の気迫にレオンは半ば呆れる。恐らく今八雲の頭にあるのは正義感とかではなく雪見酒で酔ったアリーシャと。と言った所だろう。 「はぁ…。また3Pか…」 レオンはため息を吐く。折角見せつけられると思ったのだが、八雲が体力のバケモノなのを甘く見てしまったようだ。 「変な折衷案出さないで～…」 酔いと２人の男にのし掛かられて身体を動かす事が出来なくなったアリーシャの訴えはどこにも届かない。 結局雪はアリーシャが気絶して酔いが覚めても尚降り続き近年希に見る豪雪となったとか。