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afterglow
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鉛色の空の下、屋敷までの細い道をアリーシャは歩いていた。両腕には幾つもの買い物の袋を下げて、おまけに大きな紙袋を両手抱えてトコトコと器用に歩みを進めている。
「ごめんね。重くない?」
そう聞くのは傍らにいる八雲だ。こちらも両手を買い物の山で塞いでいる。
「平気だ。つーかソレ前見えてんのか?」
アリーシャが抱えている紙袋は底が深く紫苑色の瞳ギリギリの高さまである。
「やっぱソレも持つ」
「んー。平気」
心配した八雲が手を伸ばすがアリーシャはその手をするりと器用に避けてしまう。
こんなにも二人が荷物の山に囲まれている理由は至極簡単だ。何しろ男所帯四人が暮らしているのだ、育ち盛りのアリーシャを置いても毎月のエンゲル係数はうなぎ登りの天井知らずで月末には必ず困窮してしまう。
一度などもやしの山が3日も続いた事がある。家計簿を預かっているアリーシャとしてはそんな事態を二度と起こさないようにと安売りの日にはまとめて多く買う、という習慣が出来たのだ。
そして今日がその日という訳になる。
「なぁ…」
そんなアリーシャに仕事から戻った八雲が玄関で出くわして今に至るのだが,着いてきた理由は大好きな恋人と一秒でも一緒に居たい気持ちとアリーシャが持っていた恐ろしく長いメモが目に入ったからである。
「俺が帰ってなかったらどうするつもりだったんだ?」
メモの内容を全部買い揃えるには二人でもいっぱいいっぱいだった。一人ではとても持てる量ではない。
「………3往復位かな?」
ちょっと考えてアリーシャが小首を傾げながら事もなく言ってのけたが八雲は肩を落とす。
屋敷から街まで20分は掛かる。傾斜だって小さくはない、それを3回も繰り返す積もりだったのか。
(……なんつーか)
真面目というか馬鹿正直というか、だからよく狡猾なレオンに騙されるのだろう。
(俺が見とかねーと)
恋人なのだから、全力で危険や悲しみから遠ざけなければと思いと荷物を抱え直す。
「あ、お礼に八雲の食べたいもの作るね。何がいいかな?」
「………親子丼」
僅かに八雲の頬が熱くなる。こうして一緒に買い出しをしてほのぼのとした会話をしていると恋人を通り越して新婚の様だ。思わず浮き足立ちそうになる、こうなると手の一つも繋ぎたいが生憎お互いの手は荷物で塞がっていて叶わない。
「えーと……卵と……玉ねぎと……っ!」
そんな八雲の思惑に気付かず献立に頭を巡らせるアリーシャの頬に雨粒か一つ当たる。
見上げると空は鉛色を濃くした雲で覆われており長雨の始まりを今にも告げようとしていた。
「どうしよう………傘持って来なかった」
「そもそも傘なんか持てねーだろ」
紫苑色と深緑の瞳が見つめ会う。考えを汲 み取ってお互い小さく頷くと駆け出して行く。二つの足が地面を蹴るのと雨が振りだすのはほぼ同時だった。
足の速さには自信のある二人だったがそれでも屋敷に戻る頃には服も髪も絞れる位に濡れてしまっていた。
「タオル用意しとけば良かった」
ランドリーからタオルを持って来たアリーシャが玄関で小さくため息を吐く。
「……」
その姿を八雲はしげしげと眺めてしまう。毛先から滴 をぽたぽたと垂らして薄明かりの中立たれるといつも以上に儚さが増して恋人の欲目を抜きにしても感情を高ぶらせる。
「…っわ!」
そんな気持ちを誤魔化すように持っていたタオルでアリーシャの頭をわしわしと拭く。これ以上恋人の色気に当てられたら平常心でいられる自信は無い。
「先、風呂入って来いよ」
疚 しい意味で言ったのではない、長く雨に打たれた身体は震える程では無いがそれでも芯から冷えてしまっている。
決して入浴後の事を夢想した訳ではない、と謎の言い訳を心の中で繰り返す。
「荷物片付けなきゃだし八雲が先に入って」
「アリーシャの方がっ……………濡れてるだろ」
危うく「アリーシャの方が小さくて身体が冷えやすいから」と言いそうになってしまう。何故だかアリーシャは子供扱いされたり女性に間違えられたりする事を嫌う。魅力的で可愛らしいと思うのだがどうしてもこればかりは相容れない。
「あ、じゃあ一緒に入っちゃう?」
八雲を見上げるアリーシャから思いがけない提案がなされる。
「なっ…!」
まさかの展開に言葉を失う。
「お風呂広いから平気だよね」
八雲の動揺に気付かずにアリーシャは浴室へと向かってしまう。
「………」
残された八雲は一人浮き足立っていた。恋人と二人きりでお風呂、まさかこんなハピネスチャージなシチュエーションが巡って来ようとは。いつもは無駄に広くて掃除するのが面倒な風呂も今は二人一緒に入れる広さに感謝しかない。
「ん?」
浮かれていた頭に冷静な自分が水を差す。アリーシャが妙に普段通りではなかっただろうかと。「アリス」と呼ばれ殺戮兵器として育てられた割にアリーシャはポーカーフェイスが苦手だ、ことエッチな事に関しては真っ赤になって慌てふためいてしまう。
そのアリーシャがお風呂のお誘いを何の動揺も無しにしてくるとは。小悪魔スキルを上げたとも思えないしどうにも腑に落ちない。
「んん?」
いやらしいことなど毛頭に無くただお風呂に誘っただけ、そんな事あり得るのだろうか。
いや、アリーシャならあり得る。頭が良いのに時折天然ボケをかますことがあるのだから、そうなると八雲が考えるような甘い雰囲気は望めない。
果たして心意はどちらにあるのか。
例えば逆に八雲からお風呂に誘ったとしたらどうなるだろうか。案外あっさりオーケーを出しそうな気がする、ただし恋人としてでは無く親とか兄弟と一緒に入るような感覚で答えを出しただけだ。相手がもしレオンならアリーシャからは絶対に誘わないし誘われても真っ赤になって逃げ回った挙げ句スープレックスでKO勝ちを決めるだろう。
そうなると優越感半分、悲しさ半分だ。男として認識されていないのだから。
「んんん?」
男として認識されていないと言うことは女として認識されていることになってしまうが、それはそれで問題だ。
男女が仲睦まじく一緒にお風呂、なんて寧ろアリーシャは想像もしてないだろうしもしそうなったらそれこそ恥ずかしさで倒れてしまうかもしれない。そもそも八雲に女性を思わせる成分など微塵も無い。
「訳が分からん…」
グルグルと思考を巡らせて最終的に頭を抱え込んでしまった八雲をアリーシャが不思議そうに見上げる。
「お風呂沸いたよ?」
雨は止むこと無く降り続けていたけれど温かい浴室は快適だ。
「んーー…」
気持ち良さそうに湯船で伸びをするアリーシャとは対照的に八雲は悶々としていた。結局心意が分からずに手を出すことも出来ずに身体を洗うアリーシャを眺めているだけになってしまった。恋人同士ならこう、一緒に洗い合ったりくっついて入浴したりするのでは無いのだろうか。今だって無駄に広い浴槽の端と端にただ浸かっているだけだ。
アリーシャにそう言った知識が無いのかそれとも矢張りその気が無いのか。
「なぁ」
これ以上考えてもきっと答えは出ない思いきって話を切り出す。
「いつも誰かと入ってるのか?」
言って直ぐに後悔してしまった。これでもしレオンと一緒によく入っている、なんて答えられた日には嫉妬で浴室を破壊してしまい兼ねない。
「うーん…施設にいた頃は専用の部屋があったから一人で入ってたよ?あ、孤児院にいた時は皆で入ってたな……」
ちょっと考えたアリーシャが懐かしそうに話しだす。
「そんなに大きなお風呂じゃなかったけど皆一緒で……あ、勿論女の子は別だったけど、時間が決まってて………って八雲!?」
楽しそうに話すアリーシャとは反対に八雲は意気消沈してしまう。ようやく答えが出た。つまり昔の楽しい記憶、その延長線上に今があるのだアリーシャに取って誰かと風呂に入る事は子供の頃からの習慣みたいなものでそこにいやらしい意味はこれっぽっちもない。
自分一人が浮き足立っていた、そう思うと虚しくて八雲は顔面を湯船に沈めてしまう。
「んぶっ…」
肺にあった空気を全部吐き出して顔を上げるといつの間にか近付いていたアリーシャが心配そうにこちらを見ている。
「大丈夫?」
雨に打たれて風邪を引いたのではと思われたらしい、そうではないと首を振ると小さく首を傾げたアリーシャはまた離れようとする。
「っ…!」
せっかくこんな近くに居るのにまた離れるのは嫌だ。本能が理性を上回った瞬間、八雲はアリーシャの手首を掴むと強く引いていた。
「わっ!」
驚いたアリーシャが湯船に足を滑らせてしまう。派手な水飛沫を立てて今度はアリーシャが沈む。
「悪い!大丈夫か!?」
慌てて抱き上げるとシャンプーの良い香りがした。意図せずこんなに近付いてしまうとは。
「平気だよ」
子犬のように頭を降って水を弾くとアリーシャは笑う。そのまま立ち上がろうと八雲の下腹部に手をかけたアリーシャが驚いたように目をぱちくりとさせる。
「………硬い………」
囁くようにそう言うと細い指が八雲のお腹を撫でる。
「…っ!」
これには八雲の方が驚いてしまう。こんな至近距離でアリーシャの方から艶 かしいスキンシップをしてくるとは。
「硬いのか?」
思わず間抜けな聞き返しをしてしまう。
「うん、ガチガチだよ?」
答えるアリーシャの視線はどことなく熱っぽく見える。確かに大好きな相手と一緒に風呂に入ってボディタッチまでされたら硬くならない訳は無いのだが。
「いいなぁ……」
羨ましそうにアリーシャが呟く。
「アリーシャは違うのか?」
まだ勃っていないと言う事だろうか。だったら直ぐにでも手と口と性器で硬くしてあげたい、アリーシャの気持ち良い部分は全部知っていると自負している。
「……ん。全然割れないんだ、腹筋」
八雲のお腹から手を離したアリーシャが悲しそうに自分の腹部を撫でる。
「は?腹筋?」
まさかの返答に変な声を上げてしまう。てっきり股間のRPG-7の事を言っていると思ったのに。
硬いだのガチガチしているだの全部腹筋の事だったとは、脱力して湯船にもう一度沈みそうになる折角アリーシャから誘っている千載一遇のチャンスだと思ったのに。熱っぽく見えたのもゆだってきたせいだったのかも知れない。
「八雲みたいに腹筋硬くなりたいなぁ」
八雲の思いなど全く気付かないアリーシャは尚も羨ましそうに自分のお腹を擦る。
「あんま実感ねぇけどな」
筋肉の付きが良い方では無いので八雲も筋骨粒々と言う訳ではないがそれでも同世代と比べれば筋肉はある方なのだろう、少なくともアリーシャが羨ましがる位にはあるようだ。
「アリーシャは……」
お湯の中で揺らめく恋人の肢体をまじまじと眺める。確かにほっそりとした身体は肉付きが良いとは言えない、よく一緒に筋トレをしているのだが目に見えて筋肉があるとは言えないだろう。それでも出会った頃の病的な細さに比べたら柔らかな輪郭を持つようにはなったと思う。
「…………柔らかいな」
一緒に暮らすようになってからアリーシャはどんどん変わって来ている、それは嬉しいことだ。
どんなアリーシャも大好きだがそれでも今のアリーシャが一番好きだ。
そんな想いから言ったのだがアリーシャの方はちょっと不服そうだ。
「筋肉が無いって事?」
筋肉が無い訳では無いだろう。レオンと喧嘩すると二人を投げ飛ばして仲裁する位には筋力がある、それでも八雲にとっては柔らかいのだ。
「こことか」
そう言ってアリーシャのほっぺたを突っつく。ふにふにとしていて気持ち良い。
「そっ…そこは鍛えようがないよ!」
眉を下げてアリーシャはあわあわと困ってしまう、そんな姿も愛しいのだが。
「あとこことか」
今度は太股からお尻の辺りを撫で回す。
「えー……と」
頭の中で大腿筋と臀部筋のトレーニングを考えていたアリーシャだったが直ぐに目を回してしまう。
「くっ……くすぐったい……」
肉付きはあまり良くないが肌の感度は頗 る良い、止めて欲しくて八雲に腕を伸ばすと強く抱きしめられた。
「…八雲?」
先程中途半端に煽られた欲情に今のじゃれあいで完全に火が付いてしまったのだ。
風呂の縁 にアリーシャを押し付け肩口に口を当てる。獣の本能に負けて歯を立てると矢張り柔らかい肉の感触がした。
「……お腹空いたの?」
ちょっとびっくりした様なアリーシャの声音が耳に届く、自分がされている事の意味が理解出来ずに不思議がっているみたいだ。
(どこまで…)
本気なのだろう。無防備で天然で、それでいて恋人としての自覚が殆ど無いアリーシャに少しだけ腹が立ったが小さな手を引くと自分の性器を握らせる。これで流石に理解出来ただろう。
「え…………ええっ!?」
腹筋よりも硬く大きくなったモノに触れてアリーシャはパニックになってしまう。慌てふためく身体を八雲の指が撫でていく、今度は柔らかい所ではなくアリーシャの気持ち良い所へ。
「ま…待って!」
待ってもアリーシャから股を開いてはくれないので無視して愛撫を続ける。暴れるアリーシャが八雲の腕から逃げ出そうとするが拘束を解くことができない。藻掻いている内に指先が後孔の入り口をまさぐり出す。
「…っ!ダメ……こんな所で」
ここじゃなくてもアリーシャが乗り気で性行為をしてくれる場所なんて無い。それにー。
「煽ったのはアリーシャだろ?」
「えぇっ!?」
益々アリーシャがパニックになる。わざとでは無いのは知っている、でも皮肉を言わずにはいられなかった。散々焦らされて悶々とさせられたのだから。キスしようと顔を近付けると思い切り突き飛ばされてしまう。
「ぐっ…」
矢張り筋力はある、体制を崩して湯船に沈みそうになりながら八雲はそんな事を思っていた。
「僕……そんな………あ…………ごめんなさい!!」
泣きそうになりながら困惑していたアリーシャだったがそれだけ叫ぶと浴室から逃げ出してしまった。
「…………」
残された八雲は一人広い浴槽でため息を吐かずにはいられなかった。
「みぅ…」
脱衣場でバスタオルを頭から被るとアリーシャは蹲 ってしまう。「煽ったのはアリーシャだろ」八雲の言葉が頭の中でグルグル回っている。
煽った?
何時?
一体どうしてこうなってしまったのか、ただ一緒にお風呂に入ってお話をしてそれだけだと思っていたのに。何が引き金で八雲を煽ってしまったのか思い返しても皆目検討がつかない。
「アリーシャはもっと恋人としての自覚を持った方が良いよ」無防備で無邪気なアリーシャにレオンが呆れてよく言う言葉がふと頭に浮かんだ。
(恋人…)
八雲とは恋人でレオンとも恋人。おかしな関係だと言う事は重々理解しているつもりでいた。でも恋人がどんなものかと言われれば首を傾げてしまう。傍に居て身体を重ねるだけかと聞けばきっと違うと言われてしまう。
アリーシャにとっては憧れや尊敬との境目が曖昧な場所に恋があって定義はとてもあやふやだ。もっと明確に答えを出さなければと思っても温かく優しい現在に甘えて安穏 としてしまっている。
それでもいつかは答えを導かなければ、新たな始まりだと思っていても矢張り終演は怖くて寂しい。
「このままで居たいなぁ…」
思わず本音を溢してしまう。我が儘だと知っていてももう少しだけみんなで一緒に居たかった。時が終わりを刻むその瞬間まで優しい物語を綴れたなら。
(夢物語だよね)
現実はそんなに優しくないことは痛いほど知っている。子供っぽい考えは切り捨てなければ自分も他人も傷付けてしまう。
一度思い切り頭を降って気持ちを切り替える。
「……八雲」
それにしても突き飛ばすほんの少し前、凄く熱い視線を向けられた気がした。深緑の情欲に濡れた瞳を思い出して一瞬背筋に衝撃が走る。あの瞳はいつもアリーシャを抱きしめて押し倒す時の眼差しだ。
熱っぽく名前を呼ばれて長い長いキスをして。
(わわわわっ!)
思わずいつもの情事を思い出してしまい身体が熱くなる。お風呂でそんな事するはずないのに。
「のぼせたか?」
「っ!!?」
わたわたとしていた所に突然声をかけられて心臓が止まりそうになる。いつの間にか風呂から上がっていた八雲がバスタオルで乱雑に体を拭いていた。
「八…雲…?」
「ん?」
恐る恐る見上げると不思議そうに見返された。
(良かった…)
普通に戻ったようで安堵のため息が出る。それともあれはアリーシャを単にからかっただけなのだろうか。どうにも八雲の場合冗談と本気の区別がつかない。
また考えの渦に填 まっていると頬に八雲の手が当たる。
「水タオル持ってこようか?」
心配そうにそう言われてしまう。湯中りして動けないでいると思われたらしい。
「あ、ごめん。大丈夫だよ?」
「そうか?ならー」
慌てて立ち上がろうとすると八雲がアリーシャを抱き上げてしまう。
「や…八雲?」
本当に平気だよ、そう何度も言うが八雲はアリーシャを下ろすことなく脱衣場から連れ去ってしまった。
八雲に抱き上げられたままリビングに着くとソファーにそのまま押し倒される。
「八雲…待っ…んみゅ!」
今度は逃げることが敵わず唇を塞がれてしまう。空気を求めて口を開くと舌を挿入され更にキスは深くなる。
口内を擽 るように嘗められ熱 り立った性器を内腿に押し付けられる。
興奮が収まったと思ったのは甘い考えだったらしい、でも今日に限っては自分に責任がある。原因は未だに分からないが。
「待って!せめてベッドで…!」
唇が離れた瞬間、どうにか懇願する。こんな場所ではレオンやフィオナが帰ってくれば直ぐに見つかってしまう。こんな恥ずかしい姿見られたくないし見られれば二人ともそれぞれの意味で後が怖い。
「無理だ」
それだけ言うとアリーシャのバスタオルを剥ぎ取ってしまう。散々悶々として煽られてきたのだ今さら場所を変える余裕はない。
お風呂に入って湯だった肌に貪るように唇を落としていく。愛しい恋人の全てを食べてしまいたい衝動に駈られる。けれどアリーシャの方はまだ緊張と怯えが残っているようで肌を強張らせたままだ。
落ち着かせるためにキスをして背中を撫でる。繰り返し、愛撫と口付けを交互に施していくとアリーシャから吐息が零れ始める。
「あ………うん………っや………」
快楽と羞恥の間で身悶えする肢体は愛らしくて理性をどんどん蝕んでいく。アリーシャをもっと気持ちよくさせたい気持ちと早く欲望の猛りを爆発させたい本能の間で八雲も悩乱していた。
「はんんんっ………あぅ……んぅ」
肌を強く吸い舌を滑らせる度アリーシャの口から甘い声が漏れて雨音と混じり合って緩やかに溶けていく。
「っ!」
不意に何かに気付いた八雲が両手でアリーシャの耳を塞いだ。
「?」
涙を浮かべて目をきゅっと閉じていたアリーシャが不思議そうに八雲を見上げる。
潤んだ紫苑色の瞳は今すぐにでも襲いたい衝動を沸き立てるがどうにか堪える。
「雨……………嫌いだろ?」
正確には嫌いなのは雨音だがアリーシャは雨を嫌う。特にこうやってしとしとと降る雨の日はいつも悲しげに窓の外を見つめていた。辛い事が雨の日には起こる、家族と引き離された時もイヴに壊された時も見知らぬ相手に蹂躙された時もいつも雨が降っていた。
だから雨が降る度、また悲しい事が起こるのではないかと怖くて身構えてしまう。いつだったかそう教えてくれた事があった。
「そっか…………雨………」
アリーシャはゆっくりと窓の外を見つめる。気付いていない訳ではなかったが不思議と怖くはなかった。
「嫌じゃないのか?」
「…………」
アリーシャは静かに首を降る。好きか嫌いかと問われればまだ嫌いの方が大きい、それでも。
「八雲が………みんながいてくれるから平気…」
夢から醒めた直後のようにアリーシャは訥々 と話し出す。
「みんなが傍に居てくれるから…怖くても…そうじゃないって乗り越えられるよ…」
想いは言葉にすると薄っぺらになってしまう時がある、それでも必死で言葉を探して伝えようとしているのが八雲にも分かった。
愛しさがまた溢れて優しく抱きしめる。出来るなら自分一人の手柄でありたかったがアリーシャが悲しい思いをしないでくれるならこの奇妙な暮らしも良いと思った。
「みんながいると雨の日も楽しい事たくさん起きるよ?」
幼い、それでいてどこか清らかな微笑みをアリーシャが浮かべる。全てを壊され絶望の奥に沈んで、それでも立ち上がろうとするこの子だから出来る表情なのだろう。
「いつか…悲しい記憶が楽しい思い出でなくなるって思うから……きっと……」
少し恥ずかしそうに八雲の方を向くと首を傾げられた。
「セックスで上書きしたいってことか?」
「ちっ……違うよ!?」
予想外の答えに真っ赤になって否定する。まさか楽しい記憶のカテゴリーに性行為を入れられるとは、嫌な記憶では無いがそれを認めるのは恥ずかしい。慌てふためいているアリーシャを見て八雲は口元を緩める。
「冗談だ」
ちゃんとアリーシャの言いたいことは伝わっている、そう目が答えていた。
(やっぱり冗談と本気の区別がつかない)
少しだけ困惑して深緑の瞳を見つめる。恋人だけれどまだ分からないことだらけだ。
(でも…)
それでもこうしてちゃんと話を聞いてくれて傍に居てくれる。分不相応なんじゃないかと思うくらい愛情を注いでくれて全てを知ってもそれを受け入れてくれた。
「八雲は……優しいね」
そう言って微笑むとちょっと驚いたようにまた首を傾げられた。
「優しく…は無いだろ?」
優しかったらこんな所で押し倒したりしないし性行為で痛い思いをさせたりはしない、八雲の言い分としてはそうなのだがアリーシャは嬉しそうに笑うばかりだ。
その笑みに誘われるように口付けをする。もっと長く見ていたかったが限界だった。
「挿入 るぞ」
額を合わせてそれだけ告げるとアリーシャの顔が熱を帯びるのが分かる。
お互いの鼓動が早くなるのを感じて煽られてもアリーシャはもう逃げ出そうとはしなかった。
熱を帯びた性器を後孔の入り口に宛がう。未だこの行為には慣れないようでアリーシャはバスタオルを掴むと身体を強貼らせてしまう。
「息吐かねぇと辛いぞ」
八雲の言葉に小さく頷くとぎこちなく呼吸をする。もう少し緊張を解したかったがこれ以上どうすれば良いのかも分からなくて小さなその場所に熱を押し込んでいく。
「あっ……うっ……」
閉じていた目を開いてアリーシャが痛みを堪えているのが分かる。幼い身体は大好きな相手さえ拒んでしまい性器に痛いほど噛みついてくる。
ゆっくりと根元まで押し込みゆっくりと引き抜く。別に「優しい」を意識した訳ではないがこれ以上アリーシャに痛い思いはさせたくない、快楽に頭まで浸かってもその想いだけは何とか保つことができた。
「はぁ……あぁ……ん」
ゆっくりとした注挿を繰り返すと八雲の聞きたかった甘い声がアリーシャから漏れてくる。少し乱暴に感じる部分を擦るとまた甘い声を上げて身悶えする。その姿が愛らしくて何度も擦るととうとう耐えきれずにアリーシャは泣き出してしまう。
それでも八雲は刺激を与えるのを止めない、それどころかアリーシャの性器に手をかけると中を擦るのと同じ速度で扱き出してしまう。
「八雲っ……あっ……や…くも…」
甘い痺れに支配されたアリーシャはもう力を入れることが出来ずに大好きな相手の名前を呼ぶことしか出来ない。
「あんっ………やっ……うぅ!」
大きく身を捩 らせると不意に八雲の動きが大人しくなる。髪の毛を掬うように撫でられ耳元に口を押し付けるように近づけられる。
「アリーシャは柔らかいな」
掠れた声でそう言われる。
(まだ言うか…)
全く男して認知されていないのが悔しくて涙の溜まった瞳で八雲を睨む。それがどれだけ愛くるしいか本人は分かっていないようだ、八雲は口元を少しだけ綻 ばせると抉るように腰を回しアリーシャの中をかき混ぜる。
「やぁぁあーーっ!!」
絶叫に近い喘ぎを溢 してアリーシャが身体を震わせる。その瞬間、八雲の言葉の意図を理解してしまった。
(柔らかいって……)
あれだけ硬く強ばっていたアリーシャの後孔は蕩けてしまいそうな程柔らかく、それでいて甘く八雲に絡み付いている。
「あ……あぁ…」
その事を八雲に身体を使って教えられアリーシャの上気した頬が益々赤くなる。恥ずかしくて逃げたしたくなったがすっかり身体に力が入らなくなりそれも叶わなかった。
アリーシャの頬を撫でながら八雲が笑う。感情の起伏が少なくて普段顔色が読みにくい八雲だがそれでも楽しそうに笑っているのが分かった。
「言ったろ。優しく無いって」
その言葉を体現するかのように激しく腰を何度も打ち付けてくる。
(……ずるい)
そんな事をされたら否定も肯定も出来なくなってしまう。言葉にして伝えたかったが口から溢れるのはもう甘ったるい叫びだけだった。
「やぁっ……うっあぁ……もう……」
頭から足先まで淫靡な疼きに支配されて意識が飛びそうになる。バスタオルを掴んでもソファーを引っ掻いてももう堪えることは出来そうもなかった。
「あうっ………」
アリーシャの身体を散々貪っていた八雲の性器も脈を打ち始め限界が近いことを無言で教えた。
これから起こることを脳が先走って想像してしまい身体の中の八雲を強く強く抱きしめてしまうと擦られる刺激をより鮮明に感じてしまう。
身体を戦慄 かせ享楽を味わっていた二人にはもうそれで充分だった。
「はんんっ……八雲……あんぁーっ!!」
泣きじゃくるようなそれでいて甘えた声でアリーシャが絶頂を迎えると八雲もその愛しい体内に熱を注ぎ込んでいく。
「はぁ…はぁ……」
快感の蕀から解放されて荒い息を繰り返すアリーシャの涙を八雲のぎこちない手が拭う。
指を滑らせて頬に手を置くと懐いた子犬のようにすり寄ってくる。
(可愛い…)
その姿を見詰めていると覚めた筈の熱が再び燃え上がってくる。
「本当は風呂場でしたかったけどな」
包み隠さず出された八雲の本音にアリーシャは驚いて目を丸くする。
「おっ……お風呂はこう言うことする場所じゃないよ!」
真っ当な意見に聞こえるが恋人どうしの場合に限ってはそれに準じない。
「じゃあ何処なら良いんだ?」
「それは……」
八雲の問いにアリーシャは逡巡してしまう。下手に答えたらじゃあ次はそこでしよう、という展開になりかねない。
「何処でしたいんだ?アリーシャ」
名前を呼ばれて身体がピクリと跳ねる。触れられて吐息をかけられた場所がじんわりと熱くなっていく。頭では否定しても身体は新しい快感を待ちわび出している。八雲も気付いているのだろう、だから卑猥な言葉をアリーシャから吐かせようとしているのだ。
「……」
だからと言ってどこでエッチな事をしたいなんて臆面もなく言える筈もない。それなのに八雲の視線は期待に満ちていてアリーシャの肌を炙っていく。
「………………いじわる」
視線に耐えきれなくなってそれだけ小さい声で言うとバスタオルで顔を覆ってしまう。
「優しいんじゃなかったのか?」
楽しそうにそう言われてしまう。
優しいけれど今の八雲は意地悪だ。何時もは少しだけ強引に、真っ直ぐ抱きしめてくるのにこんな掛け合いをしてくるなんて思いもしなかった。
からかわれて悔しい筈なのに大好きな相手の知らない一面をみてしまい胸がきゅっとなる。
バスタオルの隙間から覗くと優しい双眸がこちらを向いていた。
「したい場所が無いならここで続きするぞ」
もう少しこの暖かい雰囲気に浸っていたかったのだがグルリと身体の向きを変えられうつ伏せにさせられてしまう。
「わっ………!………もう一回するの?」
慌ててバスタオルから這い出る。一回で終わり、なんて選択肢は無いのは分かっていたが聞かずにはいられなかった。少し困った顔で振り向くと顎に手を当てて何かを考えている八雲が見えた。
「………ん」
答えが出たのかゆっくりと頷くとアリーシャの小さな指を一本ずつ折っていく。
「………………………っっっ!!!」
折られた指の数を数えてアリーシャの顔から血の気が失せる。まさか五本全部折るとは。
「待って……そんないっぱい……ダメ!!」
慌ててぱたぱたと手足を動かして暴れるがもう手遅れだった。
肩を押さえつけられて腰の辺りにのし掛かられては思うように抵抗できない。
「やだ……っ放して!」
「筋肉つけたいんだろ?」
確かに全身運動にはなりそうだがこんなことで筋力をつけても何処にも自慢できない。
それ以前に精神の方が持たない。一回するだけでこんなにも気持ちが乱高下していると言うのに。
「…………………壊れちゃう…………」
なんとか息を吐き出して弱々しく訴えたがその姿は逆に八雲の欲望に火を付けてしまったようだ。
アリーシャの腿を掴むと乱暴に足を開かせてしまう。
「ならそっちも鍛えないとな」
嬉しそうな八雲とは反対にアリーシャは目眩を起こしそうになっていた。性行為に強い精神と肉体なんてどこで力を発揮すればいいのだろう。
困り果てるアリーシャを余所に八雲は熱くなった性器を後孔の入り口に押し当ててくる。
「ん……!」
抵抗しても今度は溢れ出てくる精液を潤滑剤にしてあっさりと飲み込んでしまう。
「何度だって…アリーシャとなら…」
繰り返し、繰り返し。体力作りの基本は反復することなのだがそれはつまり性行為を何度もする事に他ならない。
「も………許して……」
抵抗することも身体の力を抜くことも出来ずに翻弄される幼い口から漏れた懇願は雨音に混じって溶けていってしまった。
「…………」
八雲の腕の中でアリーシャが手を伸ばす。彷徨うように空中で手をゆらゆらとさせていると八雲の手が重なる。指を絡めるとアリーシャは安心したように目を細めた。
「寒くないか?」
「平気」
ソファーが狭いこともあって熱を交換するようにぴったりくっついて寝転んでいる。
結局八雲の望み通りたくさん性行為をして筋肉が付く前に力尽きてしまったのだ。
ぐったりとしているアリーシャに対して八雲はまだ元気そうでもう一度しようとするのを何とか思い止まらせるのに苦労した。
「ごめん……しばらく動けないかも………」
夕食を作ると約束したのだが身体を支配する気だるさと痛みに思うように動けずにいた。それ以上に暖かい八雲の腕の中が心地よくてうっかりすると眠ってしまいそうになる。
「無理するな。俺が作るから」
恋人の手料理は魅力的だがこうさせてしまったのは自分の責任なのだ。
起き上がろうとした八雲の腕を慌ててアリーシャが慌てて掴む。
「ダ……ダメ!!」
必死で止めるアリーシャを八雲が不思議そうに見つめる。自覚は無いのだが八雲が台所に立つととんでもないことに毎回なる。
物が壊れたり爆発したりするのはまだかわいい方で台所が跡形もなく失くなりそうになったことも何度かある。
味は悪くないのに何故そうなってしまうのか、高い頭脳を持つレオンですらその謎は解けずにいた。
「えー…っと」
必死で言葉を探す。悪気があってやっている訳では無いので下手なことを言って傷付けたくはない。
「もう少し……こうしてたいかな…?」
苦し紛れに出した言葉だったが八雲は気に入ったようでアリーシャを抱きしめると短いキスを沢山してくる。
「雨、止んだね」
恥ずかしくて顔を反らすといつの間にか雨雲の去った空から差し込む西日で室内は茜色に染まっていた。
燃えるような色が窓の外で雨粒に反射されてキラキラとした光の輪郭をいくつも作り出している。
もっと近くで見たくて身体を起こすと軋むような痛みが走った。
顔を歪めて崩れそうになるアリーシャの身体を起き上がった八雲が抱き抱えると膝の上に乗せてくれた。
「……」
しばらく二人で黙ったまま夕日を眺める。もうすぐ薄紫色に空が変わりやがて濃紺の世界がやってくる。
日の沈む時間はあまりにも刹那的で胸に切なさを刻み付ける。
「また夕焼け、一緒に見れるかな?」
独り言のようにアリーシャが呟く。永遠なんて何処にも無いことは知っている明日がどうなっているのか確実な事を知っているモノなど何処にもいない。
幼い頃にずっと続くと思っていた幸せは一瞬にして奪われた、だから不安になる。
でも八雲は何も返してはくれない。不安が更に増長され怖くなって見上げるとキスをされた。
「悪い。見惚れてた」
夕日をに染まったアリーシャの肌と髪は輝いて見えて細い身体がより一層儚く見えた。
恥ずかしげもなくそう言われてアリーシャは俯いてしまう。
(欲目が過ぎるよ…)
こんなにも自分を好いてくれて嬉しさよりも不安の方が大きくなる。
いつか見限られて去って行ってしまうのではないか、そう思うと息が出来なくなる。
泣きそうになるアリーシャを八雲が強く抱きしめる。
「次は夕焼けじゃなくて朝焼けだな」
少しだけ考えて八雲も言葉を繋ぐ。
「夜明けの海は?」
訪ねられてアリーシャは小さく首を振る。世界はまだ知らない事が沢山ある。
「じゃあ今度見に行くか」
バラバラになりそうなアリーシャを八雲の言葉が繋ぎ止める。まだ一緒に居てくれる。不安だらけの世界にいるアリーシャにとってその小さな約束は細い希望の糸のように感じた。
(そっか…)
ヒトは拙 い希望を重ねてまた明日を向かえるのだ。宵闇の先に今日の続きがあると信じて。
矢張り世界はまだ知らない事だらけだ。
「八雲は…優しいね」
教えてくれた八雲が、みんなが一緒に居てくれるからどんな明日でもきっと歩いてゆける。
「好きにしろ」
八雲はちょっと呆れたような顔をしたがアリーシャは嬉しそうに微笑む。
黒を落とし始めた夕日は一瞬一際明るく耀くと幸せな恋人たちを照らしていた。
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